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27_王家へのふたつの条件


 そして、エルゼからアントワール王家に対し、侵攻をしない代わりの条件が提示される。


「王太女ノルティマ・アントワール嬢をもらいたい」


 ざわり。淡々とした口調で告げられた内容に、広間は騒がしくなった。


「せっかくお戻りになったというのに、困るわ……!」

「ノルティマ様以外に次期女王にふさわしい者はいない。それなのに彼女を譲れなど言語道断だ」


 他方、女王アナスタシアの動揺は比類ないもので、彼女の顔からみるみる血の気が引いていく。

 

「それだけはできませんわ。ノルティマは我が国にとって大切な存在なのよ」

「はっ、笑わせるな。少しも尊重してこなかったくせに」

「……」


 エルゼの指摘に、アナスタシアはぐうの音も出ない。


「それに先ほど言ったはずだ。どの道そなたは、アントワール王家最後の女王になるのだと。そなたの代でこの王朝は終わり、新たな時代を迎える。――水の精霊国の元王エルゼの名において」


 水の精霊国の元王という言葉に、人々は衝撃を受ける。


 エルゼが手のひらをかざした刹那、彼の周りを水の粒子が旋回する。神秘的な光景にエルゼの人間離れした美貌が相まって、息を呑む気配があちこちからした。


「そ、そんな……っ嘘よ。水の精霊国は五百年も昔に滅びたわ。精霊の寿命は二百年程度と言われている。元王が今も生きているだなんて……ありえない。ありえないわ……!」

「俺は六百年生きた。そなたたちの先祖に住処を奪われた精霊たちは悪霊となり、元王にまで恨みをぶつけた。俺は精霊たちに……時間を奪われたんだ」


 初めて明かされた彼の生きてきた年数は、あまりに途方もない長さだった。


 エルゼの寿命が長すぎること、ずっと疑問に思ってきたが、呪いと聞いてようやく腑に落ちた。アントワール王家もずっと、精霊の呪いによって苦しんできたから、呪いの恐ろしさは嫌というほど知っている。


(敬愛していた王であるエルゼにまで呪いをかけるなんて……。ならこれから先もずっと、エルゼは寿命を迎えずにひとりで生き続けなくてはならないというの……?)


 これまで彼が抱えてきたであろう苦しみや葛藤を想像し胸を痛めていると、エルゼがちらりとこちらを見た。彼は不安そうな顔をするノルティマを宥めるかのように、一瞬優しげに微笑む。


 だがすぐに、アナスタシアに視線を戻した。


「湖を埋め立てることがなければ、この国はまだ精霊と共存し、かつてのような豊かさを享受していたことだろう」


 ベルナール王国は精霊たちがいたころ、今より遥かに繁栄していたとされる。彼らを失ったことで、国力は著しく低下していったのだが、アントワール王家は責任を問われることを恐れて、国中の神殿や精霊たちの像をひたすら破壊していき、精霊たちの存在ごと人々の記憶から消し去った。


 精霊たちを襲った悲劇を語るエルゼの表情は憂いを帯びていた。


「今もなお、精霊たちはアントワール王家を憎み、国を治めるにふさわしくないと訴え続けている。――あの慰霊碑の中でな」


 エルゼが指差したのは、広間の窓の向こうに小さく見える精霊の慰霊碑だった。


「まさか、王家の呪いに気づいて――」

「ここにいる皆に、面白い事実を教えてやろう。この国の王室に女のみしか生まれないこと、世間では精霊の呪いと言うらしいがそれは違う。水の精霊にそのような力はないし、遺伝的な問題だろう。王家は秘密を外に漏らさないように近親婚を繰り返してきたそうだからな。本当の呪いは別にある。それは……」

「おやめなさい!」


 そのとき、アナスタシアが眉間に縦じわを刻んで叫び声を上げた。

 彼女の怒号が広間中に響き渡り、人々は萎縮する。


 だが無理もない。この国の雨の恵みが、ひとりの少女の肩に委ねられていることが知られたら、大混乱に陥ることは間違いないのだから。


 そして、呪いを背負う王家の治世に、不満と不安を抱く者が現れるはずだ。


(呪いの事実を知られたのなら、王家と民衆の信頼関係は崩壊し、王座から引き下ろそうとあらゆる人たちがしのぎを削ることになるでしょう)


 アナスタシアの必死の剣幕から、秘密を守らなくてはという焦りが伝わってくる。

 しかしそこで、ノルティマが落ち着いた声で言った。


「王家直系の者が、精霊の慰霊碑に祈りを毎日捧げ続けなければ――この国に雨は降らない。それが、水の精霊国を滅ぼした五百年前から続く王家の呪いです。私は物心がついてからずっと、毎日欠かすことなく礼拝をしてきました。そして礼拝には、壮絶な苦痛が伴うのです」


 ノルティマが打ち明けた事実に、人々はすっかり言葉を失っている。そして、ノルティマが失踪してから雨が全く降らなかったことにも合点がいったようだ。


 アナスタシアは額に手を当ててため息を吐き、ヴィンスは天井を仰いでいる。


 エルゼはノルティマに寄り添いながら言った。


「精霊たちは俺の浄化を拒んだ。アントワール王家がこの国の長であり続ける限り、呪いを解く気はないらしい。そこでふたつ目の条件を提示する。女王よ、次の当事者を見極め――玉座を退け」

「なんですって……!?」

「呪いを知られた以上、その地位を維持し続けることはもはや不可能。いずれ反乱が起きて歴史から消滅するか、自主的に幕を閉じるかの違いだけだ。あるいは、シャルディア王国が侵攻を開始し、支配下に入るときを待つか……」


 アナスタシアは元々白かった顔を更に蒼白にさせた。そして、おろおろと目をさわよわせながら、震える声を漏らした。


「ああ……わたくしは、どうしたら……」


 五百年以上続いてきた王家の歴史に終止符を打つことなど、そう簡単に決められる問題ではない。


 彼女はへなへなとその場に力なく崩れ落ちた。女王にあるまじき威厳のない様子だ。


 ノルティマはアナスタシアのことを見下ろしながら言う。


「この国に雨が降らなくなっても、女王陛下は政務を言い訳に、自ら祈りを捧げようとはなさらなかった。決して悪いことではありません。……誰だって、痛いのが嫌いなのは当然ですものね?」

「…………っ」


 この場にいる者たち全員がアナスタシアに対して不信感を向けている。


 呪いの秘密、次期王配ヴィンスの不祥事、王太女への不当な仕打ち……。露呈されたこれらの問題は、王家への信頼が失われるには十分すぎるだろう。


 アナスタシアは、この場を切り抜ける知恵を思いつくほど聡明でもなく、今の王政を維持しようという度胸も勇敢さもなかった。


「…………分かったわ。ふたつの条件を受け入れましょう。それでこの件は、和解にしてくれるのよね?」

「ああ、もちろん。俺は約束は守る」


 アナスタシアの後ろで王配は黙ったまま、ことの成り行きに任せるといった風に目を伏せている。

 しかし、ヴィンスは納得していなかった。


「決断するには性急すぎます!  五百年続いた我々の治世を、栄華を、ここで終わらせるとおっしゃるのですか!? なりません! どうかお考え直しを!」


 ヴィンスはただ、次期王配という地位を失うのが嫌なだけだ。彼の野心は見え透いている。


「もともとこの王家の基盤は……脆弱だったわ。呪いの秘密を守るために近親婚を繰り返した結果、アントワール王家には男は生まれなくなり、女たちは苦しんできた。……わたくしもそのひとりだった。もう、終わりにしましょう」


 アナスタシアは目を伏せ、拳を握り締めた。


(お母様は……王に向いていなかった。そして私も)


 彼女も幼いころからノルティマと同じように、次期女王のための厳しい教育を施され、物心がつくころには、強制的に慰霊碑に礼拝をさせられ、苦しんできたのだった。


 彼女は王として采配を振るうことも、権力にもさほど興味はなかった。

 長らく重圧を受けてきた彼女は、ノルティマと言う後継者が生まれると、自分が楽をしたいがために、多くを娘に押し付けたのである。


「お待ちください、本気で王位を手放すおつもりですか……!? 陛下、なりません!」

「――黙りなさい!」

「……っ」

「ヴィンス。そなたの望む地位はもう手にはいらないのよ。シャルディア国王に無礼を働いたことを忘れたの? そなたに何かを要求する資格はないわ。処断される覚悟をしておきなさい」


 ヴィンスは茫然自失となり、その場に立ち尽くした。


 アナスタシアは王配に支えられながらよろよろと立ち上がり、決断を人々に告げた。


「シャルディア王国と敵対し、我が国に血がほとばしるのは不本意です。わたくしが退くだけでことが収まるのなら安いものでしょう。わたくしは母としても為政者としてもふさわしくはなかった。新たに玉座にふさわしい者を据え、アントワール王家の役目は――最後にいたしましょう」


 そして、最後の言葉には、心からの安堵が滲んでいた。


「これでようやく……五百年続いた精霊との因縁を断ち切れる」


 女王は玉座を手放す宣言をした。

 こうして、五百年続いてきたアントワール王家の歴史は幕を閉じたのである。

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