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白銀の騎士と妖精姫  作者: きょうかすいげつ
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第三幕

 慎重に人の手が一切入っていない自然がおりなす岩の道を進み、白銀の騎士と青銅の騎士は、いよいよ、邪竜の巣へと辿り着いた。


 音を立てないようにだけ気を付けて、二人は自身よりも二回りも大きな岩の影に隠れて息を潜ませ、先の空間へと視線を向ける。


 筋張った蝙蝠の様な翼。一目でそこらの岩など簡単に砕ける理解出来る鋭くも強靭な爪と牙。叩きつければ軽く馬車を壊せるであろう太く長い尾。極めつけは陽の光を通さない黒曜の鱗肌に、闇を見通すかのような月の光にもにた瞳。


 まだら模様等の混じりっ気が一つもない、その身体は雑種などではない正真正銘の古来より根ずく単一においては最強の生命体と謳われる竜種そのものであることを証明している。身体の黒さも相まって邪竜とは言い得て妙だと、思わず納得してしまった。


「どうする。仕掛けるか」


 青銅の騎士が背後から尋ねてくる。その言葉に白銀の騎士は言い淀みながら、竜の周囲へと目を向ける。


 先程まで、やけに存在感を放つ竜の方へとばかり視線を向けてしまっていたが、ヤツに仕掛けると言うならもう少し様子を探り、出方を伺った方がいい。なにせ、相手は愛しき姫の近衛騎士に選ばれる程の実力者に既に打ち勝っている存在だ。


 白銀の騎士もこれまで鍛錬を積んできた、直接手合わせをしたことは無いが現在の近衛騎士に選ばれていた妖精達と同程度には力を身に付けていると自負している。しかし、そんな相手すら手も足も出なかった存在に自分は今挑もうとしているのだ。慎重になるのは当然のこと。


 運が良いのか悪いのか。ここへ来る道中に頼もしき仲間が増え。そして大切にしていた愛しき姫から賜った剣を折ってしまった変わりに岩をも貫く魔法の槍を手に入れたことで、勇み城を飛び出した時よりも邪竜に対抗する最低限の手札は揃えることもできた。


 後は慣れないこの足場でどう戦うか、その戦術を練ることさえ出来れば。務めて冷静な頭で飛び出したい気持ちを堪えつつ、戦いに仕えそうなモノや場所を探す。


 青銅の騎士も白銀の騎士に習い、周囲を確認し始める。


 その時、白銀の騎士は目にある存在が映ってしまった。


 邪竜の背後に隠れる様にしてある岩山が削れて出来た洞窟と呼ぶ程も無い、精々雨が凌げる程度の洞穴の内に、敷き詰められるように置かれた金銀財宝の山。竜種は烏が光り物を集めるように宝石の類を収集する癖があると聞く。なるほど確かにその通り、金に目がくらむモノで在れば誰でも一目散に飛びつく宝の山であろう。


 しかし、白銀の騎士にとってはそれ自体はどうでもよいものだった。ならば何が目に映ってしまったのか。そんなモノ考えるまでもない。


「姫ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー」


 金銀財宝の山の頂きで、ちょこんと座らされ涙で目を腫らし寂しそうに俯いていた、白銀の騎士がこの世で最も敬愛している存在がそこに居た。


 気が付けば、先程まで必至に取り繕い冷静さに務めていたこともまるで忘れ、突然の蛮行に驚きと呆れを隠せないでいた青銅の騎士の痛々しい視線なども意に介さず、叫び走り出していた。


 突然の大声に驚き、俯いていた姫が顔を上げる。それとほぼ同時に、行く手を遮る様に邪竜は地面を抉る程の威力で尾を叩きつけ道を塞ぐ。


 そして、尾はそのまま勢いを殺さずに白銀の騎士へと振り払われた。邪竜から見れば人間等取るに足らない存在でしかない。だからこそそれだけで終わると思っていたのだろう。特に反撃をされた際の対処もせずに邪竜は欠伸をしながら事が終わるのを行く末も見ずに済ます。


 しかし、敬愛する存在の涙を見てしまった白銀の騎士が、その程度の障害で止まる筈も無く恐れることもせずに槍を手に、襲い掛かる邪竜の尾へと立ち向かう。


 そして、尾が振り払われた後の場所には唯、暴風が過ぎたかの様に抉られた地面だけが残る。


「て、馬鹿が。あんなの正面から喰らったら唯じゃ済まないことぐらい分かるだろうが。

なんで避けもせずに突っ込んでんだよ。この馬鹿」


 青銅の騎士は、息を切らしながら、振り払われた尾の痕跡から少し離れた位置で白銀の騎士の首根っこを掴みながら馬鹿馬鹿と罵る。


 魔法の槍で立ち向かえばあの尾を貫くことが出来るかもしれない。だが、所詮は槍先が触れた箇所程度しか貫くことは出来ないのだ。


 今回は先のゴーレム戦の時とは違い、槍で一突き出来れば終わりなんて簡単な話じゃない。尾を一部貫けたとしても、それ以外の部分は健在なのだ。更には、攻撃されたからと直ぐに止まる程度の勢いで無かったこともあり、あのまま青銅の騎士が助けに入らず白銀の騎士の行く末を見ているだけだったなら、白銀の騎士は今頃、意図も容易く捻り潰されて姫様を助ける以前の問題になっていたことだろう。


 それを理解したからこそ急ぎ助けに入ったのだ。そしてそれを加味して言う。


「白銀の。お前が姫様をどれだけ思っているかは、此処へ来るまでの間に十分以上に理解した。だからこそ言わせて貰う。白銀の。お前は妖精でも無ければ伝説の英雄でも無い唯の人間なんだぞ。姫様を救いたいと言うので在れば、今ここで命を投げ出してなんとするか」


「――――くっ。すまない。青銅の。また助けられた」


 青銅の騎士の言葉に、白銀の騎士はぐうの音も出ないと己の未熟さを反省する。


「なに、気にするな。お前のそういう所が心配で俺もわざわざここまで付いて来たのだ。まぁ、この借りはいずれ倍にして返して貰うとしてだ」


 反省した白銀の騎士の首根っこを解放し、少し照れた様子でそう言葉を交わす青銅の騎士は、尾による攻撃を回避した事で興味を引いたのか、わざわざ立ち上がりこちらを睨み付ける邪竜へ対峙し、気持ちを切り替えてから正面を向いたまま白銀の騎士に問う。


「それで、こうなった以上作戦を立てている余裕は無いぞ。打合せは無いが行けるか」


「愚問だな。姫の前でこれ以上情けない姿を見せる訳には行かない。無理でもやるさ」


「お前、さっき俺が言ったこと。本当に理解しているのか」


「大丈夫。大丈夫だとも。なぜなら姫の騎士に成るその時まで、この命、散らす気は毛頭無いのだからな」


 白銀の騎士が返す答えに頷くと同時に青銅の騎士は、邪竜を回り込もうと左へと走りだす。それを合図にして白銀の騎士は正面へと向かい進む。


 邪竜は青銅の騎士の動きには目もくれず、まずは仕留め損ねた相手からと正面から突っ込んで来る白銀の騎士へと爪による攻撃を繰り出す。


 唯人なら、それで命を落とす鋭き爪。だが、冷静さを取り戻した白銀の騎士は槍を上手く扱いその攻撃を捌く。槍先で一つの爪の根を貫きながらギリギリの位置で攻撃を躱して再びもう一つの爪の根へと攻撃を繰り出す。


 ちょこまかとした動きに翻弄される苛立ちと失われて行く爪の痛みによる苦痛をぶつけるように、邪竜は再びもう一方の前腕を使い再度攻撃を繰り出す。すると、二つの腕は捌ききれないと判断した白銀の騎士は、あっさりと攻撃を辞めて下がった。邪竜はそれを追いかける様に前へと進むが。


「こっちを忘れて貰っては困るなあ」


 突如邪竜は後脚に痛みを感じ動きを止める。邪竜の足元、そこには先程どこぞへ走っていた青銅の騎士が居た。青銅の騎士は白銀の騎士が注意を引き付けている間、邪竜の脚を剣による攻撃で傷つけていたのだ。


 通常の剣による攻撃など魔法の槍程の威力は無く、精々がかすり傷を付けられる程度。しかし、それも数が増えれば無視できない痛みになる。そして案の定邪竜は、白銀の騎士の行方など気にも掛けず、その痛みから逃れる様に翼を広げて飛び立とうとした。


 だが、その直ぐ後に背後に痛みが走る。いつの間にか尾を伝い背へと上っていた白銀の騎士が翼の付け根に魔法の槍を突き刺したからだ。


 腕も脚も傷つき、最早動かす羽根すら落とされた。これで勝負は決したか。そう思われた。だが、いかな邪竜と言えど弱肉強食の自然の節理で生きるモノ。常に身近に死を感じ、その上で生を求めて来た生命体がこの程度の手傷で生を手放すことは無く、痛みに耐えて両の手足で立ち上がり、身体を回して白銀の騎士を背から振り落とした。


 そう簡単に倒せるとは思って居なかった。だが、戦う前の万全とした姿だった時よりも生き生きとした様子で立ち塞がる邪竜に、思わず青銅の騎士は言葉を漏らす。


「こいつ、まだ動くのか」


 その言葉が聞こえるか聞こえない程度の位置で、振り落とされた白銀の騎士が立ち直っていると、最初の攻撃よりも尚早い邪竜の尾による薙ぎ払い攻撃が目の前に迫る。


「危ない」


 青銅の騎士の言葉が聞こえたと同時に、衝撃が加わる。間一髪で槍と鎧を盾に防御姿勢に移ることは出来た。しかし、邪竜の攻撃は予想を遥かに越えてすさまじく。受け止めた盾代わりは豆腐の如く簡単に砕け散り、吹き飛ばされる。


 気が付くと、白銀の騎士は邪竜から離れた距離に居た。身体が動かない。まるで全身を上から押え付けられているかの様に重い。指の一本すら満足に動かせない状態で、何とか視線だけを邪竜の方へ向ける。


 青銅の騎士は今も尚戦っている。邪竜の攻撃を避ける一方で隙を見て攻撃し、必死で邪竜に抗い続けていた。


 一方で自分はどうだ。頭に血が上り後先考えず突っ込んだ結果、共に戦うと駆けつけてくれた友の身を危険にさらし、挙句の果てはその友を守ることも、邪竜を打ち取り姫を救い出すことも出来ずここで、こんな所で終わるのか。


 こみ上げる後悔と悔しさを払拭することも出来ず、徐々に遠のく意識。最早ここまでか。そう諦めかけていたその時だった。


「だめです。起きて。起きなさい。騎士」


 初めて聞く声。だが、その声の主だけは確かめなければ。なぜかそう重い、光が遠のく目で声のする方へと視線を向ける。


「騎士。あなたはこんな所で死ぬ為に、わざわざここまで来たと言うのですか。違うでしょう。だったら、今すぐ立ち上がり勤めを果たしなさい。だから、起きなさい。騎士」


 強気な言葉。だけど、その声は震え今にも泣き出してしまいそうな程にか細く。それでも、白銀の騎士の耳にはしっかりと聞こえて来た。


 どうしてもその言葉を聞き続けていたくて、どうしてもその声の主を確かめたくて。沈んでいた心を浮上させる。遠のく光を取り戻す。動かぬ身体にそれでも動けと命令する。


 眼前に広がるのは、山の暴風により靡く蜂蜜の色の髪。砂で汚れそれでもなお美しき極彩色の羽根。そして、たった一度遠くから見つめられた。それだけで魅入られた翡翠の瞳。


 ひめ。声は出ず。掠れた空気が漏れる音だけが口から出る。


 それが自分を呼ぶモノだと気付いたのか、目の前に映る敬愛せし姫は両の手で傷つき倒れる騎士の手を包む。


「えぇ、そうです。私です。あなたが救いに来た私です。あなたの生きる理由の私です。ずっと城内の噂で聞いていました。あなたは私の騎士になる為に頑張って来たのでしょう。だったら、ここで終わるなんて私は許しません。だから、起きなさい。騎士」


 姫が自分の為に涙を流してそう言って来る。歯牙にもかけられていない存在にしか思われて居ない。そう思っていた相手にここまで言われ、涙を流す姿に喜びを感じる。だけど、同時にそんな自分に怒りを感じる。


 姫が自分の為に涙を流している。違うだろ。自分のせいで姫に涙を流させているんだろうが。


 ふつふつと怒りが湧く。邪竜に対してじゃない自分に対しての怒り。だが、生きることを諦めようとしていた自身の心を再び奮い立たせるのには充分だった。


 身体が動かせないから戦えない? 武器が無いから戦えない? 相手が強いから戦えない? そんな情けない言い訳、姫を前にして言える訳が無い。


 よろよろと全身から血を流しながら立ち上がる。銀の鎧は跡形も無く砕けており、身を守るモノは無く成った。攻撃を受けた際に槍も折れ先端の刃は何処かに消え、まともに使える武器は無い。それでも、友が今尚戦い、敬愛する姫が涙を流した。立ち向かう理由はそれで充分だった。


 鞘に収めてあった剣を抜く。鞘の先は折れてしまっていたが、既にそこまで抑える刃は無く、故に難なく引き抜ける。剣先は果物ナイフと変わらない折れた刃。竜と対峙するとも成れば心許ないことこの上ない。


 だが、最早それを理由に止まることなど無い。折れた剣を振りかざし鎧無き白銀の騎士は邪竜に向かい走る。


 邪竜の相手をしていた青銅の騎士がこちらを確認すると、まるで示し合わせいたかの様に、邪竜の注意を引き付ける。それに伴い邪竜は白銀の騎士へ背を向けた。相手は瀕死、警戒する理由も無いと言った所だろう。


 最初からそうであった様に邪竜は今尚慢心を続ける。だが、それは今回に到っては致命的なミスであった事を邪竜は知ることとなる。


 背を向いた邪竜の尾へ脚を掛け白銀の騎士はそのままの勢いで駆け上がる。


 尾から背へ、背から頭へと進み、邪竜の眼上へと立つ白銀の騎士は、手にした折れた剣をそのまま邪竜の瞳へと躊躇いなく突き刺した。


 その痛みはさしもの邪竜も耐えきれず、青銅の騎士にも構わず必死に白銀の騎士を振り落とそうとする。だが、白銀の騎士は邪竜の頭にしがみつき尚も強く力を入れて刃を深く刺して。刺し。刺し続けた。


 邪竜は振り落とすのを辞め、白銀の騎士を叩き潰すことを決める。そして、自らの手で頭上に居る白銀の騎士へと攻撃を仕掛けるが。


「邪魔をさせるか」


 青銅の騎士が別の部位を切り裂き邪竜の注意を分散させる。


 意地でも攻撃を辞めない二人の騎士は、邪竜が動きを辞めるまでそれを繰り返す。


「はぁ、はぁ、はぁ。やったのか」


 息を切らせて、強烈な痛みによるショックで倒れた邪竜を前に青銅の騎士ぽつりと呟く。


「は、ははは。ホントに二人だけで倒せるなんてな」


 青銅の騎士は武器を手放して、地面に座り込む。ずっと剣を握っていた手はボロボロになり、何度か攻撃を掠めただけで鎧も原型を留めてはいない程に傷ついていた。


 生きていることが奇跡だと。そう思って天を見上げる。生死を掛けた戦いをしていたなんて嘘だったかの様に空は澄みきっている。


「あ、そうだ。白銀の大丈夫か」


 感傷に浸っていた青銅の騎士は、白銀の騎士の状態を思い出し無事を尋ねようとした。


 すると、突然倒れていた邪竜が起き上がる。


「な、まだ動けるのかよ」


 青銅の騎士は慌てて剣を取ろうとする。だが、一度気を抜いたことで痛みを感じる様になり、思わず掴んだ剣を落としてしまう。


 あっ。これ、ダメなやつだ。もう自分の身体はまともに戦えない。そう思うと同時に動く気力も無くなった。青銅の騎士は目を瞑り、せめて痛みは一瞬であります様にと切に願い。最後の瞬間を待つ。


「………………あれ?」


 しかし、その時は一向に訪れることはなく、青銅の騎士は疑問に思いながら目を開ける。


 すると目の前には、血塗れの姿の白銀の騎士が、落とした自分の剣を握って立っていた。


 その後ろには、開かれた口から大量の血を流す邪竜の姿があった。


「悪いな、刃が届かなかったから、借りた。それと、後頼む」


 白銀の騎士はそう言って手にした剣を返し、青銅の騎士へともたれ掛かる。


「お、おい大丈夫か。……良かった息はまだあるな。まったく心配掛けさせるなよな」


 白銀の騎士の無事を確かめ横に寝かせた青銅の騎士は、倒れ伏す邪竜を前に、後を頼むって俺にこれをどうしろって言うんだよ。とぼやきながら頭をかくのだった。

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