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……というより、記憶が曖昧になってしまったのだと思う。
あれを見たのが夜だったのか、それとも昼に見た白昼夢だったのか、それすら判然としない。
でも、夢だろうとは思っていた。
ぼくは少女の顔を知らなかったし、似たような顔つきや身体つきの友だちもいなかったし、少女がいた背景にも憶えがなかった。
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そう、あのときは少女の顔にばかり目がいってしまい、まったく見ていたつもりはなかったのだけれども、次にあの映像を思い浮かべたとき、ぼくは、そこに『影』が落ちていることに気づいたのだった。
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何処にでもある都会、それも山の手の街の風景。家や雑居ビルが入り混じり、道路が延び、路地が入り組み、陸橋が顔を出し、雑踏が騒ぎ、コンビニエンスストアと警邏派出所が同居するような、漫然とはしているけれども、すべてが違う時間で流れてゆくような独特の界隈。それは間違いなく、生まれてから、ずっとぼくが住んできた街の印象と一致している。けれどもそれだけに、その風景はその街の広がりの範囲の何処にあっても良く、逆にまったく判然としないというような印象ももたらした。
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少女がいたのは、そんな街の一廓。凍りついた表情の向こうに建物があり、公園があり、小さく切り取られた空間があり、その先の、何故か強烈に光った夏の空の下の地面の上に『影』があった。『影』は、黒く、細く、筋のようで、まるで少女を捕縛する網の目のように、ずしりと重たく落ちていた。
少なくとも、ぼくにはそのように思い出された。
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でもあのときには、その場所が何処なのか、ぼくには当たりをつけることすらできなかった。
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自分とほぼ年齢が同じだというのに、何故、その女性徒のことを、ぼくは少女だと感じたのだろう?
特に幼い感じがしたわけでもなかったのに……。
客観的な説明は、もちろんできないけれども、主観的には判るような気もする。
それは、彼女の場合、恐怖の表情ではあったのだけれども――自分の母親なんかの場合には想像し難いことなのだけれど――、どんな年代の女性にも一瞬、そういった表情を見せる瞬間がある、ということなのかもしれない。
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あまりにも、ありきたりか?
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時には考え込んでしまうこともあった。
どういうことかというと、その後、過去にも似たような体験があったような感じがし始めたからだ。
けれどもその記憶は、どうやらぼくの身体の奥深くに埋め込まれてしまっているようで、表面に浮かび上がってくる気配が感じられなかい。
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何時だったのだろう?
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その似たような体験というのは、もちろん少女のことではなく、あの目の奥が割れるような感覚のことだ。