第二幕
森での一件が終わった後、白銀の騎士は同行することと成った青銅の騎士と共に、邪竜の巣と思わしき山へと向かって歩みを進めていた。
そして森を抜けて暫くした場所にある岩山に囲まれた峡谷へと脚を踏み入れたのです。
ゴツゴツとした岩肌の道ですが、ここは行商の通所でもあり馬車の轍によってそれなりに整備されたかのような歩きやすい道を進む道中のこと。
「なぁ、白銀の。そろそろ休憩にしないか。流石にこうも歩き詰めでは、邪竜の元へ辿り着くよりも先に脚が限界に達してしまう」
歩きやすい道と言えど、自然がおりなす岩肌の道。遠征に出るのを面倒がり城下の舗装された道ばかりを歩いていた青銅の騎士にとっては、歩きなれないらしく弱音を吐いていた。
しかし、一刻も早く愛しき姫を邪竜の魔の手から救い出したい白銀の騎士は、青銅の騎士を気遣うことはせず。
「休みたければ休んで居るといい。その間もこちらは先へ進むだけだ」とぶっきらぼうに言い返す。
そんな白銀の騎士の言葉に青銅の騎士は、一瞬引きつった様な顔で「えーーーー」っと文句を含ませた声を発するが、結局脚を止めることはせずに白銀の騎士の背を追いかけていた。
その時だった、続く道の脇にあった大きな岩の塊がまるで意志をもつかの如く動きだす。
白銀の騎士は丁度そのすぐそばを進んでいた。そして、異変に気付くよりも早くに強い衝撃が頭に加わる。
朦朧とする意識、衝撃による痛み、そして身体を振り回されたかのような気持ちの悪い吐き気が同時に白銀の騎士を襲う。ふらつく脚で何とか地面を踏みしめ立ち直す。
銀の兜ごしの視界に映ったのは青銅の騎士の後ろ姿と、それに対峙している岩の塊だった。
耳鳴りが鳴り響くなか、状況が理解出来ずに白銀の騎士は混乱する。
「おい、おい!! 大丈夫か。白銀の。意識があるなら構えろ次が来るぞ」
青銅の騎士の叫び声、状況は未だ把握できておらずとも、白銀の騎士はその声に反応して即座に武器を構え、相手を見据えた。それとほぼ同時に岩の塊が頭上に出現し、白銀の騎士へと襲い掛かる。
「――――ッつ」
青銅の騎士の言葉で事前に構えを取っていた為、直ぐに回避姿勢をとることが出来た。だが、未だに最初の衝撃が収まってはおらず。白銀の騎士は額を抱える。
しかし攻撃を仕掛けて来る相手は、白銀の騎士の状態を気に掛けてはくれない。二度目、三度目の岩の塊による攻撃が連続で襲い掛かる。
一つは青銅の騎士の援護により防がれたが、続くもう一つはよけられない位置にあり、白銀の騎士自身が攻撃を防ぐ為には手にした剣で応戦する他に手は考え付かなかった。
まるで意志を持った生物による攻撃にも似た勢いの付いた岩の塊へ、白銀の騎士は手にした剣を使って全力で打ち合う。
パリン。何とか岩の塊による攻撃の軌道を逸らしたと同時に白銀の騎士が耳にしたのは、そんな音だった。
まるでガラスが砕け散るかの様に剣の刃が折れ、果物ナイフと変わらぬ程度の刃渡りとなってしまっていたのを白銀の騎士は、己の手元を見て知る。
「このままじゃ負ける。一旦引くぞ」
近くに居たことで音を聞いていたのか、青銅の騎士は白銀の騎士が次の行動を移すよりも早くにその襟首を掴み強引に引っ張り、言葉を口にしながら来た道へと走り出した。
少し離れた位置まで辿り着くと、岩の塊による追撃は無くなった。そして、その襲い掛かって来た岩の塊も、動き出す直前と同じ形へと戻る。
青銅の騎士がその様子を見ながらいったいどうしたモノかと、思案する。そんな傍で、白銀の騎士はただ己の手にある折れた剣を見続けるだけしか出来ないでいた。
「どうする。白銀の。獣の類であれば、もう一度再戦して道を切り開くことも考えるが、相手は見ての通りの岩の塊、なまじ刃が通じぬぶん。無理に押し通るのは難しいと思うが、ヤツがあそこから動かぬのであれば別の道を探して…………。おい、聞いているのか白銀の。って何を頬けているんだ」
青銅の騎士が先の事に付いて考えを述べている間も、白銀の騎士は唯々折れた剣を見つめているだけだった。
最初は、先程喰らった頭への衝撃が抜けきって居ないからかと思ったが、どうやらそうでない事に青銅の騎士は気が付く。
「どうしたと言うのだ白銀の。お前らしくも無い。先程までの姫様を助ける気概はどこに行ったと言うのだ」
「……………………あの」
「この剣は、姫から賜ったモノなのだ。それをこうもあっさりと」
白銀の騎士は両手で大事そうに折れた剣を抱え膝を付く。その剣は愛しき姫からの唯一の贈り物。しかし、それは騎士に成りそれなりに長き時仕えて居たモノ全てに贈られるという恒例行事による記念品程度の代物でしかない。だからこそ、その事実を聞いて青銅の騎士は思わず驚きの声を漏らす。
「お前、アレをわざわざ使い続けていたというのか。まさか、これほどにまで呆れる程の姫様馬鹿だったとは」
なぜ驚きを隠せないのか、それは、まさしく記念の為だけに造られた装飾だけは凝った実用を全く考えられていない刃の無い剣を、白銀の騎士は、わざわざ実用的に扱えるように刃を砥いででも愛用し続けていたという事実に対してだった。
「……………あのぉ」
そもそも、記念品程度でしかないその剣は、姫様から直接渡された訳でもは無い。ただ、姫様から贈られたと一言添えられて渡されるだけで、作成から譲渡されるまでの過程に一切姫様が関わっていないことは、騎士に成ったモノのみならず皆が知る事実。
だというのに、それを大事に大事に愛用していた白銀の騎士の並々ならない姫様への想いに少しばかり引き気味になりつつも青銅の騎士は、気持ちを切り替えて白銀の騎士に接する。
「確かに、お前がショックを受けるのも理解は出来る。だが、こんな所で立ち止まって居ては、その姫様を救う事も出来ぬであろうが。目的を見誤るでない」
青銅の騎士が放つその言葉を耳にして、白銀の騎士は落ち込んでいた気を僅かに取り戻す。
「そう…………だな。今は剣の事で落ち込んでいる暇は無いな。――今はとにかく、姫を救い出す事を考えなくては。すまない。助かった青銅の。もう大丈夫だ」
折れた状態のまま剣を鞘へと戻し、白銀の騎士は下を向いていた顔を前へと向けて現状の打開策を思案する。
「……あのぉぉ」
「しかし困ったモノだ。あそこは、邪竜の巣へと繋がる道への近道へ通じるところだ。あそこを避けると成ると、来た道を戻りかなりの距離を歩くことに成る。そうなれば遅れて来るであろう討伐隊と対して変わらぬ程の時間がかかってしまう。かと言って、あの岩の塊を通り抜けるとなると…………」
白銀の騎士は、言葉にして状況を整理しながら鞘に収めた剣へと視線を向ける。
「そもそも、相手は岩の塊。剣が折れて居なかったとしても応戦は難しいだろうな。それに、強引に通り抜けることを考えたとしても、先程のあの動きの速さが問題だ。最初の一撃は奇襲による所が大きかったが、二撃目以降の攻撃も何とか捌くだけで手いいっぱいだった。唯一の救いは離れて以降あそこから動いていないことだが、今後動かない保障も無い。上手く攻撃を避けて先に進んだとて追いかけられれば邪竜の巣へ行く以前の問題だ。さて、どうしたものか。せめて他の攻撃手段があれば」
「あの!!」
「えぇい。さっきからうるさいな。考え事の最中だぞ。邪魔をするんじゃ…………って誰だお前」
青銅の騎士が不思議そうに首を傾ける。その先にはいつから居たのか荷馬車を引いている背丈の低い行商人の姿があった。
「あぁ、やっとこっちに気付いてくれた。すみません騎士様方。私は行商を行って居ます鍍金と申します。この山を越えた村へと商品をおろしに向かう途中だったのですが、なにかあったのでしょうか?」
質問と同時に小首を傾げる小さな行商人へ、青銅の騎士が事情を話す。
「動く岩の塊…………それは恐らくゴーレムとよばれるモノですね」
「何か知っているのか?」
青銅の騎士が聞き返すと鍍金を名乗る行商人は頷き、知っている事を話してくれた。
…………
「準備は良いか。白銀の」
青銅の騎士の問いかけに白銀の騎士は大丈夫だと答え、武器を構える。
「それじゃあ、作戦開始だ。行くぞ」
その言葉と同時に青銅の騎士と白銀の騎士は同時に走り出す。二人の距離が先程の動く岩の塊が居た場所へと近づくと、案の定それは再び動き始めた。
「来ると分かっていれば」
岩の塊による攻撃を青銅の騎士が意図も容易く躱す。
『いいですか。ゴーレムには核と呼ばれる器官があります。それは、岩の身体を動かすのに必要なモノで、人間で言うところの心臓に似たようなモノです。これを壊せばゴーレムは二度と動くことは無くなるでしょう。そして核の場所は大抵……』
「稼働箇所の中心部分。あった。見つけたぞ白銀の」
先行していた青銅の騎士が岩の塊による攻撃を回避しながら、蠢く岩と岩の隙間から覗く核の位置を特定し、商人から購入した塗料を目印とばかりに岩の身体へと付着させる。
『ゴーレムの核を壊すだけなら直接鈍器か何かで叩き壊すだけで良いです。でも、岩の身体がそれを邪魔しますよね。そんな時にお役にたつ商品を実は偶然にも扱っておりまして。あぁ、勿論お安くしておきますよ』
白銀の騎士も岩の塊の傍へと辿り着き、青銅の騎士が付けた目印目掛けて、手にした槍を打ち付ける。槍先は岩を貫き、さらにはその奥にある核へと届いた。
通常ならどれだけ力を入れても岩を貫くなんてこと、白銀の騎士の膂力だけでは叶うことは無かったことだろう。しかし、商人から購入した槍がそれを可能にする。
やや値は張ったが、それに見合うだけの性能をした槍によって行く手を塞ぐゴーレムを打ち破ることに成功したのだった。
白銀の騎士は、ゴロゴロと制御を失って崩れる岩の塊の滝を回避して、槍の性能に驚いていた。行商人の触れ込みであれば、鎧でも岩でも貫くことの出来る魔法の槍ということだったが、その触れ込みが過大評価で無いことは今自身が証明したのだからだ。
剣が折れてしまったことは今でも悔やむ他無いことだが、その結果手に入れたこの槍があれば愛しき姫を救う為、邪竜を打ち破るのも夢物語では無くなるのでは。そう思い姫を救うことを改めて胸の内で決意を固め直すのであった。
そして、ゴーレムを討ったことで道を通れる様に成り、先を急ぐと言う行商人に別れを告げて、白銀の騎士と青銅の騎士は邪竜の巣へと向かうのだった。
「ところで、白銀の。その折れた剣はさっきの商人に売っても良かったんじゃないか? 折れては居ても王族が造ったモノだから、その槍に使った分の足しに」
「は。そんなことする訳ないだろ」
「あ、そ、そうだよな。ははは」
青銅の騎士は、白銀の騎士の答えに少し引きつった苦笑いを浮かべながら、先に進むのだった。