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でもそれも、夜のテレビ映像の再現だったのかもしれない。
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その叔母さんも今は、いない。
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叔母さんは、当時暮らしていた集合住宅の階段から足を滑らせ、落ちたのだ。
通夜の席で、当時小学校高学年になっていたぼくは不思議と悲しまなかった。
傍目には、あんなに叔母さんに懐いているように見えたというのに……。
何故そうだったのかは、ぼくにもわからない。
でも、あの記憶は明瞭に残っている。
なんとなく困ったので、焼香の際、目に手を当て、その場を済ませた。
すぐに煙が染みて涙が出てきた。
でもそれは、やはり悲しみの涙ではなかった……ようだ。
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記憶が判然としないのは、今にはじまったことではない。
何故だか、ぼくはずっとそうやって中学二年生まで来たようだ。
たぶん平凡な、同じような体験ばかりを積み重ねて来たので、単にそれが入り混じってしまったのだと思う。
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それとも、別の記憶があるのだろうか?
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理由は不明だけれども、新聞やテレビやや小説や映画から勝手に造り出してしまったのが、このぼくの記憶で、憶えてはいないのだけれどもありありと夢で見ているはずの記憶が、また別のぼくの記憶なのかもしれない……と思ってみたりもする。
きっと、思いだしたくない何かがあるんだろうな、と自分自身で疑いながら……。
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そんなものは、あるはずもないのに……。、
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ぼくは足だけは速い。それで誘われ、陸上部に入っていて、都大会に出たこともあるのだけれども、所詮、その程度の活躍経験者だ。練習が好きではないので、よくサボっては怒られた。各種授業の宿題なんかは忘れずにやっていくのだけれども、勉強だって特にできるわけではなく、また容姿端麗だとも思えない。
どこにでもいる、ごく普通の中学生だ。
誰とも何所も違っていない。
コーヒーが飲めないという嗜好偏飲が変わっているといえば変わっているが、そんな人間は世の中には大勢いると思。蕎麦アレルギーみたいな特殊アレルギーはないが、春になれば、普通に目を腫らし、くしゃみをする。
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だからきっと、あの光景を夢に見たのじゃないか?
どこか、人と違った部分が欲しくて……。
でもそれにしては、あの映像は怖すぎた。
それに何故か、ぼくの芯を揺さぶるところがあった。
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少女の印象が強烈過ぎたのかもしれないけれども……。