序章 今日も夢見た、穏やかな日でした
彼女の仕事場は、山の中・・・
日が真上に昇っている山は、麓よりも暑い。
でも、心地悪い気分にはならない。むしろ自然の暑さを肌で感じながら、自然の息吹を直接感じる事ができる。
ただただ蒸し暑くて、ただただ苛立つだけの高温多湿ではない。
この心地良い暑さなら、全然平気だ。流れてくる汗も、何だか気持ちよく感じる。
山に生える背丈が高い木は、サラサラと葉を震わせながら、木漏れ日を地面に注いでいた。幹に触れてみると、何故か妙に冷たい。
日の光がまばらに降り注ぐ地面の上を、私はズンズンと進む。道標も獣道も無いけど、ほぼ毎日山に通っていれば、何となく地の利を覚えてしまうのだ。
地面を踏みしめる度に、『シャク シャク』という新鮮な音が聞こえる。
青々とした雑草も、木々と同じく風に揺られながら、まるで私を手招きしている様だった。
雑草の名前も自然と覚えてしまった。特に、食べられる野草と食べられない野草だけでも覚えていれば、山の中で遭難してもどうにか生き残れる。
まだこの山を知らない頃は、山自体が恐ろしい存在に思えたけど、今は全然違う。山の景色は毎日変わり、毎日同じ場所を散歩しても、景色が全然違う。
それに、違うのは景色だけではない。
昨日は生えていなかった筈の野草も、昨日は見かけなかった筈の動物も、昨日と何かが一つ違うだけでも、何もかもが変わっている様に感じてしまう。
これが自然の不思議か、それとも私が単にこの山を好きなだけか。
でも、この山を好いているのは私だけではない。私の住む『フシミ里』に住んでいる村民全員が、この山を愛し、この山に敬意を払っている。
あぁー・・・。
『一週目の人生』では、暑さの奥深さを感じる心の余裕なんて全然なかったから、この開放感は毎日味わいたいくらいだなぁ。
それにしても、『ビル』とか『鉄塔』が無いだけで、こんなに景色が変わるなんて・・・。
『一週目の世界』では、どんな山奥でも『鉄塔』とか『電柱』が立っていたからなぁ。
文明の力は確かに凄いけど、それによって台無しになる物も大きい気がする。それが『二週目の世界』で、痛いくらい実感できた。
この世界には、『一週目の世界』とは違い、スマホもテレビもない。でも、それこそが私に最も適した世界である。
テレビを見ても憂鬱な気分になる番組ばかりだったし、スマホなんて、アレ確かに便利だけど、あんなの一歩間違えたら『凶器』だよ。
あぁ、あんな小さな電子機器に私の人生が奪われていたと思うだけで、自分がすごく情けない。
でも世間も世間で、「スマホで情報収集する人間は優れている」みたいな価値観を押し付けなければ、私みたいな『被害者』が出る事はなかったのかもしれない。