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《pm11:30》(2)

「そうでした、話がそれてしまいました! ここは【日本】――あなた方がいた世界とは異なる、いわゆる『異世界』と呼ばれる場所の国名ですね。首都は東京。東アジアに位置する民主国家の島国。因みに、ゼルトという町は、この世界には存在しておりせん!」


 胸を張って、自信満々に答えるエリュエル。それに対し、ジンは「ニホン……? 『存在しない』って、嘘だろ……」と引き攣った顔で半笑いする。


「ガキ。それが本当の話なら、今すぐ戻せ、さっさと帰せ。あたしらには『目的』があるんだよ。仮装パーティーがやりてえなら、そのクソ上司とやらと一緒に年明けまでずっとやってろ。こんなふざけた格好、いつまでも着てられるか!」


 そう言って、頭部に被っていた赤い帽子をアレンは脱ぎ捨てようとする。しかし、いくら彼女が引き剥がそうとも、まるで初めから自身の体の一部のように、一ミリたりとも動かすことは出来なかった。


「『クソ上司』だなんてボク、一言も言っていませんからね!? それに、脱ぎ捨てようとしても無理ですよ。その服装は一度身につけると、『役目』が終わるまで脱げない仕様になっています♪」

「――は、」


 愛らしいポーズで人差し指を立てるエリュエルに、アレンは脳内で何かが切れる音を感じ取った。狂気じみた冷たい笑みを浮かべながら、今度こそ相手の頭に手をかける。


「うわーっ!? やめてください、やめてください! 暴力、反対ですーっ!!」

「落ち着け、アレン! エリュエルだったよな?! 何か理由があるから、俺達を呼んだんだろ?! この際、用件を聞いてやるから手短に説明を頼む!」


 やっとの思いで双方を引き離し、獣じみた唸り声を上げるアレンを懸命に宥めるジン。そんな二人と距離を取りながら、涙目でエリュエルは本題に入る。


「ボ、ボクがあなた方をお呼びしたのはですね、サンタクロースとして子供達の元にプレゼントを届けて欲しいからなんです。今夜はクリスマスイブでしょう? そちらの世界のことは分かりませんが、一年に一度、特定の誰かに贈り物を贈るといった文化はありますよね?」

「……まあ、クリスマスとサンタなら、俺達の世界にもあったな。伝承程度の概念だけどよ」

「それなら話が早い! アレンさんとジンさんで合っていますよね? その役割を一日限りでいいですので、あなた方にやって頂きたいのです!」


 手を叩き、明るい表情を見せてエリュエルは頼み込む。


「やれるかどうかは分からねえけどよ。確か、サンタって白髭の太った爺さんだったよな? 何でこいつを選んだんだ? 明らかにキャスティングミスだろ。それに、呼び出すなら同じ世界の人間の方が状況説明しやすいだろうし、俺達じゃなくてもよかったんじゃねえのか?」


 ジンは指差して物申す。アレンは性別も年齢も異なるただの異世界の少女、ついでに何故自分はトナカイ衣装なのだと。


「そこは〜……。ボクの座標ミスでございまして、本当はフィンランドに暮らしているおじいさんを連れてくるはずだったのですよね。実はボク、今年初めて聖夜を担当することになった新米天使でして……。手違いで異世界と繋がってしまったと言いますか、途中で中断することが出来ないので成り行き任せで続行したと言いますか……。ジンさんに関しましては、借り出せるトナカイの数が不足しておりまして、代わりにトナカイ役を、と」

「俺の扱い、仕方なくそうなっちまったって感じか?!」

「ででですが、子供達に夢を与えられるのですよ!? 天使から正式にオファーが来るなんてこと、滅多にないのですよ!? お願いしますよぉ〜。ボクの昇進……じゃなかった、天使としての面目が立たなくなるんですよぉ。天使助けだと思って、協力してください〜!」


 バタバタと翼をばたつかせて、必死に懇願するエリュエル。


「おい、ジン。今こいつ『昇進』って言い掛けやがったぞ。絞めとくか?」

「苛立つのも分かるが、落ち着けって。こいつを倒したところで元の世界に戻れる保証があるってわけでもねえし。確認のため訊くけどよ、その一日サンタとやらを終えられれば、俺達は帰ることが出来るんだよな?」

「はい! 手引き書によれば、召喚目的を達成した時点で、あなた方の『役目』が完了――つまり、元いた場所へと帰ることが可能になります! そして同時に、今着ている衣装からも解放されるそうです!」

「……だそうだ。どうするよ、アレン。と言っても、どちらにしてもこのままじゃあ何も変わらねえから、引き受けるしかなさそうだけどよ」


 と、ジンは腕を組みながら、首だけ動かしてアレンの意見を伺う。選べる選択肢がないにも等しいこの状況に、彼女は釈然としないと言わんばかりに露骨に嫌そうな表情をする。


「完全に脅迫じゃねえか、それ。……ったく、しょうがねえな。おい、ガキ天使!」

「はい!」

「あたしらはこんなところで油を売ってる暇はねえんだ。やらせるなら即行で終わらせて来てやるから、とっととプレゼントを用意しろ!」

「……! はいっ! ありがとうございますっ!!」


 ぱぁっと顔を輝かせながら、大喜びで二人の周囲を飛び回るエリュエル。何度もラッパを吹き鳴らし、感謝の意を露わにする。


「嬉しいのは分かったから。それで、プレゼントとソリはどうするんだ? まさか、調達も俺達に任せるつもりなのか?」

「その必要はございません! 行きますよ〜っ!」


 今一度、エリュエルは夜空に向かって盛大にラッパを吹き鳴らす。けたたましい音が園内中に響き渡り、こだまとなって反響する。すると――。

 先程アレンが見たものよりも大きな扉が頭上に現れ、中からプレゼントが詰まっていると思われる白い大袋と、一人用の黄色い木製のソリが降って来た。


「その相手の返事を待たずに騒音を出すのはやめろ! 頭が痛くなるだろうが、こら」

「つか、どう見てもこのソリ、一人しか乗れなさそうなんだが。これってもしかして、俺が引く感じ?」

「勿論です! そのためのトナカイさんなのですから! ですが、ご安心ください! このソリには飛行機能が搭載されているのと、サンタさんとトナカイさん以外の人間には見えない仕様になっております! これでいつでもどこまでも、自由に夜空を走り抜けることが出来ます♪ それと、こちらもお渡ししますね!」


 そう言って、エリュエルはアレンとジンに金色に輝く腕輪と、薄い羊皮紙の冊子を手渡す。


「この腕輪は、子供達の家の住所と、一人ひとりに贈るプレゼントの外装、後は現在のサンタポイントについての情報を教えてくれます」

「サンタポイント?」

「はい! 子供達の夢であるサンタさんのイメージを損なわないように、ポイント制で管理してくれる画期的なシステムとなっております! サンタさんに相応しい行動をする度にポイントが入り、反対に夢を壊す行いをしてしまいますと下がるように設計されております」


 説明の直後、アレンとジンの手首にはめられた腕輪から「2+」という数字が映像となって空間に映し出される。


「今は『仕事を引き受けた』ということで、それぞれ一ポイントずつ入りました。プラスの数値が高いほど、『役目』を終えた後に素敵なことが起こるそうです」

「プラス……? ってことは、マイナスもあるのか?」


 と、まじまじ腕輪を観察しながら、何気なくジンは尋ねてみる。


「そうですね。マイナスの数値が高ければ高いほど、後で良くないことが起こると大天使様は仰っていましたねー」

「随分と他人事のように言ってくれるよな!? ……要するに、それってポイントの結果によっては帰れなくなる可能性もあるって意味だよな?!」

「はあっ?! 聞いてねえし、そんなの! 急げ、ジン! 朝になる前にさっさと配り終えるぞ!!」


いつの間にかジンの首輪に付けられていた手綱を握り締め、出発の指示を出すアレン。その声を合図に、ジンもまた彼女を乗せたソリを引きながら、猛スピードで雪原の上を走り出す。次の瞬間――。

 突如、ジンの体が浮き始め、まるで見えない空の坂道を登るかのように、次第に速度を上げて上昇する。


 生身で空を飛行するという非現実的な現象を体験し、思わずアレン達は地上を見下ろす。そこではエリュエルが両手を左右に振りつつ、大声で彼女達に声援を送っていた。


「頑張ってくださ〜い、アレンさん、ジンさん! 詳しい内容は、その手引書に書いてある通りですので、後のことはよろしくお願いしま〜す!! 四時までには、絶対に戻ってきてくださいね〜っ!!」


 やがて一定の高さまで登り詰め、腕輪の地図が教える情報を元にしてジンは夜空を駆け抜ける。

 そんな二人の姿を見送りながら、エリュエルは一人静かに指を組んで、祈るように最後まで穏やかに微笑んでいた。




◇ ◇ ◇ ◇ ◇


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