第10話 今日の誘いは断っとくか
「今日の1限の授業は担当の先生が体調不良でお休みなので自習になりました」
「「「「「いやっほぉぉぉぉおおおお」」」」」
クラス委員長が職員室で預かってきた伝言を伝えると、クラス一同から快哉が上がる。
体調を崩した先生には悪いが、こういった突発的な自習の時間はやっぱり嬉しい。
「さて、寝るか」
「早速寝ようとしないで才斗」
即寝ようと机に突っ伏そうとした俺を、横の席から凛奈が咎めてくる。
「凛奈は優等生の皮を被ってるから大変だな。監督の先生もいないんだからいいだろ」
「後で、才斗が寝てたって先生に言いつけるわよ」
「そういうのは中学までにしてくれよ。ふわぁ~~」
「朝のお迎えの車でも随分と眠そうだったわね」
「ああ。土日は結局、両方夜更かししちゃってな」
「また、夜の試し打ちに時間を費やしたの? 模擬戦ではスペシャルで2000回なの?」
「違ぇよ! 玲の家に御呼ばれしてな。引き止められて、結局、昨日も遅くまで家で遊んでたんだ」
相変わらず下ネタ好きだな凛奈は。
「ああ、玲って被害者の男子高校生か。随分と仲良くなったのね」
「久しぶりに男子の友達と遊んで楽しかったわ」
「へぇ、良かったわね。休日といったら、ジムで無駄に筋トレするか料理の作り置きとかの家事に走る才斗に友達が出来て」
「うるせぇよ。という訳でお休み~。……って、噂をすれば玲からメッセージが来てる」
熟睡してうっかり次の授業まで寝てしまわないようにスマホでアラームを掛けようとしたら、玲からメッセージが届いていた。
「随分懐かれてるのね。なんて?」
「今日も一緒に遊ばないか? だってさ」
「そんな連日連夜、一緒に遊んでるの?」
「遊んでいるといっても、家にお呼ばれしてるだけだぞ。顔の腫れが引くまで学校休んで家に引きこもってるからヒマなんだろ」
お母さんの涼音さんもドラマの撮影の仕事が忙しいみたいだし、家に一人ぼっちで寂しいのかも。
「けど、正直あまり彼に深入りしない方が良いと思うけど」
「まぁ、そうなんだよな……」
凛奈の言う通り、あの電車内での暴力事件の関係者の俺が、被害者である玲と交友関係を結び続けるのはどうかと思うんだよな。
身体的なキズは見た目上癒えても、心の回復は周りはもちろん、本人にさえ分からない事もある。
そういう意味で、当事者の一人である俺が近くに居るのは良くない気がする。
「被害者という事もあって数はあまり多くないけど、彼のことを誹謗するネットの意見もあるみたいだし。才斗を勇気がある男だと持ち上げつつ、玲君を見た目に反してヘタレな男だって」
そんなの絶対、玲がイケメンだからひがんでる奴のせいだろうに。
「そうすると、徐々にフェードアウトしていった方がいいのかもな。学校は違うんだし、玲が登校を再開したら、その内、遊ぶ回数も減ってくだろ。なにせ、ファンクラブ持ちのイケメン君なんだから」
昨日の玲の様子を見るに、女の子に慰められてれば、その内俺の事なんて心の傷とともに忘れていくだろう。
ちょっと切ないけど。
「じゃあ、今日の誘いは断っとくか。そもそも3日連続で遊ぶのはやりすぎだし」
休日はずっと玲の家にいたので、ジムにも行けてないしな。
俺の筋肉たちが、負荷をよこせと叫んでいるのだ。
という訳で、玲には『今日は用事があるから遊べないや』とメッセージを返信する。
「よし、送った。アラームもかけたしお休み~」
「まったく……」
呆れる凛奈の顔を横目に、俺は机につっぷして入眠姿勢に入った。
(ピロンッ♪)
机の上に置いたスマホからメッセ受信の通知音が鳴った。
きっと、玲からの返信だな。
『じゃあ、またの機会に』みたいな内容だろうな。
(ピロンッ♪)
(ピロンッ♪)
(ピロンッ♪)
(ピロンッ♪)
(ピロンッ♪)
ん?
(ピロンッ♪)
(ピロンッ♪)
(ピロンッ♪)
(ピロンッ♪)
(ピロンッ♪)
(ピロンッ♪)
(ピロンッ♪)
(ピロンッ♪)
(ピロンッ♪)
(ピロンッ♪)
「才斗。スマホうるさい。こっちは真面目に自習してるんだけど」
「すまん凛奈」
(ピロンッ♪)
(ピロンッ♪)
(ピロンッ♪)
(ピロンッ♪)
(ピロンッ♪)
(ピロンッ♪)
(ピロンッ♪)
(ピロンッ♪)
(ピロンッ♪)
(ピロンッ♪)
スマホの通知音をオフにしようと設定画面を開こうとしても、とめどなくメッセージが届く。
「また、ネットで炎上でもしたんじゃないの?」
「いや、動画がネットで急上昇入りした時でも、ここまででは……」
ようやくメッセージの波が途絶えたので見てみると。
『用事って何?』
『ボクと遊ぶの嫌になっちゃった?』
『捨てないで』
『才斗才斗才斗才斗才斗才斗才斗才斗才斗才斗才斗才斗才斗才斗』
おおぅ……。
なんかメンヘラみたいなメッセージのタワーが出来上がっていた。
「うわ、これは大分病んでるわね」
「勝手に人のスマホを見るなよ」
「自習中にスマホいじってる人に言われたくないわよ。しかし、これはヤバいわね……思った以上に愛されてるのね才斗」
凛奈は笑っているが、その笑顔はどこか引きつっている。
結構、本気で引いてるな、これ。
「むほほ……何やらご馳走の臭いがしますなぁ~」
「うわ!? って、中條さんか」
いきなり背後から話しかけてきたのは、クラスの残念腐女子の中條さんだった。
まるで気配を感じなかったのに、いつの間にか俺の後ろに回り込んでスマホをのぞき込んでいる。
こやつ、やりおる。
「中條さん、今は自習中よ」
「こんなご馳走を前に、待ったは殺生でござるよ西野殿。私が見るに、このメッセージの相手方である玲殿は、件の動画で九条殿が助けた男子高校生ですな?」
「そうなんだよ。遊びの誘いを断ったらこんな事に……」
凛奈の注意を無視して、中條さんが俺に話しかけてくる。
俺の方も、異常事態が起きているゆえに、藁にもすがる思いで、何かしら心当たりがある中條さんにアドバイスを請う。
「ふむふむ、なるほど。これは束縛系王子ですな」
「束縛系王子とは?」
「となると、この後の展開は九条殿が監禁されて……ぐふふっ」
「お~い中條さん。で、俺はどうすればいいの?……って、ダメだ。こちらの声が届いちゃいねぇ」
自身の妄想の沼に没我する中條さんは、その後尋ねても現実に戻ってこなかった。
どうやらアドバイスを求める相手を間違っていたらしい。
とりあえずスマホの通知をオフにしながら、さてどうしようかと俺は途方に暮れて、折角の貴重な睡眠時間をふいにした。
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