《am2:50》(1)
《am2:50》
*現在のサンタポイント:『10+』
「残すはあと一軒だな。時間がねえからもっとスピードを上げろ、ジン」
「了解しだぜ。因みに質問なんだが、俺達、確か五十人くらいは届けに行っていたよな。プラスの数値がたったの『10』って、お前、一体何をやらかしてくれたんだ?」
これで何十回目かになる深夜の空の移動を行いながら、それまで待っているだけの状態だったジンは、アレンがとった行動内容が一切不明だったため状況説明を求める。
「暗がりの中で、サンタ宛ての手紙に気づかねぇで次行こうとしたり、出しっぱなしのおもちゃを踏みつけちまったり、一部屋に八人兄弟寝てやがる家もあったりで、散々な目に遭ってたんだよ。特に最後に挙げたところなんかは、ご丁寧に全員がそれぞれのクッキーとミルクを用意してやがった。完食するの、マジで大変だったんだぞ、こら」
「そいつはまぁ〜……災難だったな。さっきの発言は撤回する、悪かった。しかし、マイナスじゃなかっただけでも随分と頑張ったんだな。お前にしては、よくやったよ。ご苦労だったな、アレン」
「はっ」
ジンの謝罪と労いの言葉に、あしらうような態度で鼻で笑うアレン。
「さて、この辺りにお目当ての家があるようなんだが……あそこだな」
過疎集落とまではいかないものの、木々や田畑ばかりが目につく、明かりの少ない辺鄙な地域。道の端に人家と思しき建物がまばらに立ち並ぶ程度のその場所に、腕輪の地図が示す最後の一軒があった。
近隣のものと比較してやや真新しい印象のある、オレンジ色をした小さな豪邸。
ジンは平屋根の上に降り立ち、膨らみのなくなった大袋を担ぎながらこれまでと同様に手慣れた動作で煙突を作るアレンを呼び止め、釘をさす。
「これで終わりだからと言って、油断だけはするなよ。くれぐれも慎重に――」
「はいはい、分かってるって。問題なくやってやるから、景色でも見て待ってろ」
ジンの忠告を遮り、一度も顔を向けることなく、彼女は軽く手を振って煙突に飛び込む。
彼は何かを言おうとしたが、途中で諦め、無言で深いため息をつくことしか出来なかった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「……はぁ、ようやくこれで終わらせることが出来る。んじゃ、さっさと済ませて――あ?」
トンネルを滑り抜け、暖炉から出て来たアレンは、疲れをほぐすように背伸びをしながら数歩ほど子供部屋に足を踏み入れる。
そして視線を天井から正面へと戻し、仕事に取り掛かろうとしたその時、彼女はある一点を見つめて固まった。
大小様々なぬいぐるみに囲まれた、整理の行き届いた小綺麗な部屋。窓際には一台のベッドが――しかし、肝心な子供の姿はそこにはない。薄暗い寝室の端に置かれた勉強机の上には、明かりの灯った電気スタンド。その机の前に、一人の女の子が体をこちらに向けながら、固まったままのアレンをじっと見つめていた。
「え、は、……はあぁぁぁぁぁぁっ?!!」
完全に自分と目が合っている。
そう認識せざるを得なかったアレンは、予想外の事態に思わず大声を上げてしまった。
「どうした?! 何かあったか?! ……って、うわあっ!?」
恐らく、煙突を通じて外にまで響いてしまったのだろう。彼女の声を聞きつけ、咄嗟に滑り降りて来たジンは、ばっちりと対面している二人の少女の姿を目撃し、後退した。
刹那、彼は偶然足元にあった巨大なぬいぐるみの脚につまずき、バランスを崩して盛大に転んでしまった。
「――何、今の叫び声と物音はっ?!」
程なくして、部屋の外側から勢いよくドアが開かれ、少女の母親と思われる女性が現れた。
「……何でもないよ、お母さん。ちょっと棚の本を落としちゃって、驚いただけ」
「……そう。もう遅いんだから、勉強もほどほどにするのよ?」
「うん、分かってるよ。この問題が解けたら寝るから。お休みなさい、お母さん」
「お休みなさい」
そう言って、女性は寝室に入ることなく、そっとドアを閉めて立ち去った。
やがて、階下へ足音が遠ざかっていくのを確認してから、少女は静かに声を掛ける。