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その後、あれを夢に見ることもない。
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一度、それを願い。布団にもぐってみたこともあったけれども、目覚めてみれば、すごく疲れてしまった感じが残っただけで、何の夢かさえ憶えてはいなかった。
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だからぼくは、ありきたりな日常の中に、あの体験を忘れつつあった。
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けれども、そんなぼくの気持ちを裏切るかのように、噂が街に流れ始めた。
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まるで自然現象のように――もっとも人間だって自然現象だからその意味では普通に自然現象だが――噂が街を飛び交う時期がある。
春先だとか、季節の変わり目だとか、あるいは地震の前だとか、どこからともなく人の口に昇りはじめる。
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そのときぼくに聞こえてきたのは、消える少女たちの噂だ。
最初はクラスの女の子たちが騒いでいた。
聞くとはなしに耳を傾けていると、ぼくたちが通う中学校がある街の半径約五キロほどの範囲で、小学校高学年から中学校中学年くらいまでの、年齢にして十二~十四歳の少女たちの消失事件が発生している、ということだ。もちろんテレビや新聞のお堅いニュース番組で報道されることはないだから、あくまで地域限定の噂でしかなかったのだけれども……。
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消える少女たちは皆、美しいようだ。
いわゆる、かわいい、や、カッコいい、ではなく、清楚で、整った顔立ちをしているらしい。
そのうち、『毎朝よく出会う別の中学校の娘を最近見なくなった』とか、『そうそう、あたしも……』とか、『そういえば、悔しくなりそうなのに不思議と赦せるくらい細くて超きれいだったあの娘が……』とか、会話が体験談に移っていった。
翌日には、そんな目撃例がずいぶん増え、女生徒と比べれば遥かにシャイな男生徒たちも静かに噂を展開していき、どうやらそれは他の学区でも同じだったらしく、長いことサボっていた陸上部の地区別合同練習に久しぶりに出掛けていったとき、噂の地区より若干離れた、けれども同じ山の手の街の中学校でも事情が同じだということがわかった。
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そうなってくると、ぼくはやはりまたあの映像が気になり始めた。
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都市伝説より先に、ぼくはあの少女を目撃したのだから……。
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清楚で細くて長い髪をした少女。
それは、ぼくのすぐ隣にいる女生徒たちとは、やはり印象が異なっていた。
確かに、その印象を持つ女生徒をいつかどこかの街で見かけたことがあったのかもしれない。