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でもその記憶は遠く、また擬似的なものかもしれず、闇の中でさらに霧がかかったかのように、まるで判然としない種別のものだ。
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ところが、どうやらぼくはその少女を見てしまったようなのだ。
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少なくとも、あのまま映像が進行すれば、死んでしまったと予想される、あの少女の姿を……。
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それは一瞬の出来事だった。
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あのときぼくは同居している祖母に頼まれ、隣街の伯父さんの事務所まで届け物をしにいく途中だった。伯父さんは三人兄弟の父さんのいちばん上の兄で、会計事務所を経営していた。死んだ叔母さんと母さんとの関係とは違い、大人しいぼくの父さんと豪放磊落な叔父さんという違いがあったが、顔や身体つき、骨の形なんかは、そっくりだった。
伯父さんの事務所への移動には自転車を使った。電車やバスを乗り継ぐより、ずっと速く行き着けたからだ。坂を下り、坂を上がり、角を折れ、角を曲がり、信号を待ち、目指す界隈が近づいて来る。空は抜けるように青く、日射しがきつく、なんだか眩暈がしそうで、汗が吹き出し、Tシャツが濡れた。
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そのとき、ぼくは目撃したのだ。
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あの恐怖に引き攣った顔の少女の、普通に友だちと談笑しながら歩いている姿を……。
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すぐに通り過ぎてしまったので、正面から顔を見たのは一瞬だった。はっとして振り返ったのだけれども、後ろからトラックが来て、長い髪の後姿が見えたのも一瞬だけ……。しかもわずかによろけたので、トラックの運転手にどやされ、方向を変えることさえままならない。さらに悪いことに通行人の多い時間帯で、歩道に抜けても方向転換できず、気持ちばかりが焦る。やっとのことで自転車の向きを変え、追いかけてみたのだけれども、そのときにはもう少女の姿はどこにも見当たらなかった。
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諦めきれなくて、伯父さんへの用事を済ませた後、二時間くらいその周辺を彷徨ってみた。
が、少女の姿は、やはり見つからなかった。
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まさか、幻?
ぼくの思い込みが強くなったゆえの……。
けれども、そんなことって、あるんだろうか?