121-124
121
それにぼくには、まだあの空の『影』(筋)と色とりどりのプレートが見えるのだ!
122
あれが何を意味するのか、それともぼくにしか見えない空想の産物なのかどうかはわからない。でもぼくは、こんなふうに想像してみる。
あれたちは、きっとこの季節、夏なのだろうと……。
何故番号があり、何故色があるのかは、まったく不明なのだけれども、ぼくにはそう思えてならないのだった。
123
今度こそ本当に、その年のぼくの夏は終了した。
くっきりと晴れ上がった空を見上げ、ぼくは、そう感じた。
124
と、思ったのだけれども……(了)
【梗概】
ある日、目の奥が急にむず痒くなり、ついでパリンと割れたような衝撃とともに十二~十四歳くらいの少女の映像が飛び込んで来た。恐怖に駆られて叫びはじめた瞬間の顔つき。頬は引き攣り、口を大きく開き、眼はどこか一点を凝視して……。その映像は微かに微かに動いていた。が、鉛の時間の中に閉じ込められ、少女はその恐怖から逃れ出ることができない。最後の瞬間が近づいてゆく。
次にその映像を思い浮かべたとき、ぼくは、そこに『影』が落ちていることに気がついた。それはどこにでもある都会、それも山の手の街の風景の中にあった。
やがて、ぼくの耳に消える少女たちの噂が聞こえてきた。消える少女たちは皆、美しく、女子生徒が、「そうそう、あたしも……」と、いくつかの都市伝説を口にした。女性に比べてシャイな男生徒たちさえ静かに噂を展開した。一度は忘れかけた映像だったが、そうなってくれば話は変わる。ぼくがまたあの光景を気にしはじめたとき、あろうことか、ぼくはある街中でその少女らしい元気な姿を目撃する。ついで、空の影とも再開した。
その日から、ぼくの本格的な少女探索が始まった。
何の手駆りも得られぬ暑い夏の日々が続く。が、ある偶然から、ぼくは空の『影』にはプレートが付随することを発見し、そのプレートを頼りに、ついにぼくは少女が鉛の時間に囚われたあの場所を発見した。でも、そこには肝心なもの、少女の姿が欠けている。ぼくは落胆したと同時に妙な希望のようなものを感じていた。それは、たぶん、まだ起こっていない出来事だ、という希望だった。
それから数日間、ぼくはその場所に通い詰めた。自転車で行ったこともあれば、最寄駅まで電車を使ったこともあれば、単に歩いて行きさえもした。知っているようで知らない街並み……。いろいろな時間帯にも訪れてみた。朝はもちろん、昼、夕方、黄昏時、そして夜にも、その光景を眺めた。周りに連なる景色も、道も、周辺を散歩する人たちも、犬も、猫も、まるっきり顔見知りみたいに思えてきた。
ぼくは待った。ぼくには確信があった。だから、いずれ来るに違いないその瞬間を待ち続けた。そして遂に……。
頬にふっと冷たい風を感じ、そしてみるみるうちに辺りが暗くなっていった。と思う間もなく、生暖かく冷たいものがぼくの上に落ち、ザーッという音が聞こえ、叩きつけるように激しく雨が落下してきた。頭の上の鉛色の低い空がピカリと光り、ついでゴロゴロゴロという轟音が聞こえ、周囲にいたわずかな人たちがあわてて駆け逃げ、洗濯物が仕舞い込まれ、そして何時の間にそこにいたのか、あの少女が現れ、前日見掛けた怪しい人影も出現し、『影』が重なるようにぴったりとあの瞬間の映像が再現されようとし、目も眩むような稲光が地面に強烈な空の『影』を落とし、ナイフを手にした怪しい人影に追い詰められ、少女が叫び声を上げ……。
もうすでに駆け出しはじめていたぼくは、顔の見えないその人影に飛びかかった。男が瞬間怯み、でもすぐに体勢を立て直してナイフをぼくに向けた。ぼくはまわり込んだ足でそれを蹴り、でも一度目は失敗してジーンズの下に痛みが走り、そのとき傾けた視界の端に少女の表情が映り、二度目の蹴りで確実にナイフを男の手から弾き飛ばし、飛んだナイフがチャリンと音を立て地面に落ちる前に男とぼくがまた面と向かい、男と目が合った瞬間ぼくが男を睨み、男が急に自信をなくして逃げ腰になり、くるりと方向を変え、駆け去ろうとしたのだけれども、少女の叫び声を聞きつけてやってきた、ちょうどパトロール中でしかも公園内で雨宿りをしていた巡邏二人に取り押さえられた。
初めてはっきりと見たその少女の顔に、ぼくは何故か叔母の顔を重ねていた。
ぼくの夏が終わり、ぼくは雨が上がり晴れ渡った空を見つめた。(了)