Ⅴ.「反抗」
「あら、二人揃って仲良く音楽鑑賞かしら?」
晴子さんと音楽に浸っていると、背後から不機嫌そうな声色で女の人に話しかけられた。
見ると制服のリボンの色が私達とは違う。新入生では無さそう、多分私達よりも上の学年の人達。取り巻きを何人か連れていて、皆どこか不機嫌そう。もしかして私達、何か変な事をしてしまったのかな…
「悪いけど、ここは先輩である私達の場所よ。貴方達の様な新入りが来る様な所では無いわ」
「ええ、理沙様の言う通りですわ! 邪魔なのよ貴方達っ!」取り巻きの女はそう言う。
「あっ…ええと…すみません…」
「分かったのなら、今直ぐにここから立ち去りなさい」
私は彼女達の言う通りにして、大人しく立ち去ろうと思ったのだけど…晴子さんはそうではない様子。
「…なぜ退かないといけないんですか! そもそもここただの芝生じゃないですか。別に立ち入り禁止なんて書いてませんでしたし!」晴子さんは声を荒げる。
「えっ、ちょっと晴子さん!?」私は驚きを隠せない。
貴方なんでそんなに怒って…って言うかなんで喧嘩腰なのよ…
「えっ、なっ…何よ! 新入生の癖に、私達に楯突くつもりかしら?」
「えぇ、そうですけど。1年生だからって舐めてるんですかぁ?」
晴子さんの行動が意外だったのか、女の人達は酷く驚いている様子…それはそうよね、まさか反抗してくるとは普通思わないよね…
「なっ…なんなの、貴方外の世界で常識という物を学んで来なかったのかしら、全くなんて非常識なの!」取り巻き女達も、かなり怒っている。
ちょっと…入学早々喧嘩なんて嫌なんだけど。
「なんて生意気な娘…どうやら身体で分からせてあげるしか無いみたいねっ! 皆さん、やっておしまいっ!」理沙と言う女の掛け声で、取り巻き全員が戦闘態勢に、マズいわね…
「やるんですか、それなら受けて立ちます!」晴子さんは完全にやる気満々の様子。一体何が彼女をそうさせるのかしら…
こんな所で喧嘩なんてしたら、先生に大目玉を食らう事間違い無し、入学早々そんなのは絶対嫌。
「もう…晴子さん、逃げますよ!」
「えっ、でもぉ!」
「変に関わることないですから、あ〜もう! ほらさっさと逃げますよ!」私は晴子さんの手を引き、走って逃げようとする。
「無駄よ、私達に目を付けられたからには、もう絶対に逃がしませんわ!」
でも、向こうはもう逃がす気なんて更々無いみたい。でも逃げる、逃げ切るしか無い、逃げ切らないと私の今後の成績に関わる。
私はその場から全力で走って逃げる、高校生の頃から喧嘩みたいな面倒事からは全力で逃げてきた。
私がかつて通っていた高校は、椅子や机が宙を舞ったり、先輩が後輩を平気で殴り飛ばしたりする様な治安最悪の学校だった。だから逃げないと本当に命に関わる状況だった。だから逃げるのには慣れている。
私達は全力で走り出した、でも…
「命令、私から逃げないで、こちらを向きなさい!」
彼女のその言葉が耳に入った瞬間、身体を動かす為の力が、どうやっても入らなくなる。
そう、身体を動かす主導権が、命令した彼女に移ったのだ。
「きゃっ! 何、身体が…言う事を聞かないっ!?」唐突な事に動揺を隠せない。
自分の身体が、全く言う事を聞かなくなってしまうなんて、生まれて初めてだ。
「あらあら…逃げるなんて情けないわねぇ、そんな姿見せて、恥ずかしくは無いのかしら?」そう言いながら、彼女達は動けなくなった私達に、近付いてくる。
「ちょっと、なんですかこれ!」動揺を隠せないのは晴子さんも同じらしい。
「私、貴山理沙の異能よ。私の命令は私の視界の中、または半径約5メートルに居る限りは何があっても絶対」
「今ここで、貴方達を私に従順な召使にする事も出来ちゃうんだから」
「そんなの嫌!」晴子さんは叫ぶ。
「あら、さっきまで反抗してたのに、実に無様ねぇ…」
はぁ…何故私までこんな目に…
「ふふっ、跪いて理沙様許してくださいと、跪いて許しを請うのなら許してあげるわ」
「嫌です! 召使も跪くのも嫌ぁぁ!!」晴子さんは耳が痛くなりそうな程、大きな声で叫ぶ。
「ふふっ、活きが良い小娘ね。そう…自分で跪かないのなら、私が跪かせてあげるわ!」彼女は強い口調でそう言う。
「命令よ、貴方達、私達に跪きなさい!」その言葉を聞いた瞬間、身体が勝手に動き出す。
あぁ…私、もうこのまま晴子さんと一緒にこの人達にひざまずくしか無いのかなぁ…と、そう思った時。
「やめなさい!!」
騒ぎを聞きつけてか、他の生徒がやってきたみたい。制服のリボンの色を見るに、多分この人達と同じ学年の人。
「へっ!? わっ、今の取消っ!」
取消、そう女の人が言うと、私たちの体は元通り動く様になった、今のは一体…