第22話 ほら、私も娘がいるお年頃だし……
「へい! 焼きそば4つお待ち!」
「1600円になります。2000円お預かりします。400円のお返しです」
「こ、こちらが最後尾になりま~す」
相変わらず忙しい焼きそば屋台だが、円滑に回り始めた事で俺は不思議と満足感と高揚感に包まれていた。
すごい一体感を感じる。今までにない何か熱い一体感を。
風……なんだろう吹いてきてる確実に、着実に、俺たちの方に。
この一体感の源に、是非感謝を伝えなければ。
ちょうど焼きそばのパックの在庫が貯まったので、俺は屋台の鉄板前から離れる。
「ご協力ありがとうございます涼音さん」
「九条君……。今は皆の手前我慢してるけど、後で未来の義母としてお話がありますからね。主に、女の子に対する態度について」
俺の感謝の言葉に、【最後尾】と記されたプラカードを持ちながら、涼音さんが膨れっ面を見せる。
「ええ⁉ 俺はそんな、叡桜女子高に来たからってナンパとかしてないですよ」
焼きそば屋台が忙しすぎて、お客の叡桜女子高の生徒とは注文に関するやり取りだけで、交流も何もあったものじゃない。
叡桜女子高の生徒たちも、焼きそばに興味津々だから、思ったほどは俺が憎き、叡桜女子高の王子様の玲を篭絡した男だと気づかないし。
まぁ、合同文化祭の打ち合わせのために何度か来校してるし、叡桜女子高の皆さんも異分子の俺に慣れたという説もある。
「そういうのじゃないです! まったく、もう……」
「すいません。天下の大女優の星名カノンさんに、こんな雑用をやってもらって。でも、看板娘が良いおかげか繁盛してますよ」
「そうやって、おだてれば私が喜ぶと思って……」
と口では誤魔化されないぞと言いつつも、涼音さんは最後尾看板をクルクル回して嬉しそうである。
この人、本当にちゃんと演技とかできてるのだろうか?
「ようやく客足も落ち着いてきましたね」
「ああ、もうすぐホールでクラス発表が始まる時間ですからね。多くの生徒はそちらの準備があるんでしょう」
「なるほど」
焼きそばを受け取った女生徒たちが、いそいそと小走りでホールに向かっていっているが、そういう事だったのか。
という事は、ここからは閑散期か。
一番大変な時間に、一番人手が手薄だったという事か。
「それにしても、こういうのって青春ね~。私も文化祭でこういうのやりたかったから。叡桜女子高の文化祭は学術発表がメインだから、お堅いのよ」
「あはは……」
突如、保護者の涼音さんから飛び出す学校批判に、俺は苦笑を返すしかない。
「そういう意味で風穴を空けたかったから、保護者会代表として叡山高校との合同文化祭をねじこんだの」
「え⁉ この合同文化祭は涼音さんが裏で糸を引いてたんですか⁉」
それ初耳なんですけど⁉
「あら? 玲ちゃんから聞いてなかったの」
要らんことを言ってしまったと、涼音さんがてへぺろ顔をする。
「そういえば、最初の打ち合わせのために叡桜女子高に来た時も、玲がエッチに足を絡めたりしてきたの、あれ涼音さんの差し金でしたよね?」
「そっちを秘密にしておくべきなのに……。玲ちゃんったら恋の駆け引きが下手ね」
呆れ顔をする涼音さんだが、いや、あんた……。
娘にあんな事させておいて、言うに事欠いて娘をポンコツ呼ばわりとは。
「まぁ、つまんなかった青春時代へのちょっとしたリベンジかな。私も元はこの学校のOGだから」
「あ、そうだったんですか」
「当時から芸能のお仕事をしてたから、あんまり通えなかったけどね。文化祭も仕事で行けずじまいだったし」
そう言いながら、涼音さんは遠い目をする。
「それで娘の文化祭でリベンジですか? こっちはいい迷惑なんですよね~。娘さんに、ちゃんと他人のものは盗っちゃいけませんって母親として教えました?」
「お、凛奈」
並んでいた客が完全に捌けたのか、凛奈が腕組しながら俺と涼音さんの会話に割り込んできた。
「あら、凛奈ちゃん。この間は、西野家邸宅へご招待いただきありがとうございました。貴女が叡桜女子高に転入しなかったのは、保護者会代表の私としては正直残念だわ」
「その節は、御息女のスマートホンを壊してしまって申し訳ありませんでした」
なぜか余裕顔な涼音さんと、謝罪の言葉とは裏腹にちっとも悪いなんて思ってない、敵意むき出しの凛奈が対峙する。
え、なにこれ?
何で急に修羅場になってるの?
「あの……凛奈?」
「大丈夫よ才斗。ヘタレ王子だけじゃ勝負にならないしね。結婚式の前に、後顧の憂いなく母親ごと葬ってやるわ」
「へぇ~。合同劇への出演の対価として、凛奈ちゃんが叡桜女子高側の文化祭への入場パスを求めたのは、やっぱり玲ちゃんを邪魔するためだったのね」
いや、あの。
何で凛奈と涼音さんがバチバチなの?
意味が分からん。
しかし、往来が少なくなったとはいえ、やはり保護者代表の涼音さんと外部校の制服姿である凛奈がやりあっている姿はやはり目立ったようで。
「風紀委員です。何の騒ぎですか?って、貴方がたですか……」
いつもの見慣れた『親衛隊』の腕章ではなく『風紀委員』の腕章をつけた叡桜生が、声をかけて早々、トラブルのメンツを見て苦い顔をする。
「あ、佐々木さん! 今日は親衛隊じゃないんだ」
「親衛隊は非公式活動ですからね。これが私の本職なんです。そんな事より、なんで玲様のお母様と貴方の現地妻が言い争ってるんです?」
現地妻って……。意味が微妙に違うぞ。
っていうか、妻じゃねぇし。
「いや、俺もよく分からなくて」
「仕方ないですね……。こんにちは、涼音様。どうされましたか?」
溜息をつきながら、職責をまっとうせんと佐々木さんが、まずは涼音さんの方に声をかける。
「あら、佐々木さんじゃない。今からでも、凛奈ちゃんの入場パスって無効に出来ないかしら?」
「それらは生徒会の管理なので、風紀委員の私に言われても。それより、涼音様。その手に持っているプラカードは?」
「あ、これ? 叡山高校さんの出張焼きそば屋台の最後尾看板よ。私、看板娘として活躍したのよ。九条君も褒めてくれたし」
そう言って、涼音さんはチラリと凛奈の方に視線を投げる。
なんで、そこで張り合うのこの人?
大人だよね?
そして、凛奈よ……。
横目で凍てつくような冷たい視線をこちらに投げてくるのをやめてください。
「涼音様。貴女は、叡桜女子高の保護者代表なんですよ。そんな風に、特定の出し物に肩入れするような事はしてはいけません」
「ええ⁉」
佐々木さんが来た時に、自分の援軍が来たみたいな余裕の笑みを浮かべていた涼音さんが、ここで思わず表情を崩す。
どうやら佐々木さんは、玲がらみだからと言っても、お目こぼしはしないようである。
流石は、玲の親衛隊隊長を任されるだけのことはある。
「涼音様は女優さんですし、玲様のお母様で、ただでさえ校内で目立つ方なんですから、軽挙は謹んでください」
「ええ、やだやだ~。失った青春を取り戻したい~。私も屋台の売り子とかやってみたい~」
駄々をこねる涼音さん。
ワガママを通そうとする姿は、大女優らしくもあるのだが、やっぱり子供っぽさの方が勝つ。
とは言え、屋台の売り子役の凛奈がそれを譲るわけもなく。
「別にいいですよ、私は屋台の売り子役を代わっても」
と思ったら、凛奈が意外にも自ら役割を譲ると申し出た。
何だ? さっきまで、涼音さんを親の仇のように目の敵にしてたのに。
「え、本当? 凛奈ちゃん」
涼音さんが凛奈の申し出に色めき立つ。
だが、凛奈がこんな何の意図もなく相手に塩を送る真似なんてしないはず。
何だか、嫌な予感が……。
「いえ、ですから保護者が学生の出し物の屋台に立つのは……」
「だから、涼音さんが学生服を着ればいいんですよ。そうすれば解決」
「「「え⁉」」」
凛奈の突拍子もない提案に、俺たちは驚愕する。
「いや、格好の問題では」
「涼音さんが学生時代に味わえなかった青春をちょっと追体験するだけよ。そんな事も許せないほど、叡桜女子高のルールっていうのは人の心が無いのかしら? 叡山高校とは随分と違うのね」
「う……それはたしかに……」
ここぞとばかりに、叡山高校側からのゲストという立場を利用して凛奈は佐々木さんに物言いをつける。
しかも、凛奈は叡山高校の生徒会メンバーでもないから、あけすけに叡桜女子高へ言いまくれる。
そして、佐々木さんも合同文化祭を行う高校側に、あまり自校の偏屈な場面を見せるのはと、覚悟が揺らいでいる。
真面目ゆえに、佐々木さんは凛奈の罠にはまっている。
「い、いや、あの……凛奈ちゃん? 私、別に制服を着たいわけじゃなくて……。ほら、私も娘がいるお年頃だし……ね?」
そして、にわかに現実味を帯び始めた、女子高生の制服を己が着るという未来に、腰が引ける涼音さんは凛奈に懇願するが。
「あら? 天下の大女優の星名カノンさんですから大丈夫ですよ。それとも怖いんですか? 隣に現役プリプリの女子高生の私に並び立たれるのが? あの大女優の星名カノンが?」
凛奈がすかさず盛大に挑発する。
残念ながら、これで涼音さんの退路は断たれた。
「や、やってやろうじゃないの! し、仕事でも、ついこの間まで制服着る事だってあるんだから! 佐々木さん! 着替えるから制服と着替える場所をお願い!」
もうこうなったら、前に進むしかない涼音さんは困惑する佐々木さんを引っ張っていった。
っていうか、ついこの間っていつ?
大人の言う『ついこの間』って、下手したら10年くらい前だったりするけど。
「よしっ。これで邪魔者は排除できた」
「凛奈。お前、えげつない事するな……」
とりあえず諍いの場はおさまったが、新たなドでかい火種を作り出したとしか思えず、俺は涼音さん達の背中を見送った。
涼音さんカワヨ
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