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19_陛下、大人気ないですっ!

 

「さっきの、大人げないんじゃない? 相手は子どもよ」

「……」


 エルゼの後ろを歩きながらそう話しかけると、彼は立ち止まってこちらを振り返り、掴みどころのない笑顔を浮かべて言った。


「相手が誰であろうと関係ない。あなたに求婚したということは俺の――ライバルだからね」

「ライバル……。それはどういう……?」


 つまりエルゼも、ノルティマに求婚しようとしているとでもいうのだろうか。

 またいつもの冗談を言っているのか、本気なのか分からずどぎまぎしていると、彼ははっきりと答えた。


「言葉のままだ。俺がノルティマの――伴侶の座を狙っているってこと」

「……!」


 まるで獲物を狙う獣のような、鋭さを帯びた深い金色の双眸に抜かれて、心臓がどきんと跳ねる。

 色恋沙汰にうつけなノルティマでも、エルゼが自分に好意を持ってくれていることをつぶさに察知した。


(でも、私は……)


 エルゼは現在、シャルディア王国の王。彼と結婚するということはつまり、王妃になるということ。


 ベルナール王国の次期女王という地位を捨てて逃げてきた身で、そんな勝手な真似はできない。

 もしかしたらエルゼが王太女を強引に我がものにしたと解釈され、ベルナール王国との国際問題に発展しかねない。


 それにまだ、エルゼへの気持ちもよく分かっていない。

 すると、彼がこちらの心の葛藤を見抜いたかのように付け加えた。


「すぐに答えてくれなくていい。あなたが嫌がるようなことは決してしないと誓う。あなたに好きになってもらえなくても、俺はただあなたを大切にしていたいんだ」

「エルゼ……」


 見返りを求めない無償の愛情。彼がそれを惜しみなく注いでくれて、ノルティマの渇いていた心はいつの間にか癒され、温かな何かで満たされていた。


(でも……与えてもらうばかりで、私はまだ何もできていない。精霊術の勉強という口実はあっても実質的には休養だし、肝心な精霊術だって一度も使えていないもの)


 エルゼの役に立っていないどころか、自分の素性を隠して彼のことを騙している。罪悪感に項垂れ、きゅっと唇を引き結ぶ。


(言わなくては。私の姓が――アントワールであること。水の精霊国を滅ぼした王家の末裔であるということを)


 拳を握り締めて、重い唇を開く。


「あの――」

「「ノルティマ様」」


 ようやく勇気を振り絞ってエルゼに秘密を打ち明けようとしたタイミングで、廷臣と騎士の男ふたりがこちらに話しかけてきた。

 まずは、廷臣がこちらに丁寧に頭を下げる。


「この前は相談に乗ってくださりありがとうございました! おかげで滞りなく徴税が行えましたよ」

「……お、お役に立てたようで何よりです」


 続いて、騎士の男が言う。


「私もお礼を言わせてください。ノルティマ様のおかげで予算を抑えながら人数分の鎧を購入することができました! 本っ当に感謝しています!」

「いえいえ、差し出口でなければ嬉しいです」


 お礼を言って去っていくふたりの男の後ろ姿を見て、エルゼが不思議そうに首を傾げる。


「随分と感謝されていたけど、何かしたの?」

「相談に乗って、ちょっとしたアドバイスをしただけ。大したことは何も」


 たまたま困っているところを見かけて、廷臣の男には徴税報告書の誤りを指摘し、騎士の男には、安く鎧を購入するための方法を提案したのだった。


 王太女としてこれまで散々、お金のことにまつわる問題に関わってきたため、慣れているのである。


 するとエルゼはふっと小さく笑った。


「さっきの子どもたちもそうだけど、あなたはこの大宮殿で、既に多くの人に必要とされているようだな」

「……! そんな……私なんて別に、何も……」

「謙遜しなくていい。単なる事実だ」


 次期女王だったころは、やって当然、できて当然でどんな仕事をしても感謝されることはなかった。

 一生懸命頑張っていたら、見返りを求めたくなるものだ。けれどノルティマの周囲の人たちは誰も報いてはくれなかった。


(私はただ、よく頑張っているねと褒めてくれたらそれでよかったのに)


 シャルディア王国に来て、ようやく誰かに必要とされる実感が湧き、自分の存在意義を認められたようになった気がする。この大宮殿にいる人たちはみんな気さくで、ノルティマは初めて人の温かさのようなものに触れた。


「私がどなたかのお役に立てているのなら、何よりだわ」

「そうだね。ああ、そうだ。さっき何か言いかけただろう? 何を言おうとしたんだ?」


「…………少し、外を歩かない?」


 この廊下はひっきりなしに使用人や廷臣たちが往来していて、誰に聞かれるか分からない。

 人気のなさそうな場所で全てを打ち明けよう。ノルティマはそうひっそりと胸に決めるのであった。

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