第11話 泣き虫王子様
「さてと。帰るか」
「今日はジムに寄るのよね? 車で送ってあげるわ」
帰りのホームルームも終わり帰ろうとすると、凛奈が声をかけてきた。
「ええ!? それは流石に悪いよ」
「どうせ通り道だからいいのよ」
決定事項とばかりに、凛奈がスタスタ先を歩いていくので、仕方なく俺も大人しく後をついて行く。
「ん? なんか校門の辺りに人だかりが……」
学校の玄関を出ると、数人の女子たちが何やらキャーキャー言っている。
誰かを遠巻きに見ているようで……。
「って、玲!?」
校門の前にたたずんでいたのは、私服姿の玲だった。
相変わらず、スウェットパンツにパーカー、黒マスクにキャプという、俺が同じ格好なら、学校の校門前ということもあり確実に警察に通報されてしまう怪しいいで立ちだが、こんな格好でも絵になるんだから、本当にイケメンって得だよな。
「何やってんだよ玲」
「あ、やっと出てきた才斗」
マスク越しに貫通してくる喜色満面で玲がこちらへ走り寄ってきた。
「外に出て大丈夫なのか?」
玲は動画の時とほぼ変わらない格好をしてるから、電車や街中では目立ってしまい、否応なくあの動画の被害者と勘づかれてしまうが。
「大丈夫だよ、今日はタクシーで来たから」
「電車じゃなかったのな」
「うん、電車はまだ怖いし。けど、酷いよ……。才斗ったら、ボクがたくさんメッセージ送っても無視するんだもん」
先ほどまでは、他校の校門前というアウェイの場で知り合いの俺を見つけた安堵で嬉しそうだったのに、本来の目的を思い出したように濁った眼を向ける玲。
「いや、その、それは……。うちの学校は学内ではスマホ禁止だから」
玲の剣幕に思わず、日頃から守っちゃいない校則を盾にして逃げる俺。
横で、『こいつマジか……』って顔で俺を見るなよ凛奈。
「ふーん。それで、今日は用事があるって言うのは、後ろにいる凛奈ちゃんと遊びに行くからなの?」
ジトッとした目つきを、玲が俺の背後から様子を窺っていた凛奈へ向ける。
あ、そうか。
この間、写真見せたから凛奈の顔と名前は知ってるのか。
「あなたが玲君? 才斗から話は聞いてます。うちの才斗と仲良くしてくれてるみたいで、ありがとうございます」
凛奈が優等生然とした、礼儀正しい挨拶をする。
が、かすかにトゲのある言い方だ。
「うちの……」
「才斗ったら、私以外に仲良しの子が居ないので心配してたんですよ」
苦虫を嚙み潰したような玲の前で、淑女っぽく余裕たっぷりという感じで凛奈が微笑む。
「お前は俺のオカンか。っていうか、凛奈だって俺以外に学内に友達いねぇだろ」
「あら、私は才斗と違って、あえて作っていないだけよ。才斗のように同性受けが最悪なわけじゃないし」
「誰のせいで、そうなってると思ってんだ!」
「随分と仲が良いみたいだね……」
うわ、玲ごめん。
つい、いつものノリで凛奈と漫談しちまった。
そういえば、玲は凛奈のことが気になってるんだったな。
「ちゃんと紹介するな玲。凛奈は」
「別にいい。用事がないなら行こう才斗」
折角、恋のキューピッドを務めようとしたのに、玲が俺の腕をぐいぐい引っ張ってくる。
おいおい玲。
お前、イケメンのくせに、好きな女の子の前では硬派ぶっちゃう、不器用男子か?
小学生男子みたいでちょっと微笑ましい。
「玲君。才斗は、今日は私の家の車でお出かけの予定だから。ちゃんと用事はあるんですよ」
「は!? なんで凛奈ちゃんの家が才斗の送り迎えをするの!?」
ギョロッとした追及の目線を俺に向ける玲。
「あ~、いやそれは」
「友人が困っているのなら手を差し伸べるのは当然では?」
俺が言いよどんでいると、凛奈が前に出てはっきりと告げる。
「困ってる……。才斗が……」
「きっと才斗のことだから貴女には言っていないのでしょうけど、例の動画が世に出て、実際に才斗は迷惑を被ってるんですよ」
「才斗が……ボクといると迷惑……?」
不安から絶望顔に染まる玲に、容赦なく凛奈は闇へ沈める言葉を投げかける。
「学校では笑い者、教師にも何度も呼び出されてるのよ」
「いや凛奈、言い方!」
事実っちゃ事実だけど、それにしたって、わざとらしく深刻な事態みたいな言い回しをするなよ。
「才斗は……ボクがいると迷惑?」
凛奈にバッサリ一刀両断された玲が涙目ですがりついてくる。
その手は弱弱しく、震えていた。
「そんな事ねぇよ。っていうか、凛奈。何を初対面でツンツンしてんだ。俺の友達なんだぞ」
「別に。私は事実を言ったまでよ」
おかしいな。
凛奈は、鼻の下を伸ばす学内の男に対しての対応は塩を超えて氷だが、初対面でここまで敵意を剝き出しにしたりはしないんだが……。
「玲は、電車内でのトラブルとかが色々あって弱ってるんだよ。ちょっとは労わってやれよ」
う~む。
これでは、とても凛奈に玲を紹介して、2人を良い雰囲気にする感じじゃないな。
いや、でもファーストコンタクトが最悪の状態から始まるラブコメもあるし、今はそれでいいのか?
しかし、凛奈の前でイケメンが泣いてるって、中々にシュールな絵面だな。
(ん? 何かひと際鋭い視線が……)
と、視線が刺さってくる方向を向くと、中條さんがバズーカ砲みたいな望遠レンズのついたカメラを構えて、教室からシャッターを連写していた。
ここからは中條さんの表情は読み取れないけど、「男2女1の三角関係キタww」とか言ってるんだろうな。
あと、ギャラリーもいっぱいいたから、きっと根も葉もない噂が今頃学内を駆け巡っているだろうと、諦めの境地であった。
◇◇◇◆◇◇◇
「ぐずっ……。才斗、ティッシュちょうだい」
「はいはい」
隣の座席でグズグズ泣く玲に、ポケットティッシュごと渡してやる。
泣いている玲をそのままにする事もできないので、結局、凛奈の誘いは断ってタクシーに同乗して玲を自宅マンションまで送ることになったのだ。
過保護ねと、凛奈は呆れていたが。
「しかし、盛大に泣かされたな」
「ボク、凛奈ちゃんのこと嫌い!」
ったく、女子に論理的に詰められて泣くなんて小学生男子かよと思わんではないが、そこは流石に玲本人には言わないでおく。
「王子様には、ちょっと凛奈は癖が強かったか」
「うう……普段、学校で周りにいる女の子は淑やかでボクを大事にしてくれるのに」
「アハハッ! たしかに、凛奈は男嫌いだからな。学内の男たちも撃沈しまくりだから」
「その割には凛奈ちゃん、才斗に対しては気安い感じで接してたよね?」
「入学当初からの隣の席だからな。ご近所さんとは仲良くしとく精神なんだろ」
「どうやって落としたの?」
「別に落ちてねぇだろ」
そう、別に俺が凛奈の特別なわけじゃない。
俺はただのお隣さんとして凛奈に接していただけだ。
そしたら、その内に軽口を言い合ったり、一緒にご飯を食べる間柄になっただけだ。
「いや、あれは自分の宝物を奪いに来た盗賊へ向ける類の視線だったよ」
「とりあえず玲と凛奈が合わないっていうのは分かったよ」
これは、俺が無理に2人をくっつけようとしても、逆効果になるパターンだ。
有能な恋のキューピッドは引き際の見極めにも長けていなくてはならない。
焦らなくても、射貫くチャンスはまた巡ってくるのだから。
「う~ん……。今日、才斗の学校に来たのはまずかったな……」
「お、そうだな」
己を省みてえらいぞ玲。
さっきみたいな男女の修羅場みたいなシーンを学校の校門前で繰り広げるとか御免被る。
「きっと凛奈ちゃんはボクの様子を見て危機感を覚えたはずだよね……。手札を出し惜しむと手遅れになるか……。よし、決めた!」
何やら考え事をしながらブツブツ独り言をつぶやく玲は、何かを決断したように、俺の方へ向き直る。
「ボク、明日から学校に行くよ。傷も癒えたし」
「え、もう顔の傷はいいのか?」
「実はもう腫れは、ほぼ引いてるしね。それで、お願いなんだけど……。まだ電車に1人で乗るのは怖いから、朝一緒に学校まで連れて行ってくれない?」
モジモジしながら、玲が上目遣いでお願いしてくる。
何だこいつ、あざとすぎだろ。
こんなイケメンが可愛くお願いしてきたら、どんな女の子でも堕ちちゃうだろ。
いや、俺は女の子じゃねぇけど。
「こんな事、頼めるのは才斗だけだから……」
「ああ、いいよ。友達なんだから当然さ」
玲が勇気を出して一歩を踏み出そうというのだ。
友人として、それに手を貸すのに否やはない。
「本当!? じゃあ、明日の朝、ボクのマンションへ迎えに来てね。約束だよ」
マスク越しだが、その下に玲の満面の笑顔があることが解かった。
図らずもドキリとさせられたのを、俺は心の内で慌てて打ち消した。
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