28_妹に降りかかる呪い
しかしその夜、王位を手放したアントワール家にさらなる苦難が訪れる。
「う……ぁあっ……! 痛い、痛い、痛い……助けて……! ああっ」
騒動のあと、ノルティマが自室で休んでいたら、夜分遅くにエスターの侍女が訪ねてきた。何事かと思って事情を聞けば、エスターが突然苦しみ出したというので、様子をうかがいに行くことに。
医務室に到着したとき、寝台の上でエスターが悶え苦しんでいた。そして、その苦しみ方には心当たりがあった。
(まるで……慰霊碑に祈りを捧げているときのような……)
尋常ではない痛がり方に、見ているだけで苦しくなってくる。
すると、寝台の隣でヴィンスが、エスターを心配するのではなく、むしろ怒鳴りつけていた。
「君は一体、なんて愚かなことをしてくれたんだ!?」
「痛い、痛い……っ、は…… ぁ……ひぐ、ヴィンス様お願い、助けてぇ……」
エスターは、ヴィンスの叱責など耳に入らないという様子でシーツをぎゅっと握り締め、助けて、助けてとくり返す。そして、歯を傷めてしまいそうなほど強く、ぎちぎちと音を立てて歯ぎしりする。
「この状況……一体何があったの?」
「わ、分かりません」
何があったのかと侍女に尋ねても、首を横に振るばかり。エスターが庭園に出かけて自室に戻ってきたときには、このように苦しんでいたとか。
「ヴィンス様、エスターの身に何があったのです?」
「それは――」
ヴィンスが答えかけたとき、医務室の扉が開く。そして、医務室に入ってきた――エルゼが代わりに答えた。
「その娘が、精霊の慰霊碑を――破壊した。精霊たちは怒り、その娘に苦痛を与えている」
「なんですって……!?」
せっかく、アントワール家が統治から退くということで、精霊の怒りを本当の意味で鎮めることができたというのに。
ここに来て、どうしてそのような余計な真似をしてくれたのか。すると、寝台の上にうずくまっているエスターが、涙や鼻水で顔をぐしゃぐしゃにしながら言った。
「女王になれない……だけじゃなくて、王女ですらなくなる……なんて……耐えられないもの……っ。――ああっ、精霊なんて消えればいいのよ! なのに、どうしてこんな……」
「愚かな奴め。慰霊碑にいるのは悪霊化した精霊。実体がないから、慰霊碑を壊したところでその場所に留まり続ける」
「あなたは……?」
「シャルディア王国の君主だ」
エルゼは眉ひとつ動かさず、エスターのことを見下ろしている。
彼女は涙でぼやける視界でエルゼを見上げて、懇願を口にした。
「あなたが例の元精霊王……? それなら何とかしてちょうだい。この痛みから私を助けて……身体が、張り裂けそうなくらいに、痛いの」
「――断る」
切実な願いを彼は、にべもなく斬り捨てる。
「精霊たちは廃位するアントワール家を許しても、お前のことは決して許さないだろう。その苦しみを味わうことで、己の浅はかな行動を省み、罪を贖うといい。――精霊たちが許すまでな」
「そんな……いや、助けて……お姉様……!」
エスターの懇願の目がノルティマの方へ向く。だが、ノルティマにはどうしてやることもできない。
するとエルゼは、泣きわめくエスターを尻目に、ノルティマに話しかける。
「ノルティマ。今から俺は壊された慰霊碑を片付けに行く。手伝ってくれるか?」
「え、ええ、もちろん。行きましょう」
ノルティマもエスターの懇願に聞く耳を持たず、医務室をあとにする。
「待って! お姉様……っ、いや、行かないで……! お願いだからぁぁ……っ」
そして、エスターの叫び声と悲鳴が、王宮中に響き渡ったのである。