29 魔王さま、魔女さまと出会う。
魔王がリュウを育てるようになって四ヶ月。
大きな変化が起きました。
「おお、見てくれトメ! リュウの首が、ぐらぐらしなくなったぞー!」
「あぅ〜だぁ」
ケンとショウが持ってきてくれたガラガラを掴んでご満悦です。
「そいつは良かったねぇ。順調に育っている証拠だよ」
「うむうむ。歯が生えるのが楽しみだのう」
魔王の愛読書、【新米パパのための育児本】によると、六ヶ月経てば歯が生えて離乳食がはじまる。
魔王のスマホの中はリュウの成長記録という名の写真が3000枚突破していました。
このペースだと、一歳をむかえる頃には10万枚いくかもしれません。
「それじゃあ仕事に行ってくる」
「はい、行ってらっしゃい。お弁当忘れるんでねぇよ」
「毎日助かるのう。いくぞケルベロス」
リュウをおんぶして、ケルベロスのリードとお弁当、小さな鳥かごを手に出発します。
『ああ〜、暑いですねぇ魔王さま』
「日差しがギラギラしてるのう」
「ワンワンワ!」
八月半ば。
日差しは刺すようです。
番台の内側、一番風通しのいい場所にゆりかごを置いてリュウを寝かせます。
「今日もよろしくな登呂さん」
「ああ。よろしく頼む」
魔王が番台について一時間すると小田とユウが来ました。今日は小学生くらいの女の子を連れています。
「登呂さんこんにちは。大人二人、子ども一人お願いします!」
「ちょっとお待ちなさい小田さん。わたくし、子どもじゃありませんわよ!」
女の子が小田の言葉に待ったをかけました。
ユウと同じで、翻訳スキルなしに言葉がわかりました。
見た目は幼いけど子どもじゃないーー異界の人間のなかでもとりわけ厄介な、魔法使いなのかもしれません。
魔王は人間の言葉を理解できますが、人間はドラゴンの言葉を理解できません。
というのもドラゴンは口の形状が、人語を発するのに向いていないのです。
魔王が人の姿であってもなくても、魔王と会話するには翻訳スキルを必要とするのです。
バレる心配が薄いとはいえ、油断は禁物。
平静を装います。
「ねえさ、ゲホン。マージョちゃん、気持ちはわかるけどそういう決まりだからおさえて」
「子どもから大人料金を取ったら、儂が雇い主に叱られてしまう」
「むむむむ……屈辱ですわ」
マージョは小田とユウに説得され、しぶしぶこども料金で女湯に入っていきました。
小田とユウは心配そうにしながらも、男湯の脱衣所に入ります。
女風呂の方から「お風呂が広いですわー! 貴族の湯殿ですの!?」「お湯がでてきましたわ! まさかこちらの人も魔法を使えるんですの!?」となんとも賑やかな声が聞こえてきます。
一時間後。
「はふー。この技術、あちらに持ち帰りたいですわ」
「はっはっは。あちらってどちらだね。変わった子だねぇ」
ほかの女性客が銭湯の入り方を教えてくれたようで、ニコニコしながら風呂から上がってきました。
小田とユウと一緒に帰っていくのを見送り、爺やが恐る恐る聞いてきます。
『魔王さま、あの娘は異界の魔法使いなのでは』
「そうだの。……刺客なのだろうが、なんとも憎めない子だのう」
銭湯にハマってしまったようで、マージョは翌日から毎日通ってくるようになりました。





