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18_偉大な王の独占欲

 

 その日の午後、大宮殿の図書館に本を返しに行こうと廊下を歩いていると、図書館から子どもたちが飛び出してきて、ノルティマのもとに駆け寄ってきた。


「ノルティマ様ーっ!」

「ノルティマ様、またご本を読んで! 一緒に遊ぼっ!」

「勉強を教えてください!」


 彼女たちは廷臣や貴族の令嬢令息たちだ。時々親と一緒に大宮殿を訪れ、社交のマナーを教わったり、互いに親交を深めている。


 あるときたまたま図書館に居合わせたノルティマが半日ほど構うとすっかり懐かれてしまい、それ以降は会うたびに本を読み聞かせたり、ちょっとした勉強に付き合ったりしている。彼女たちはノルティマのことを、自分たちと同じ貴族の娘だと思っているようだ。


 子どもたちはノルティマを囲い、服の裾をつんとつまんだり、腕を引っ張ったりして一生懸命に気を引こうとしてくる。


(かわいい……)


「ふふ、分かったわ。もう、そんなに引っ張らないで」

「「やったあっ!」」


 はしゃぐ子どもたちに連れられて図書館の中へ入る。借りていた本を返し、閲覧用の個室に彼らと一緒に入った。


 ソファにノルティマが腰を下ろし、子どもたちが毛先の長い絨毯の上に行儀よく座っている。

 ノルティマが本の内容を音読する間、彼女たちは真剣な眼差しでこちらを見ていた。ちなみにその本の内容は、上位精霊が美しい男の姿となり、虐げられていた姫を助けて恋に落ちるというもの。


(どこかで聞いたことがあるような、ないような話)


 ぺら……と本のページをめくったあと、ノルティマの形の良い唇が音を紡ぐ。


「それから、お姫様は男の唇に自分の唇を重ねて、神力を吹き込みました。怪我をした精霊が回復するには、神力が必要だからです」


 姫が上位精霊に口付けをしている挿絵を子どもたちに見せると、たちまち盛り上がりを見せる。


「わあっ、ちゅーしたーーっ!」

「ちゅーだ!」


 精霊の力の源である神力は譲渡することが可能だった。精霊同士だけではなく、精霊と人間の間でもでき、粘膜を触れ合わせることが条件となる。……そういえば、ノルティマが湖に落ちたときも、エルゼが口付けをしてくれたら身体が楽になって意識を手放したのだった。

 彼はきっと、酸素を送り込むだけではなく、自分の神力も一緒に注いでくれたのではないか。


(じゃあ、エルゼにも神力を譲渡すれば、元の姿に戻ることができる……?)


 ノルティマでは微力かもしれないが、枯渇した神力を回復させる足しにはなるかもしれない。とはいえ、自分から口付けをするのは、初心なノルティマには難易度が高すぎる。


「ノルティマはちゅーしたことある?」

「はえっ!?」


 思わぬ質問に、変な声が出てしまった。

 エルゼに口付けられた記憶が鮮明に思い出され、耳まで赤く染まっていく。ただの記憶に過ぎないのに、心臓が言うことを聞いてくれなくなって、どんどん加速していく。


「あははっ変な声! 顔真っ赤!」

「あるんだ、キスしたこと!」


 図星を突かれ、とうとうノルティマの頭から湯気がのぼり始める。


「あ、あれは救命行為で――っじゃなくて、大人をからかわないの。……もう」


 気を取り直して本読みを再開し、どうにか最後まで読み終える。


「――はい、おしまい。面白かった?」

「「面白かった!」」


 ぱたん、と本を閉じて傍に置くと、子どもたちから拍手を送られる。

 

 まだ十歳かそこらの子どもたちに恋の物語は早いかと思ったが、楽しんでもらえたようでよかった。

 純粋で無邪気な子どもたちの様子に、ほのぼのとした気分になる。母国にいた頃は、子どもたちとのんびり遊ぶような時間などなかったが、今はこうして癒しの時間を堪能している。


 それと、少年のひとりがこちらに言った。


「ねーねー、ノルティマ様は恋人がいるの?」

「いないわ」

「じゃあ好きな人は?」

「…………い、いないわ」


 まさか子どもたちから色恋の質問が飛んでくるとは思わず、戸惑うノルティマ。

 ヴィンスという婚約者はいたが、お互いに恋愛感情は一切なかった。貴族というのは、家族のために政略結婚するのがごく普通のことで、そこに愛がないのはよくある話だ。


 ノルティマは実は…… 一度も恋をしたことがない。


(……私にもいつか――好きな人ができるのかしら)


 するとそのとき、頭の中にエルゼの爽やかな笑顔が思い浮かぶ。


『――好きだよ』

『あなたのことは俺が幸せにする』

『ずっと一緒にいよう。ノルティマ』


 愛の言葉を囁かれ、手を繋いだり、抱き締められたりと――もしも彼が恋人だったらという妄想が、一瞬の内に脳裏を駆け巡り、はっと我に返る。


 頭をぶんぶんと横に振って、妄想をどこか遠くへ追いやる。


(わ、私ったら何を考えているのよ……! エルゼはまだ子どもで……はないのよね。大人の姿をした彼は……どんな感じなのかしら)


 エルゼは普段、成人男性の姿をしているらしいが、重症を負ったノルティマを治癒したためにその姿を維持できなくなった。


 つい見た目の印象に引っ張られて子どものように思ってしまうが、エルゼはノルティマよりもずっと成熟した大人なのだ。

 彼が成長した姿を想像して顔が赤くなったとき、少年の声によって意識が現実へと引き戻される。


「――じゃあ僕と結婚しようよ!」

「!」


 十歳ほどの少年からの突然の告白に、拍子抜けしてしまう。


「最近、父上と母上が縁談の話ばかりするんだ。僕、結婚するならノルティマ様がいいっ。きっと父上たちも納得してくれるはずだよ!」

「……………」


 それはどうだろう……と内心で思う。一応ノルティマは、ベルナール王国の王家の純粋な血を引く王女であり――元次期女王だ。

 彼の両親もノルティマの出自を知ったら、冷や汗を浮かべながら断ってくるだろう。


「ごめんなさいね。私はあなたと結婚できないの。私なんかよりずっと良い相手があなたには見つかるわ」

「えー、じゃあ大人になったらいい?」


(そういう問題では……)


 なかなか引き下がってくれずに、どう断って良いものかと頭を悩ませていると、上からこんな声が降ってきた。


「――残念。この人は俺のものだよ」


 聞き慣れた声に振り向くと、ソファの背もたれの後ろに立つエルゼが、ノルティマの腰を攫う。


 何百歳も年下の子どもを相手に、鋭い眼差しで牽制するエルゼ。

 それに、耳元で「俺のもの」と甘やかに囁かれ、ノルディマの顔が熱くなる。


「ノルティマ様は君のものじゃないよ! 君は誰なんだ? ノルティマ様から手を離せ!」

「そうだそうだ! 俺たちの方がずっと前からノルティマ様と友達なんだぞ!」

「私たちのものよ!」


 どうやら子どもたちは、目の前にいる自分たちと同じ年頃の少年がシャルディア王国国王だとは夢にも思っていないようだ。

 それこそ、子どもたちの両親が、我が子が国王を責め立てていると知ったら、冷や汗を流すだけでは済まされないだろう。


「俺はお前たちよりずっと前から、ノルティマのことを知っている」

「僕はひと月近く知ってる!」

「八年だ」

「うぐぐ……」


 意地になって言い合っていると子どもたちの様子を見て、ノルティマは思わずふっと吹き出した。


「ふ……ははっ、あははっ……」

「「……………」」


 堪えられずに肩を震わせ、くふくふと笑う。淑女としてはしたないと分かっていても、エルゼたちの様子がおかしくて。

 目に溜まった涙を指で拭いながら言う。


「あぁ……おかしい。もう、みんなそんなことで喧嘩しないで。私はみんなのことが大好きよ」


 花が綻ぶようなノルティマの笑顔を目の当たりにし、求婚してきた少年とエルゼは、あまりの愛らしさにほのかに顔を赤らめる。そして彼らは思い出したかのように睨み合う。


「僕は君よりもノルティマ様のことが好きだよ」

「へぇ、言うな。だが俺はお前の比にならないほど、この人のことが――好きだ」


 はっきりとそう告げたエルゼは、ノルティマの手を握って立ち上がらせる。


「行こう、ノルティマ」

「え、ええっと……」


 子どもたちが、ノルティマを連れて行くなと抗議し始める。


「待て、彼女を連れて行くな!」

「泥棒!」


 先に誘ってくれたのはこの子どもたちなので、エルゼの話を断るべきか、このまま彼に付いて行くべきか考えあぐねていると、エルゼが子どもたちに告げた。


「お前たちは散々彼女に遊んでもらったんだろう? 次は俺が構ってもらう番だ」


 当然の権利であるかのように、上から目線で言ってふんと鼻を鳴らす彼。

 尊大な態度を取る謎の少年に、子どもたちは呆気に取られる。ノルティマは子どもたちに「また遊びましょうね」と申し訳なさそうに声をかけて、エルゼに手を引かれながら図書館を出るのだった。


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