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04_精霊に呪われた王家【エスター視点】

 

「ノルティマは一体何を考えているんだ……?」


 応接室からノルティマが去っていったあと、目の前のヴィンスが動揺してそう呟く。


「まさか本当に、消えたり……死ぬつもりではないだろうな?」


 ヴィンスが焦ったように額に手を当てて深刻そうな顔をしたのを見て、エスターはきょとんと小首を傾げた。

 彼女はふたりにとっては恋を阻む障害でしかないはず。


(お姉様なんていなくなってくれたほうがいいじゃない)


 彼は王家の分家であるシュベリエ公爵家の次男であり、姉の婚約者だった。将来女王をその知恵と勇敢さで支える王配になるべく教育を受けていたが、肝心なノルティマとの関係は良好ではないようだった。


 ノルティマは物静かで真面目、悪く言えば面白みに欠ける人だった。だからこそ、ヴィンスは妹のエスターに思いを寄せるようになっていった。


「何をそう焦っていらっしゃるの? 先ほど死んでくれたらいいと言っていたのはヴィンス様なのに」

「あ、あれは……っただ軽い気持ちで言っただけに決まっているだろう!」 

「あら……」


 エスターはぱちくりと目を瞬かせた。だって、エスターは本心だったから。


「そう心配しなくたって大丈夫よ。お姉様はきっと拗ねてあんなことをおっしゃっただけ。明日にはいつも通りのはず」

「そう……だろうか」

「そうよ。だからねぇ……さっきの、続き――」


 エスターはおもむろに、自身の指を彼の指に絡め、甘えるような上目遣いで見上げる。


 口付けをねだるように、ヴィンスの薄い唇をじいっと見つめた。こうしてかわいらしく懇願すれば、彼は望み通りのものをいつも与えてくれる。彼の口付けは、くらくらと目眩がするほど刺激的で心地がよい。


 エスターはこの人が好きだ。勉強や政治のことはさっぱり分からないけれど、見た目が好みだし、甘やかしてくれるから。それに昔から、姉のものはどんなものより魅力的に見えるのだ。隣の芝生は青く、隣の花は赤いもの。


 例えば、戴冠式のときに下賜された冠も、彼女にとって大事なものだと分かっていたが、素敵なものに見えて奪い取った。すぐに失くしてしまったのだけれど。


 ヴィンスも姉の婚約者だから、とりわけ魅力的に見えて、欲しくなった。


(これでようやく、独り占めできる)


 踵を持ち上げ、そっとヴィンスの唇に近づく。しかし、唇同士が触れるすんでのところで、彼はこちらの両肩に手を置いて押し離し、あろうことかエスターとのキスを拒んだ。


「きゃっ――」

「すまない。やっぱりノルティマのことが気になるから、様子を見てくる」

「まぁ、待って! ヴィンス様……」


 くるりと背を向けた彼に手を伸ばし、引き止めようとする。しかし掴み損ねて、服の生地を指先に掠めるだけで、彼も応接間を飛び出していった。


 ひとりになったエスターはぎり……と爪を噛む。


(どうして、お姉様のことなんて構うのよ……!)


 ノルティマはこの国にとって、唯一無二の存在だ。


 いくらエスターが病弱で、王宮にいる人たちが大切にしてくれたとしても、序列で言えば、第二王女は王太女という地位には及ばない。


 姉はいつか女王となり、国中の人々から憧憬と敬愛を抱かれ、この国の象徴となる。


 それが、野心家のエスターには、たまらなく嫌だった。


 人々に一番愛されるのは、自分だけが良い。自分のことだけを見ていてほしい。

 だからずっと、ノルティマに消えて欲しかった。


 エスターはやむをえず、ヴィンスの後ろをついて行った。


 執務室や講義室を見に行ったが彼女の姿はなく、最後に向かったノルティマの部屋には手紙が残されていた。整然とした室内に本人の姿はなく、だだっ広い王宮内を探し回っているうちに彼女は去ったのだと理解した。

 手紙の内容を見て驚愕しているヴィンスに反し、エスターは舞い上がった。


(やったあっ! これで本当に、本当に邪魔者がいなくなったのね!? 女王の座も、ヴィンス様も私のもの……!)


 必死に唇を引き結んでいなければ、ついついだらしない笑みが零れてしまいそうだ。

 心の中でぐっと勝利の拳を握りつつ、喜びの感情を隠してしおらしい態度を取る。


「そんな……ま、まさかお姉様が本気だったなんて……」

「クソっ、大変なことになった。あんな言葉を真に受ける奴がいるか……!」


 ちらちらとヴィンスの様子を窺うと、彼は手紙をくしゃっと握った。


「至急、王宮の者たちを使って探させよう。今ならまだそう遠くへは行っていないはずだ」


 その言葉を聞いて、喜んでいた心が一気にしゅんとなる。


 せっかく目障りの姉がいなくなったのに、連れ戻すなんてもってのほかだ。

 全身の血の気が引いていくのを感じながら、なんとか説得を試みる。


「だめです、ヴィンス様っ!」

「なぜ止めるんだ?」

「だって、お姉様が消えたら、私たちは結ばれることができるのよ? ほら、ここにもそう書いてあるわ!」


 手紙の二項目目、『次期王配ヴィンス・シュベリエとの婚約は解消し、新たにエスターと結ばせる』という部分を、とんとんとこれみよがしに指差す。


「だから……この手紙には気がつかなかったことにするの。そして私は女王となり、ヴィンス様は王配になって、大勢の民衆に愛されながら――幸せに生きていきましょう?」


 両手をそっと重ね合わせ、うっとりとした表情で夢物語を語る。


 けれど、怪しい顔をしたヴィンスに、素敵な提案はにべもなく跳ね除けられてしまう。


「…………だめだ」

「どうして……? 私のことを愛していらっしゃるのでしょう?」

「もちろんだ。俺は君を誰よりも慕っている。だが悔しいが、ノルティマは必要な存在なんだ。――精霊の呪いを君に味わわせるわけにはいかない」

「精霊の……呪い?」


 それがなんなのか分からず、頭に疑問符を浮かべる。


 確かに、精霊の呪いによって、アンドワール王家には王子が生まれないと言われている。

 けれど、女王を据えることで、問題なく国の運営は行われているではないか。


 すると彼は、しばらく間を空けてから、ぎゅっと拳を握り締めて苦々しく言った。


「とにかく、早急にノルティマを探そう。これは他でもなく――君のためだ」

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