《am0:00》
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*現在のサンタポイント:『2+』
森に囲まれた園内を抜け出してから早数分。
それまで遠くの方で見えていた無数の小さな明かりにいよいよ近づいてきたジンは、腕輪に搭載されていた情報――プレゼントを配る家の場所を確認しながら、真夜中の空を駆け続けていた。
「――で、手引書には何て書いてあったんだ?」
ジンが引くソリの上で、無言で手引書を読んでいたアレンは、ジンの言葉にうんざりしきった様子で返答した。
「腕輪の機能の説明と、サンタの心得だとよ。その一、『サンタクロースは子供達の夢を壊さないように、言動には十分気をつけること』。その二、『サンタクロースは必ず煙突から部屋に入り、子供達の枕元にプレゼントを置いて立ち去ること』。その三、『寝ている子供達を絶対に起こしてはならない。自分の姿を見られてもいけない』。その四、『子供部屋にクッキーとミルクが置いてあった場合、その場で全て完食しなければならない』」
「最後の一つだけ、変なの混じってねえか?」
「知るか、そんなもん。『プレゼントは一人ひとり外装が異なるから、間違えないように気をつけてね♪』とかムカつく字体の手紙も入ってやがる」
「エリュエルだな、それ。最初の家は一気に二十人くらいに配るらしぞ。全員姓が異なるみたいだが、……どういうことだ?」
画像を切り替え、今度は配り先の子供達の名前と顔、そしてプレゼントの外装が載っているリストを広げてジンは首を傾げる。
「さあな、行ってみれば分かるだろ。……にしても、何だこの世界。でかい建物ばかり目立ってやがる。神殿か何かか?」
眼前に広がるビル群を見つめながら、アレンは辺り一帯を見渡す。
どうやらこの世界の居住区と思われる場所に着いたらしく、建物も街並みも煌々と輝き、河川を繋ぐ橋の上では動く箱のようなものが連なっていた。
「おっと、もう着いたようだぜ」
マンションの屋上に到着し、軽い音を立てて床に片足をつくジン。彼に合わせて、ソリもゆっくりと降下する。
完全に降り立ってからアレンも手すり越しに飛び降り、床の上に大袋を置いて、向かい合う形でジンと話し合う。
「ここが最初の家か……。一体、何人住んでいるんだ? そもそも、煙突なんて何処にも見当たらねえし、どうやって中に侵入すればいいんだ?」
「屋根の上に手を当てて、登録されたガキのナンバーを言えばいいんだとよ――あ?」
『「ガキ」デハアリマセン、「子供」ト呼ビマショウ。サンタポイントヲ下ゲサセテイタダキマス』
その時だ。アレンの腕輪から警報音にも似た音が鳴り始め、電子アナウンスが流れてきた。すると空間に例のポイント画像が浮かび上がり、ピコンッという音と共に数値が「1+」へと下がってしまった。
「マジか!? 今の発言だけで下がっちまったというのかよ?!」
「面倒なシステムだな、おい! 分かったよ! 『子供』って呼べばいいんだろ?! くそっ、秒で終わらせて来てやる! ……登録ナンバー〇〇一!!」
右手をつき、一人目の登録ナンバーを叫ぶアレン。
直後、手のひらから光のリングが放たれ、見る見るうちに外径を広げていった。やがてボンッと間抜けな音を立てて白煙が立ち込めると、彼女の視線の先にレンガ造りの立派な煙突が出現していた。
「……便利なんだか、何なんだか。これを使って中に入ればいいんだよな? じゃあ、早速子供部屋に――」
「サンタの心得その五、『トナカイは屋根の上で待機させておくこと』だとよ。ジンはそこで待ってろ。あたしはガ――子供達にプレゼントを配りに行って来るからよ!」
そう言い終えるや否や、アレンは大袋を担いで、煙突の中へと飛び込んでいった。ジンは制する間もなく、急いで駆け寄って彼女が消えていった先の見えない闇の中を覗き込む。
「あ、おい! 気をつけろよーっ!! ……って言っても、もう聞こえねえか。……はぁ〜。一人で行かせて、本当に大丈夫だったかなぁ」
心配と不安が入り混じった複雑な心境で、ジンはフード越しに頭を掻き始める。そしてその場に座り込むと、煙突を背もたれにして、大人しくアレンの帰りを待つことにした。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
緩やかな曲線を描いたトンネルを滑りながら、アレンは目を凝らして真っ暗闇の中を観察する。
どうやら壁や床をすり抜けているらしく、このまま子供部屋に直通しているのだと容易に推測がついた。
程なくしてようやく目的地に着いたのか、暖炉を模した出入り口から出てきた彼女は、薄暗い室内を見渡して子供の姿を確認しだす。
壁に貼られた大きなポスターに、綺麗に箱の中にしまわれた沢山のおもちゃ。そして部屋の隅には一台のベッドが置かれており、そこに一人の男の子が寝息を立ててぐっすりと眠っていた。
「当たりだな。こいつのプレゼントは、……星が描かれた青い箱か?」
登録された情報を元に、アレンは大袋を開いて中身を漁り始める。すると、画像の写真と一致する、星が描かれた青いプレゼントボックスを発見し、にっと口角を上げて取り出した。
「これを枕元に置いて……と。楽勝だな。さて、お次は――」
寝ている子供の傍に無事にプレゼントを置き終えてから、アレンは次の部屋へと向かうべく、再び煙突を作り上げて中へと飛び込んだ。
――こうして、彼女のサンタクロースとしての初仕事は問題なく行われたのであった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇