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《am 2:50》(2)

「もう出てきても、大丈夫だよ」


 もぞりとベッドのシーツが動き、それまで中に隠れていたアレンは辺りを確認し、ゆっくりと這い出る。

 一方のジンは、フードを深く被って、床の上のぬいぐるみ達に混ざって徹底して巨大なトナカイのぬいぐるみに扮していた。


『子供ニ姿ヲ見ラレマシタ。サンタポイントヲ下ゲサセテイタダキキマス』

『トナカイガ子供部屋ニ侵入シマシタ。ポイントヲ下ゲサセテイタダキマス』


 やや遅れて、アレンとジンの腕輪から警報音が鳴り響き、電子アナウンスが流れてくる。空間に画像が浮かび上がり、『8+』という数字が出てきた。


「おまえのせいで、二ポイントも下がっちまったじゃねえかよ! どうしてくれるんだ!?」

「俺だけのせいかよ!? 仕方ねえだろ、何か起きたか心配で反射的に降りて来ちまったんだからよ」

「あたしが機転を効かせて煙突消さなかったら、もっと面倒なことになってたんだぞ! 責任とって、ポイント返せ!!」

「無茶言うんじゃねえよ! 元はといえば、お前が俺の忠告を――」

「……ねえ、本当にサンタさんなの?」


 立て続けに減少していくポイントにも気づかずに、小声で言い争う両者。

 そんなやり取りを繰り返す二人組を前に、先程の少女は顔を背けることも幻滅することもなく、まじまじと見つめながら呟くように尋ねる。


「え?! あ、ま、まぁ〜……。そうだよー、サンタさんとトナカイさんだよー。は、ははは……」


 完全に棒読み状態になりながらも、何とかその場を取り繕うとしたジンはぎこちない笑顔で返答する。


「……そう」


 しかし、少女はジンの言葉に別段驚く素振りも見せずに、まるで最初から関心がなかったかのように再び机に向き合ってしまった。


「……おい、ジン。このガ――子供、全然あたしらを相手にしてねえぞ。来る家、間違えたんじゃねえのか?」

『子供ニ対スル暴言ハヤメマショウ。サンタポイントヲ下ゲサセテイタダキマス』

「またポイント下がっちまっているぞ。いや、来る時もそうだが、俺はしっかり確認したぞ。画像でも、この子に間違いはなさそうだし」


 と、彼はアレンに登録された子供の画像を見せつける。そこには〈コトミ・ハヤカワ〉という名前と、今自分達に横顔を向けている少女と同じ顔の写真が載っていた。


「幸い、ポイントはまだプラスを維持しているし、プレゼントを配って早々に撤退するか。なあ、アレ――」

「おい、コトミ!」


 自身の隣にいたはずのアレンにジンは声を掛ける。だが、彼が振り向いた時には既に彼女は少女の元に歩み寄り、気に食わぬとばかりに片手を勉強机の上について、呼び捨てで少女の名前を叫んでいた。

 頭痛に苛まれる人のように、右手で額を押さえ、俯くジン。


「サンタはおまえらの夢なんだろ? 何でまだ寝てなかったんだよ。せっかくプレゼントを持ってきてやったんだ。起きてるなら、少しは喜びやがれ!」

「まあまあ、落ち着けって、アレン。コトミちゃん……で合っているよな? こんな遅くまで、何をしていたのかな? それに、俺達を見ても驚かなかったみたいだけど……ひょっとして、あまり嬉しくなかった?」


 突然煙突から現れた自分達を目の当たりにし、偽物だと疑ってはいないはず。ましてや大声を上げなかったことから不審者だとも思われていないはずだ。母親が来た際も、突き出すどころか庇ってくれたこの少女のことが少しだけ気になり始めてきたジンは、後戻りが出来ないついでに色々と話をしてみることにした。


「別に、嬉しくないわけじゃないけど……」

「今描いているのは、絵? コトミちゃんは絵を描くのが好きな子なのかな――」

「見ないでっ!!」


 突如、悲鳴にも似た叫び声で、バッとスケッチブックを閉じる少女。

 突然見せた感情的な反応に、一瞬、ジンは目を丸くしたが、すぐさま慌てた様子で謝罪する。


「あ……、ごめん。いきなり知らない人に見られるのは、嫌だったよな……?」

「……変じゃなかった?」

「え?」

「私の絵、変じゃなかった……?」


 閉じた状態のまま、少女は俯きがちに彼に尋ねる。


「……? まあ、少ししか見えなかったからよく分からなかったけど、多分変じゃないとは俺は思ったぞ?」

「……」


 奇妙な沈黙が三人の間を漂う。よく見ると、少女の手が小刻みに震えていて、その振動で電気スタンドの明かりがゆらゆらと揺れていた。


「……笑わないなら、見てもいいよ」


 暫しの沈黙の後、振り絞るような声で、ようやく少女は話し掛けた。

 その言葉の奥に、ある種の期待と恐れが入り混じっていることを察したジンは、戸惑いつつも彼女が描いている絵を覗いてみることにした。


「見て、いいのか? それじゃあ――」


 そう言って、彼はスケッチブックの表紙を開いて、背後から顔を出しているアレンと一緒に中身を見る。

 それは、くすんだ色の妖精が自分の色を貰いに森の魔法使いに会いにいくといった内容のあらすじとイラストが描かれた絵本の下書きだった。


「へぇ〜、上手じゃねえか。これなら、隠さなくても別に問題はねえと思うけどなぁ」

「本当……?」

「コトミちゃんは、誰かに見せたりすることはあるのかな? 例えば、家族とか友達とか」


 ジンの言葉を聞いた途端、不自然に少女は黙り込んでしまった。 


『子供ヲ傷ツケル発言ハ控エマショウ。サンタポイントヲ下ゲサセテイタダキマス』

「え、はあっ?! 今の会話の何処に――って、あ……」


 不意に鳴り響いた警報音。最初こそ理由が分からなかったが、今まで少女が見せてきた数々の反応に、ある結論に行き着いた彼は自身の軽率な発言を後悔した。

 この子は恥ずかしいから見せなかったんじゃない、周囲に否定されてきたから見せなかったんだ、と――。


 重苦しい空気の中、どう言葉を投げ掛ければいいのか戸惑っているジンに、少女は僅かに笑いながら話を切り出した。


「……この子はね、私自身なの。親から勝手に期待されて、勉強させられて色を失って。さっきだってそう。私が絵を描いているなんて知ったら、きっとお母さんは失望する。『今は学力がなくちゃ生きていけない社会』、それが口癖だからね」


 一度だけドアの向こう側に視線を送ってから、少女は再び絵の中の妖精を見つめ、自身の胸に手を当てる。


「色はね、私にとって『心』そのものなの。本当は色を持ちたい。でも、色がないから周囲に馬鹿にされる。……人間って、面白いよね。何処にいても、自分とは違う存在はすぐに仲間外れにするんだから。だから、この子は会いに行くの。色をくれるという、素敵な魔法使いの元へ……」

「――で? それで終わりか?」


 完全に憧れの世界に浸っている少女の耳に、現実に引き戻すかのようなアレンの声が飛び込んできた。


「『終わり』って、何が?」

「だから、色を貰ったら、それで満足かって訊いてるんだよ」

「おい、アレン――」


 何か相手を傷つけるような発言をするに違いない、そう判断したジンが彼女を制そうと肩を掴んだが、アレンはそれを振り払って少女の意見を待ち続ける。


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