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20_妹が失態を犯したらしいです

 

 大宮殿の庭園は、どこを見ても手入れが行き届いている。茂みは丸く均等に整えられており、オブジェの一つ一つも、職人たちが趣向を凝らした品だと分かる。


 美しい庭園をゆったりとふたりで歩いているうちに、大聖堂に辿り着いた。


 ベルナール王国の王宮にも聖堂があったがこじんまりとしたものだった。

 対してこちらの大聖堂は、あまりの荘厳さに見る度圧倒される。


(さすがは精霊信仰が根強いだけあって、それを祀る施設にも強い信仰心を反映するかのよう)


 空高くにそびえる屋根の先は尖っていて。

 壁には、大きなガラス窓やステンドガラスが贅沢に使用されている。


 そして大聖堂の入り口に、庶民が大行列を作っていた。


「あの列は何?」

「ああ、大聖堂では精霊術師たちが人々に治癒を施しているんだ。現在の医療で手が施せない病や怪我は、精霊術に頼るしかないからね」


 それでも人には運命があり、精霊の力を以てしても治せない病や癒えない傷もあるのだとか。列には包帯を巻いた人や、担架に横たわっている人などが並んでいる。


「私にも……あの人たちを癒すことができるのかしら」


 おもむろに自分の手のひらに視線を落とす。

 ノルティマはまだ、治癒の力どころか何の力も扱えずにいる。自分が本当に精霊術師の才能があるのかどうか疑ってしまうほど。


「できる。――あなたなら必ず」


 エルゼが即答し、ノルティマの細くしなやかな手を握る。


「あなたに精霊術師の素質があるのは確かだ。あとは――恐れを手放すこと。あなたは精霊が怖い?」

「!」


 怖い。とても怖い。

 エルゼの問いかけにそんな感情が生まれる。

 物心ついたときから、慰霊碑の前で毎日苦しんできた記憶がありありと蘇った。精霊である彼に本心を言ってしまっていいものか悩みつつ、こくんと頷く。


「……エルゼのことは、怖くないわ。でも他の精霊は怖い。すごく」


 毎日の礼拝の記憶が、まだ身体に焼き付いている。きっと精霊たちはノルティマのことを深く恨んでいるのだろう。だから、彼らが力を貸してくれるとは到底思えないのだ。


「あなたが恐怖を抱き、拒んでしまうと精霊たちは力を貸せなくなる」

「でも精霊たちは、私のことがきっと嫌いよ」

「そんなことはない。俺がいるだろう? 優しいあなたのことを、精霊たちも大好きになるはずだ。――(アクア)


 呪文を唱えたのと同時に、空中に水の塊が現れる。

 生き物のようにふわふわと浮遊する塊に指先で触れると、小さな粒子になって離散した。


 水の粒が陽光を反射して虹色に輝く幻想的な光景に、ノルティマは見入った。

 まるで精霊たちが、ノルティマを喜ばせようと見せてくれたような気がして。


「……(アクア)


 しーん……。

 ノルティマも彼にならって呪文を唱えてみるが、やっぱりだめで、何も起こらなかった。

 残念がってしゅんと項垂れる様子を見たエルゼが、どうしたものかと思案する。


「そうだ、精霊の力をもっとあなたに見せてあげよう。――ちょっと来て」

「エルゼ……っ?」


 彼に手を引かれるまま、大聖堂の列に近づく。エルゼはぱんっと手を叩いて民衆の注意を引き、軽快に告げる。


「今から俺がお前たちに治癒を施してやろう。重症の者から来い」

「あなたは……精霊術師の見習いか?」

「まぁ、そんなところだ。お前は腕の骨が折れているのか?」

「は、はい」

「手を出してみろ。――治癒(ヒール)


 元精霊王の力は強大で、人々の怪我や病をいとも容易く癒してしまった。エルゼが楽々と怪我を治しているのを見て、ノルティマはふと疑問に思った。


(湖に落ちたときの私の怪我って……どれだけ深刻だったのかしら)


 これほど強大な力を持つ元精霊王が、本来の姿を維持できなくなるほどの重症だったなんて。

 彼はノルティマの状態を瀕死だったと言っていたが、目の前で治療を行う様子を見て、彼の力なら瀕死の人間を回復させることも簡単にできてしまえそうに見えた。


 エルゼはあっという間に、列に並ぶ全員の治療を完了させた。


「「ありがとうございました! 精霊術師見習い様」」

「礼はいい」


 無愛想に感謝の言葉をあしらうエルゼ。人々は帰り際、エルゼだけではなくノルティマにも礼を言ってきた。


「あなたもありがとうねぇ」

「い、いえ……私は何も」

「はい、飴をあげるからね」


 列の最後尾にいた気の良い中年女性が、ノルティマの手に飴の包みを握らせて、踵を返した。

 聖堂の中では他の精霊術師たちが治癒を施していたが、あっという間に謎の少年が全員を癒したことに驚いている。


 唯一、少年の正体が国王だと知るレディスだけはきわめて落ち着いた様子で、こっそりとエルゼに囁く。


「あなた様が民衆のために奉仕なさるなど、珍しいこともあるのですね。どういう風の吹き回しでしょうか」

「ただ精霊の力をノルティマに見せたかっただけだ」

「左様でございますか。その心境のまま国家のために今後も貢献していただきたいものですがね」

「気が向いたらな」


 レディスとエルゼがそんな会話をする傍ら、ノルティマは聖堂の掲示板に見入っていた。

 掲示板には、街で最近起こったことや、政治のことなどの記事が書かれている。


「やっぱり……ね」


 その記事には、先日ベルナール王国の戴冠式で起きた騒動についてが書かれている。エスターが王太女に即位するための重要な儀礼なのだが、民衆が押し掛けてきて台無しになったという。


 民衆が暴動を起こした理由はベルナール王国に雨が降らなくなったから。


 ノルティマが消えたのを境に一滴の雫さえ大地に落ちなくなり、人々はエスターが次期女王にふさわしくないからこのようなことが起きたのだと結びつけたらしい。


 暴徒たちはもちろん全員逮捕され、次々に極刑が言い渡されているという。


(エスターは――礼拝をしていないんだわ)


 こうなることは最初から予想できていた。甘やかされて育ち、忍耐力や粘り強さがないエスターは、早々に音を上げて慰霊碑に向かわなくなることを。


 記事には、ノルティマが失踪してからすぐに降雨が止まったと書かれており、エスターが一日かそこらで礼拝に行かなくなったのが予想できる。


 あるいは、一度たりとも祈りに行っていないのかもしれない。二ヶ月雨が降っていないということは、各地で大規模な渇水が起き始めて、生活への影響も出ていることだろう。


(このままでは……無実の民たちまで苦しむことになる)


 いつの間にか後ろのレディスとエルゼの会話は終わり、エルゼ以外の者たちは聖堂を出て行った。精霊術師は忙しく、次から次へとやることがある。

 すると、掲示板の前で立ち尽くしているノルティマに、エルゼが話しかけてきた。


「何か気になることでもあった?」

「………」

「ノルティマ?」

「――帰らなくちゃ。ベルナール王国に」


 ノルティマはエルゼの方を振り返る。

 その表情に、迷いや葛藤はなかった。


「ずっと隠していたことがあるの。私の名前は――ノルティマ・アントワール。水の精霊国をかつて滅ぼした―――王家の末裔なの」

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