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23_少年は罪人として捕われる

 

 二週間ほどかけて、一同はベルナール王国に到着した。二ヶ月以上降雨が止まったせいで大地はすっかり渇ききっており、道の脇に生えている植物も枯れていた。

 そして、道行く人々の表情も薄暗く、街は本来の活気を失っていた。


 王宮では、数日後に催される新王太女のお披露目パーティーに向け、招かれた各国の王族や上位貴族の家長にその妻子が宿泊していた。


 戴冠式は暴動によって散々の有り様になり中断されたが、その後王家だけでひっそりと行われた。

 そして、今回のお披露目パーティーも恒例行事ではあるが、規模をかなり縮小し、厳重な警備体制の元に行われることになったのである。


 今も絶えずアントワール王家に抗議する民衆が王宮の門へと押し寄せている。だが、王家は純血の者を女王に据えて威厳を守るために、エスターを王太女にするしかなかった。


 お披露目パーティーも、貴族や民衆に王家の権威を知らしめるために、贅を尽くしているとか。


(これ以上王家の面子を潰さないために、後に引けない……という感じね)


 そして、王家に抗議する者たちを次々に捕えて、見せしめのように処刑していった。大規模な粛清のせいで、人々の不満はより一層高まっている。


「これが例の慰霊碑か?」

「ええ、そうよ」


 ノルティマたちは、王宮敷地内の精霊の慰霊碑の前に来ていた。


 シャルディア王国の国王であるエルゼのもとにも王太女のお披露目パーティーの招待状が届いており、強引な手段を取らずとも王宮に入ることができた。


 ノルティマは元王太女として王宮の者たちに顔が割れているため、男装をして騎士を装い、ローブを上から羽織ってフードで顔を隠している。


 ぱっと見ただけではノルティマだと分からないが、エスターやヴィンスなど、関わりが深かった者は誤魔化しきれないだろう。


 フードを深く被り直しつつ頷くと、エルゼは精霊の慰霊碑に手をかざして目を閉じた。


 しばらくして精霊の慰霊碑の周りがほの暗く光りだしたかと思えば、エルゼが目を開き、眉間にしわを寄せた。


「これは……ひどいな」

「悪霊化した精霊たちがいるんですか?」

「ああ。水の精霊国という拠り所を失った精霊たちがここに集まり、闇側に落ちたようだ」

「……」


 エルゼの険しい表情が、恨みによっては悪霊になった仲間たちへの同情だと理解した。

 そして、ひっきりなしに集まってくる精霊たちを浄化していくには途方もない神力が必要となり、今のエルゼには到底無理だという。


「精霊たちはこう言っている。アントワール王家に、国を統治する資格は――なしと」


 アナスタシアの治世はあまりにも脆弱で、アントワール王家の血筋であることを除いたとしても、指導者としてふさわしくはない。彼女を取り巻くヴィンスや廷臣たちも、自分の利益ばかりを追求するような者ばかり。


(なんの言葉も出てこないわね)


 するとそのとき、芝生を踏む靴音がいくつか近づいてきて、聞き覚えがある女の喚き声も聞こえてきた。


「いやっ! 礼拝なんて懲り懲りだって言ってるでしょ!? 絶対やりたくない! 離して……!」

「いいから大人しく言うことを聞いてくれ。王家の面子を守るためには、なんとしてでもお披露目パーティーまでに雨を降らせなくてはならないんだ!」

「そんなの知らないわ。どうして私が痛い思いをしなくちゃいけないのよ! 離してったら……!」

「お前たち、彼女を慰霊碑まで引きずってでも連れて行け」


 その声の主はエスターだった。傍にはヴィンスや数人の騎士たちがおり、抵抗するエスターを拘束し、強引にこちらに連れて来ようとしている。


(どうしよう。早くここから離れなくちゃ)


 エルゼは彼らが新王太女とその婚約者だとまだ気づいていない。


「エルゼ――」


 ここから逃げなくては、と伝えかけたときにはもう遅かった。エスターとヴィンスはこちらを見て大きく目を見張る。


「嘘……お姉様……生きてたの……?」

「ノルティマ……なのか?」


 フードを深く被り直すが、むしろそれは肯定と捉えられた。

 ヴィンスや騎士たちの意識がこちらに向いたのをいいことに、エスターは一瞬の隙をついて逃走した。

 よほど礼拝が嫌だったようで、久しぶりに再会した姉のことなどそっちのけだ。


 他方、ヴィンスはノルティマのことをじっと見つめたまま一歩、二歩と近づいてくる。


「へぇ……遺体が見つからないと思っていたらやっぱり君、生きていたんだね。自分の務めを放棄しておいて、よくものうのうと生きていられるものだ。面の皮が随分と厚いらしい。君がいなくなってこの王宮にどれだけの混乱が起きたか分かっているのか?」


 完全にこちらをノルティマと認識しているようだが、沈黙を貫く。


「顔を背けても無駄だ。元婚約者の顔を見間違えることなどない」

「…………」


 観念したノルティマがゆっくりと顔を向けると、やつれて目の下にクマをこしらえたヴィンスと視線がかち合った。よほど精神的に参っているのか、目に光がないように見える。


「あぁ、元気そうだね。だめじゃないか。自分の責任を放棄して逃げ出すなんて。君はこの国の王太女。国の民の利益と平和のために尽くす義務がある。さぁ、こっちへ戻ってくるんだ!」

「――そうはさせない」


 すると、エルゼがノルティマのことを庇うようにして前に立った。彼の表情を見ることはできないが、その声から怒りをつぶさに感じ取る。


「ノルティマが戻ったら、また奴隷のように酷使するつもりなのだろう? お前たちのような自分のことしか考えていないろくでなしに彼女は渡しはしない」

「……なんだって?」


 ヴィンスはエルゼのことを上から下までゆっくりと品定めでもするかのように観察し、嘲笑混じりに言う。


「ははっ、彼は君の友達か? 王宮の外に出て、ようやく友達ができてよかったではないか。だがお前、この俺を誰だと思っているんだ? 公爵家の次男であり次期王配の――ヴィンス・シュベリエだ。口の利き方には気をつけた方がいいぞ」

「……」


 ずいと顔を近づけたヴィンスが、威圧的に睨みつけたものの、エルゼは一切動じない。むしろ、挑発的に口の端を持ち上げた。


「お前がノルティマの元婚約者か。これほどつまらない男とは思わなかったな。彼女のような崇高な人には到底ふさわしくはない。この下郎が」

「……! なんだと……!? 言わせておけば調子に乗って……! お前たち、すぐにこの生意気な子どもを捕らえろ!」


 ヴィンスは後ろに付き従えている騎士たちに命じる。騎士たちは「御意!」と頭を下げ、ぞろぞろとエルゼのことを取り囲い、拘束し始めた。


「やめて! その人は――」

「ノルティマ」


 危機的状況を打開すべく、彼はシャルディア王国の国王なのだと口にしかけたが、エルゼが口元に人差し指を立てて「内緒」と言うジェスチャーを取る。


(ヴィンス様はエルゼをただの子どもだと思っている。どうしたら、彼を解放してくれる……?)


 エルゼは自分が精霊であることを隠してシャルディア王国の国王として君臨している。だから、この目の前の少年が、国王だということを知られるわけにはいかないのだ。

 ノルティマは思案を巡らせ、懇願を口にした。


「ヴィンス様、お願いよ。彼を解放して。私の大切な人なの」

「だめだ。この者は王太女を誘拐するという――大逆罪を犯した被疑者として地下牢に幽閉する」

「た、大逆罪ですって!?」


 ノルティマは彼の口から出てきた言葉に衝撃を受け、わなわなと打ち震える。

 一方のエルゼはというと、余裕を感じさせる笑みを浮かべ、鋭い金の瞳でヴィンスを射抜いていた。

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