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24_大人しくする…訳がないでしょう?

 

 大逆罪を問われれば、それだけで首が飛び、実家は取り潰され、末代まで非難を受けることになる。だが、エルゼの場合は首をひとつ刎ねて済まされる問題ではなくなってしまう。

 異国の国王を無実の罪でひどい目に遇わせた日には、アントワール王家始まって以来の大問題に発展するだろう。


「その子は何の罪もない子どもよ。湖に倒れている私を助けてくれた恩人なの!」


 だが、ヴィンスは聞く耳を持たない。彼は付き従えている騎士たちに命じた。


「罪人を地下牢に閉じ込めておけ。そして拷問にかけ――全ての罪を自白させろ」

「「御意」」


 その罪が事実であろうと事実でなかろうと、暴力によって認めさせるつもりなのだ。


(子ども相手に、なんて卑劣な男……)


 だが、騎士たちに引きずられても、エルゼはまるで抵抗しない。不良の青年たちを吹き飛ばしたように、元精霊王には強大な力があり、騎士たちの拘束を解くことなど造作もないはず。

 それなのに逃げようとしないのはどうしてなのだろう。


「待って……! エルゼを連れて行かないで、お願いよっ!」


 震える喉を叱咤して、懇願を叫ぶ。

 ノルティマはエルゼたちを追いかけようとしたが、残りの騎士たちがそれを制する。騎士たちに腕を拘束されながらじたばたと暴れるノルティマに対して、ヴィンスが高圧的に言った。


「王太女が立場を放棄し失踪……挙句の果てに、湖に身投げしたと知られれば醜聞に繋がる。王家の権威も地に落ちることだろう。だから――誘拐されたことにするんだ」

「エルゼに濡れ衣を着せようと言うの……?」

「何、君が僕の言う通りにするなら殺しはしない」


 自分は脅迫されているのだと理解し、ごくんと喉を鳴らす。だが、エルゼを守るためには、彼の言うことを聞くしかない。


「……私は、何をすればいいの?」

「王太女としての役目を全うする、ただそれだけだ。――今までのようにな」

「…………」


 今までの生活に戻ること、考えただけでもぞっとする。だが、選択の余地のないノルティマは、小さく頷き「分かった」と答えた。


「さぁ。散々お前の尻拭いをしてやった俺に、今ここで誠意を示せ。お前のやるべきことは分かっているだろう?」


 この国を渇水から救うためには、雨を降らす必要がある。元々そのために帰国してきたのだ。だが、アントワール王家の面子のことしか考えていないこの人の命令に従って祈りを捧げるのは不本意だ。

 ノルティマはゆっくりと慰霊碑の前まで歩き、膝を芝生の上につく。そして、ちらりとヴィンスのことを見上げて言った。


「――前から思っていたのだけれど、口の利き方には気をつけた方がいいわ。あなたって……下品よ」

「なっ……!?」


 上から目線で命令されると、無性に腹が立つ。今までは婚約者だからと、王太女を軽視するような態度にも目を瞑ってきたが、自分の心を無視して我慢するのはもうやめたのだ。

 ノルティマからのまさかの苦言に、ヴィンスは鳩が豆鉄砲を食ったような顔をし、はくはくと口を動かす。


 そんな彼の反応は無視して、目を閉じた。


「……精霊さんたち。長らく礼拝を捧げられずに申し訳ありません」


 そうしてふた月ぶりに、王家直系の娘による礼拝が精霊の慰霊碑に捧げられたのである。

 翌日はベルナール王国全域に大雨が降り、失踪した王太女の帰還を国中の人々が祝福したのだった。




 ◇◇◇




 エルゼが大罪人として地下牢に収容されてから数日。ノルティマは休みを取ることさえ許されず、執務室に閉じ込められて、溜まりに溜まった政務をこなしていた。


(エルゼはどうしているのかしら……。ちゃんと食事や水を与えられているの? 痛い目に遭わされてはいない?)


 ノルティマは馬車馬のように酷使されていても、自分のことはむしろどうでもよく、エルゼのことばかりを気にしていた。


 翌日に控えていた新王太女のお披露目のパーティーは中止され、代わりに、帰ってきた王太女ノルティマを歓迎するパーティーが行われることになった。

 女王になりたがっていたエスターは反発しているらしいが、礼拝を拒み、勤勉ではない彼女に次期女王の資質はないと、女王アナスタシアは判断したらしい。


 執務室には扉にも窓にも外鍵がかけられていて、逃げることはできない。エルゼが人質に取られている限り、ノルティマはここでヴィンスの言いなりになっているしかないのだ。


 だが、ノルティマにそのような気は毛頭なかった。大人しく従うふりをして、この部屋を脱出する手立てはないかと思案をめぐらせている。


(一刻も早く、エルゼを助け出さなくては。あるいは……エルゼが元の姿に戻りさえすれば……)


 少年の姿のままでは、シャルディア王国の王リュシアン・エルゼ・レイナードであることが証明できない。だが、元の姿に戻れたら、地下牢から出ることができる。罪人の少年は脱走したことにでもしておけば良いだろう。


 ノルティマは椅子を持ち上げて扉まで歩き、思い切り叩きつける。激しい音を立てて椅子の方が壊れて、重厚な扉には小さな傷がついただけだった。


「だめね……。何か他の方法を考えなくては」


 ため息混じりに前髪を掻き上げたあと、額を抑える。


 俯きがちに、無惨に破壊された椅子の残骸を見下ろしながら、エルゼを助け出す算段はないかと思案に暮れていたそのとき、後ろからコンコンと何かを叩く音が聞こえた。

 背後の重厚なカーテンをそっと開くと、窓の向こうにレディスが立っていた。


「レディス様……!?」

「そこから離れていてください」

「分かりました」


 ガラス越しにそう促されて、ノルティマが数歩下がれば、レディスが窓に向けて手をかざす。


 ――パリン。鋭い風が窓に吹き付けて、窓が割れた。星明かりを反射したガラス片がパラパラと舞い落ちる様に息を飲む。彼は精霊術を使ったのだ。


「どうしてここがお分かりに?」

「あなたを探していたところ、大きな音がして近づいてみたら、カーテンの隙間からお姿が見えた次第です」

「そう……ですか。それよりレディス様、エルゼが罪人として連れ去られて……」

「ええ、分かっております。それについてお話しするために、探しに参りました。シャルディア王国の王が人では子どもの姿になっていることを知られる訳にはいきません。あの聡い方なら切り抜ける手立てがいくらでも思いついたはずなのに、大人しく捕まるなんて、一体何を考えていらっしゃるのか……。一刻も早く、助け出さなくては。ですが、陛下が今どこにいらっしゃるのかわからず……」

「――地下牢に収容されているはずです。すぐに私がご案内いたしましょう」


 ノルティマは割れた窓枠から慎重に外に出る。窓から地面までは距離があり、落ちて怪我をしないように彼が身体を受け止めてくれた。

 執務室から庭への脱出に成功したノルティマは、レディスが着ていたローブを借りて身を隠すのだった。

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