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21
幼稚園児くらいだった頃、田舎に連れて行かれたときだったか、それとも近県の海に連れて行かれたときのことだったか……。
22
そういえば、そのどちらの〈時〉にも、叔母さんがいたような気がする。
叔母さんは、母さんの二つ違いの妹で、顔つきなんかはあまり似ていなかったけれども、動きというか仕種というか所作というかは、二人ともとてもよく似ていた。細い身体の線の印象が、それを強調していたのかもしれない。食事のときにお茶を煎れてくれる仕種とか、すっくと立ち上がるときの所作とか、手を引いてぼくを連れ歩くときの動きとか、案外多くの印象が母さんと重なっている。
掌の感触も、そうだったかもしれない。
23
遠く曖昧で判然としないその記憶の中で、ぼくは二度、死にかけている。
24
父さんの田舎の東北の山間の町で三輪車に乗って藪に突っ込み、あやうくその先の崖から落ちそうになったのが一つ。
もっとも崖といっても、わずか数メートルほどの落差で、その下の地面には厚い草が生えていたから、落ちたところで大した怪我はしなかったかもしれない。けれども、あのとき小さな子供だったぼくは、その瞬間、顔を硬く引き攣らせていた……と思う。身体が傾き、重心が崩れる厭な感覚があって、すうっと重力に引き込まれそうになったその刹那、子供ながらに体勢を立て直そうと三輪車のハンドルから離したぼくのその掌を掴んでくれたのは叔母さんだった。
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M海岸に行ったときは、両親に似てやはり細かったというか、骨と皮ばかりだったぼくは、浮輪からすっぽり抜け、海に沈んだ。
それが二つ目だ
もちろん、あそこだって単なる浅瀬で、大人だったら足が届いたくらいの深さでしかない。
もがいた記憶がないので、実際、どんなふうに浮輪から外れたのか見当もつかないのだけれども、呆気にとられて吃驚仰天する暇さえなかったはずのあのときも、ぼくの掌を握り締めたのは叔母さんだった。
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近くに両親はいたんだろうか?
それとも、子供好きだった叔母さんにせがんで海まで連れて行って貰ったのか?
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二人っきりで……。
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その夜――山と海の両方の夜のことだけれども――、ぼくは目の奥が割れるような痛みと、強烈に印象に残る映像を見た……のだと思う。
映像の中身は忘れてしまった。
思いだしたくないだけかもしれないけれども……。
だからそれはやっぱり夢で、たぶんテレビの幽霊番組とかに魘されただけのことだったのかもしれない。
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たぶん、そうなのだろう。
普通に考えてみればの話だ。
でも……。
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夢だとしたら、きっとぼくは飛び起きるように目を覚ましたはずだ。そしてそのときにも、ぼくは何かを見たような気がしている。
とぐろ巻きからついと背を伸ばす、蛇だったか、龍だったか?