書籍化記念SS うさぎの日【キャラデザ公開】
(これ、どうしたらいいんだろう)
今日はベルナール王国で、年に一度の命の再生を祝う祭り、『うさぎの日』。子沢山なうさぎは命の象徴とされ、この祭りの中心となる。国中がカラフルな卵や、愛らしいうさぎの装飾で彩られてており、どこもかしこも賑わっている。
ノルティマは王宮の廊下に立ち尽くし、手に持ったある物を見つめ、思案に暮れていた。すると、背後からエルゼに声をかけられる。
「ノルティマ」
「!」
急に話しかけられてびっくりし、肩を跳ねさせる。ノルティマは慌てて手に持っていたものを背中に隠して、エルゼに対峙した。
「どうしたの?」
「あなたが随分深刻そうな顔をしてたから、気になって。今隠したのは何?」
「こ、これは別に……なんでも」
「ふうん」
興味深そうに顔を近づけてくるエルゼ。ノルティマは一歩、二歩と後退していくうちに壁にぶつかり、手を離れたそれが床に落ちてしまった。
「あっ」
ころん、と床に転がったのは、白くふわふわした耳が二本伸びた、うさ耳カチューシャだった。このうさぎの日には、うさぎの仮装をする伝統がある。だが仮装といっても、主に子どものするもので、大人がこういうものを身につけることは滅多にない。
「うさぎの耳のカチューシャよ。式典の挨拶でこの耳をつけて、お祭りを盛り上げてくれって、廷臣に頼まれたの」
ノルティマはカチューシャを拾い上げ、埃を払った。
もちろん、それは断った。元とはいえこの国の王太女である自分が、うさぎの耳を頭に生やして登壇するのは、ひどく情けなく思えたからだ。そもそも、そんな姿を誰にも見られたくない。見られたら最後、恥ずかしくて穴の中に隠れたきり、出て来れなくなるだろう。
エルゼは一度カチューシャを見たあと、ノルティマの顔に視線を移し、いたずらに言った。
「つけてみてよ」
(絶対に言われると思った……!)
エルゼは時々、ノルティマをからかって楽しむきらいがある。ノルティマが恥ずかしがり屋な令嬢であることを承知しておきながら、いや、むしろ承知しているからこそ、反応を見て楽しむつもりなのだ。
「いやよ。どうせ、また私のことをからかうつもりなんでしょ」
「まさか。可愛いあなたを俺がただ見たいってだけ」
……そんなの、ますますタチが悪い。
「可愛い……なんて」
「きっと可愛いのに。お願い」
まるで、子どもがあれを買ってと言うように、甘えた声で懇願してくる彼。その瞳には、(あともう一押しかな)という策略の色が滲んでいるが、ノルティマは気づかない。
ノルティマは押しに弱く、お人好しな性分だった。まして、エルゼにこんなに可愛らしくおねだりされれば、応えてあげたくなってしまう。
……そして、つけてしまった。
結局ノルティマは、エルゼの期待に押し流されたのだ。
銀色の髪の間からひょっこりと覗く、ふわふわしたうさ耳。恥ずかしさで潤んだ瞳や、ほんのりと上気した頬が、エルゼの庇護欲を掻き立てる仕上がりとなった。
しかし、ノルティマは大人がうさ耳カチューシャをつけるのは、痛いのではないかと不安になった。
「変……じゃない?」
「かわいいよ」
そう答えたエルゼの甘やかな声に、ノルティマの心臓がどきんっと跳ねる。エルゼはそっと手を伸ばして、カチューシャの耳を優しく撫でた。自分が撫でられている訳ではないのに、胸の奥がふわふわして、くすぐったい。本当に、自分がうさぎになったような気さえしてくる。
「でも、他の誰にも見せたくないな」
「へっ? ――きゃあっ」
次の瞬間、ノルティマはエルゼにひょいと横抱きにされていた。彼はノルティマの顔を間近で覗き込み、いたずらに口の端を持ち上げる。
「今日は沢山構ってね。俺だけのうさぎさん?」
「ちょっと、下ろしてエルゼ! どこに行くの!? もう……っ!」
じたばたと暴れるノルティマを、エルゼはそのままどこかに運んでいく。
ふたりはそのあと、エルゼの賓客室で、仲良く卵のペイントを楽しむのだった――(超健全)