《pm11:30》(1)
ぽつりと寂しげに灯る、街灯の小さな明かり。
この静まり返った深い闇の中で、果然その役割を十分に果たせているのかどうなのか。しかし、今もなお聖夜の空からとめどなく舞い降りてくる白い結晶が雪明かりとして、森に囲まれた広い園地を白銀色に染め上げていた。
そんな辺り一面銀世界の只中で、鮮やかな紅色の髪をした少女はきつく拳を握り締めながら、一人怒りで声を振るわせていた。
「何なんだよ、これ。誰か説明しやがれ」
彼女は思う。確か自分は町の宿屋にいたはずだ、と。だが、今はそんなことなどどうでもいい。何故なら、自分が身に纏っている服装が、いつもの飾り気が一切ないものから、可愛らしい白のモコモコがついた全身赤色の奇妙な衣装へと切り替わっていたからだ。
男勝りな性格の彼女にとって、それは見知らぬ場所に立たされていること以上に耐え難い事案なのであった。
「ジンの姿も見当たらねえし、……まさか、全部やつが仕組んだことじゃ――」
「よかったぁ〜! ようやく一人目を召喚出来たよぉ〜!!」
紅髪の少女――アレンが相方の名前を口に出したその時だ。誰もいないはずの空間に、歓喜に溢れた子供の声が響き渡った。
「誰だ! ……って、は?」
咄嗟に声が聞こえてきた方向に顔を向けるアレン。すると、彼女の頭上近くでクルクルと忙しなく巡回している幼児の姿――それも真冬にも関わらず全裸の――があった。その常軌を逸した存在に、暫しの間、アレンは呆けた顔で固まることしか出来なかった。
「一時はどうなるかと思ったよ、ほんと。失敗して異世界から連れて来られないのかと思ったよ、ほんと」
「待て、おい! 『連れて来られないかと思った』って、一体どういう――」
「あ、ちょっと待っててね、おねえさん。もう一人呼ぶから。……せーのっ!」
けたたましい音を響かせながら、幼児は手にしたラッパを吹き鳴らす。思わず耳を塞ぎ、頭痛を覚えるアレンであったが、続けて起きた光景に我が目を疑い、絶句した。
突如、眼前に豪奢な扉が現れ、ゆっくりと内開きに開かれた次の瞬間、見えない力に突き飛ばされるかのように一人の人物が姿を現した。その人物の顔を見たアレンは――、
「ジン?!」
「何なんだ、今の衝撃は。つか、何処だ、ここ。……って、何だぁこの格好っ?!」
自分と同様、自身の服装に対して衝撃を受けている眼帯姿の青年ジンの名前を叫んだ。
もっとも、彼の場合は全身茶色を基調とした、二対の巨大な角を生やした生物――おまけに元となっている動物の顔までついている――のフードを被った、人型に作られてはいるものの完全に人間ではない衣装へとなっていた。
わけが分からぬまま混乱状態に陥っている彼をよそに、例の幼児は上空を移動しながら二人の前で立ち止まり、丁寧に一礼した。
「ようこそおいでくださいました、サンタさん、トナカイさん。ボクはあなた方をこの世界に呼んだ天使エリュエルと申します」
「は? 『サンタさん』? 『トナカイさん』? おい、ガキ。ふざけたこと抜かしてると、その頭捻り潰すぞ」
「待て、アレン! お前、本当に天使なのか……?」
既に臨戦態勢に入っているアレンを制止し、ジンは目の前に浮かんでいる存在に恐る恐る尋ねた。
「何だよ、ジン。急に畏まりやがって」
「……天使はな、女神が生み出した被造物の中でも、特別高位の存在なんだよ。別名『女神の使い』。俺も初めて見たが、そんな神聖視されている奴らに手を出したら、即座に『異端者』として処刑されるぞ」
諭すように説明をするジンの言葉にアレンは舌打ちし、構えていた拳をゆっくりと下ろした。
最初は、自分達に悪意のある能力者による空間移動を使った奇襲かと警戒していた彼女であったが、改めてその姿を観察してみる。確かに極小さなものではあるものの、背中には純白の翼、頭上には金色に輝く輪のようなものが浮かんでいた。そもそも、こんな寒空の下で全裸で飛んでいる饒舌に喋れる幼児など、人智を越えた〝何か〟でない限り、あり得ない話だった。
「……あなた方がいた世界の天使は、そんなに恐ろしい存在なのですか? 確かに、ボクの上司である大天使様も正直怒らせると怖いですが、神様が愛してお造りになられた人間をそんなことで処刑するような厳しいお方では決してありませんよ。世界が異なると、御使いのあり方も変わるのですね……」
「ん? 『世界が異なる』? エリュエル、とか言ったよな。ここは一体、何処なんだ? ゼルトの町じゃねえのか?」
悲しげな顔をするエリュエルの言葉に、ある種の違和感を覚えたジンは、再度質問を投げ掛ける。
ゼルトとは、彼らがエスレーダへと向かう旅の道中で泊まっていた宿屋がある小さな町の名称であった。