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「薊?聴いてる?」
まるで俺たち2人以外誰も居ないと錯覚する水の流れる音しか響かない静かな河川敷でベンチに座りながら談笑していると急に隣に座っている彼女が疑問を投げかけてくる。
「聴いてるよ。ただ夢中になって話す悠月が面白くって。」
おそらく相槌がなくなったことに対して話を聴かずに考え事をしていると思ったのだろう。
考え事をしていたことは事実だがこう答えた方が波風立たない。
「なにそれー。まぁいいや!でねでね月田巌男さんはこう言ったの!「私は勝つよ、国のためではなく自分自身のために」ってね!」
彼女は大の歴史ファンだ。
今のは過去の軍人の名言らしい。
「へぇ」
俺の考えと似ており興味が湧く。
「日本が好きで滅んで欲しくないから勝つって意味らしいよ!結局国のためだし何が違うのかよく分かんないけどなんかかっこいいよね!」
彼女が興奮した様子でかっこよさ訴えてくる。
確かに一件聞くと同じ意味のように聞こえるが本来は違う。
国のために勝つは、自己犠牲の精神に近い。
他人を尊重し人を愛していないと言えない言葉だ。
しかしこの人は、それとは真逆の考えを持っている。
彼は、国さえ滅びなければいいのだろう。
そこにどんな意図があるか俺には知る余地もないが国が滅びなければ人の命すら利用し犠牲にする。
つまり俺で言う自分自身が、彼にとっては国なのだ。
「そうだね。しかし悠月はなんでも知ってるなぁ。悠月の話を聴いてると楽しいし勉強にもなるよ」
ただこれを彼女には言わない。
おそらく言ってしまいこの言葉の本質を知ってしまうと彼女は彼に幻滅に近い感情を抱く。
わざわざ不快な気持ちにさせ嫌な空気にさせる必要はないだろう。
それに...
「私といると楽しい?」
さっさと家に帰りたいので本題を匂わせる発言をしてその話題に移させる。
本来はこうやって2人でベンチに座りながら談笑という状況は俺たちではありえない。
彼女とは中学からの知り合いだが高校3年生になった今でも一緒に帰路につくことさえない。
ただ今日はいつもと違う。下校時間になると「一緒に帰らない?」と誘ってきたのだ。
断る理由もなく一緒に帰る羽目になったが流れでベンチで雑談をすることになった。
「もちろんだよ!いつもありがとね!」
思ってもいないことを口にしてその気にさせる。
「そうなんだ...えへへっ」
少し顔を赤くしたと思えば今度は何かを決意したような顔に変わる。
「実はね、今日は伝えたいことがあって...」
「うん」
「薊が好きです!私と付き合ってください!」
俺は彼女の気持ちに気付いていた。
先程の態度でもそうだが、学校生活の中でもアプローチに近いものは、ここ数ヶ月受け続けていた。
外面的にだけだが俺は人当たりもよく人並み以上の優しさを持ち合わせている。
それに彼女は、歴史の話をしだすと夢中になりながら喋り続ける癖がある。
それこそ、1時間や2時間喋り続けるなんてザラだ。
聴かされる人間はたまったもんじゃないだろうな。
彼女は人の感情に敏感な節がある。
聴かされた人間は表面上大丈夫なフリをするが感情に敏感な彼女は、直感的に分かってしまうんだろう。
不快にさせてしまったと。
だがそこにこれだけの長話を聴かされて一切不快そうな感情を出さない人間が現れたら?
俺自信彼女の話が好きだ。
勉強になると言ったのも嘘ではない。
そう、俺のような存在が現れれば不思議と特別な感情を抱く。
最初はその特別な感情を恋だと勘違いする。
そして目で追い続け俺の人となりを知り悪い人間では無いことを知る。
正確にはそれも勘違いだが。
そして、いつの間にかその感情は、本物に変わる。
「俺も悠月が好きです。付き合ってください。」
微笑みながらかつ、少し恥ずかしげな表情を作りそう答える。
俺自身彼女に恋愛感情はない。
ただ付き合って損もない。
「ほんと!?やったぁ!」
バンザイのポーズをとり喜びを露わにする。
「あはは、さて今日はもう遅いし帰ろうか。」
今日も例に漏れず1時間程歴史の話を聴かされていたため既に18時を過ぎてしまっている。
あまり遅くなると家での自分の時間が無くなる。
「うん!」
その返事を聴きベンチから立ち上がった瞬間視界が揺れる。
「っ!?」
なんとも言えない嫌悪感に倒れそうになるが何とか耐える。
そして気がつくと
「森?」
植物の独特な匂いがする草木が生い茂る森林の中にポツンと1人立っていた。