第三話 二人で一緒に
「フィー、突然なんだが……お前はクビだ」
私の背後からマスターがそうほざく。
「っていうか、ここで死んでくれ」
怒った弟子は、冷静になって振り返る。
私ならば今すぐヤってしまうところだが、ここは黙っているとも。
「……そんなこと出発前に言ってよ。もうダンジョンの最下層なんだけど?」
「フィー、俺たちはずっと目障りだったんだよ、お前のことがな!」
マスターの言葉に、他にいた手下たちが賛同する。
「ミアを手懐けくれちゃって、俺たちがどんだけ不都合だったことか……」
「おまけにガキの分際で、ギルドの経営にまで手を出してきやがってよ!」
「何より礼儀知らずだ! 誰のおかげで成り上がってこれたと思っていやがる!」
こいつらは、弟子よりずっと悪どく、何より恩知らずだ。
こういう輩は、どうしてどの世界でも湧き出てくるのだろうな?
「とうわけだ。みんな、お前のことにムカついてんだよ!」
「アタシのおかげでみんな儲かったじゃん。ギルドもデカくなったでしょ?」
「その点は、感謝してる。だから俺たちがそっくり頂くよ。お前はもう用済みだ。
頼むからお前はここで死んでくれ!」
マスターが、片手に持っていた宝珠をかざした。
すると、マスターが操っているかのように部屋の奥の壁が左右に動き出し、ダンジョン内が震動する。
そんなことができるのは、あの宝珠の効果によるものだ。
弟子と私が見ていると、壁が左右に開き、奥から巨大な人影が出てくる。
出てきたのは、全身銀色で、一つ目に百本の腕と八本の足を持った、機械仕掛けの巨人だった。
三角頭の真ん中の眼が黄色く光り、百個の手それぞれには多種多様な武器を装備し、喧々たる足音を立てながら弟子と私にゆっくりと近づいてくる。
「このダンジョンの大ボス『百腕の白銀巨人』だ! こいつの百本の腕は極めて迅速でな。全身には対魔術の装甲が施され、魔術耐性の結界が付与されている! だからこいつに魔法は効かない! つまり魔術師であるお前は、絶対に勝てっこないんだよ!!」
「そんな凶悪ボスをどうしてあんたが操れるのさ? その宝珠、どうしたの?」
フィーが慌てずにたずねると、マスターはいかにも言いたそうに答えた。
「ククク……実はこのダンジョンは既に攻略済でな。この宝珠を使えば、ダンジョンの中を好きに操れるんだよ! そのボスモンスターもな!」
「巨人があんたたちに見向きもしないのはそういうことか……。宝珠は、ダンジョンを攻略した奴からもらったの? そいつはだれ!? あんたの協力者!?」
「ハッ、悪いが、それは教えられないな……」
マスターはもったいぶるが、フィーにとってそのことはもうどうでもよく、もっと大事なことを聞いた。
「ねえ、マスター。ミアは、どうするの?」
フィーに問われると、マスターはクククッと笑う。
「ミアにはお前が大魔法の幹部の罠にかかって、俺たちを逃がすために一人で残ったって伝えておくよ。大親友のお前が殺されて、ミアは泣くだろうな。そんで、さぞや恨むだろうな。大魔王のことを心の底から憎んでくれるだろう!」
「あんたは嬉しいだろうね。そうなれば、ミアを利用しやすくなるからさ?」
弟子が聞き返すと、マスターたちは高笑いを上げる。
それを見て、フィーは言い放った。
「マスター、知ってる……? あんたみたいな奴に利用されて、ミアが今までどんな想いをしてきたか!?」
「ああ、知ってるよ……だからどうした!?」
マスターはゲス顔を浮かべ、
「お前らみたいなガキは、俺たちに都合よく利用されて、用済みとなりゃゴミのように捨てられればいいんだよ!!」
そんなことを吐き捨てた。
愚かことだ。マスターは想像もできない。
私の弟子は既に、この世界で最高の魔法使いの一人だということが。
「だってさ、ミア?」
弟子が、マスターの後ろの方に呼びかける。
驚いたマスターたちは、気配を感じて背後を振り返った。
「……ミア?」
マスターがつぶやく。
後ろに立っていたのは、もちろん勇者ミアだ。
「なぜここに?」
「出発前にフィーに、マスターが裏切るって言われてね。私一人でずっとつけてきたの」
教わった忍びの術を、ミアは活かした。
フィーは、マスターの目論見などとっくにお見通しだったのだ。
私は何もしてない。
二人の自分たちの力だけによるものだよ。喜ばしいことにな。
マスターが見つめるミアは、静かに凄まじい怒りを発していた。
「落ち着け、ミア。違うんだ、今のは……」
「いいよ、マスター……私は勇者だもん」
「そ、そっか……」
「だけどね、マスター! 私の友達にひどいことしようとしたのは許せない!」
ミアは落雷のごとく憤怒し、
「アタシもだよ、マスター! ミアを泣かせた奴は絶対許してやるもんかー!」
弟子も烈火の如く力一杯に叫んだ。
「……クソガキどもが! お前ら、勇者を黙らせるぞ!」
「「おお―!!」」
「銀巨人は、ミアと魔法使いを八つ裂きにしてやれー!!」
マスターと手下たちは醜い本性を露にしてミアに武器を振りかざし、操られた白銀巨人が猛然とフィーに襲いかかる。
「手出さないでよ、お師匠!」
「そうですよ、魔法使いさん!」
「ああ、これはお前たちの問題だからな……お前たちの好きにしろ!」
私の激励に応じるように、フィーは自身を結界にして強化魔法を重ねがけし、ミアは勇ましく剣を抜く。
「精霊と我が守護霊たちよ、《風よ足に》! 《火よ体に》! 《神よ杖に》! 今すぐ、アタシを最強に――!!」
百腕の白銀巨人に対し、弟子は既に見抜いていた。
自分の攻撃魔法は効かない。
巨人の装甲と結界の重ねがけによる魔法防御を破れないことを。
だから攻撃魔法の使用は無意味だ。
全く効かないわけではない。
結界だけでも無効化できれば、魔法防御の効果は半減し、一気に攻められる。
結界を施しているのは、白銀巨人の背後の両肩部にある二つの宝珠だ。
そこを破壊できれば、結界を消滅させることができる。
最初に、狙うべきなのはそこだ!
次の瞬間、白銀巨人が手にする五十本もの弩弓と銃砲が、弟子に向かって一斉に放たれた。
付与した魔法の一つは、加速強化。
「ふん――!」
弟子は急加速して全弾かわし、杖を振りかざして突撃する。
白銀巨人は、残る五十本の腕で刀剣と棍棒を叩き込む。
弟子は高速で動き回りながら、
「――どりゃあ!」
ありったけ強化した身体で、ありったけの効果を付与した愛杖を振り回した。
私が教えた杖術で、刀剣と棍棒を次々と避けて、流して、弾いて、巨人の腕を一本一本叩き折る。
私の弟子の動きは巨人より迅速で、かつ杖の一撃は強烈であった。
「――ちっ!」
しかし、やはり百本は多すぎる。
弟子一人の杖では凌げはしても、百本腕の攻めを突破することはできない。
何とかして背中の宝珠を破壊しようと動き回るも、未だに果たせずにいる。
まだ弟子一人では、百腕の白銀巨人を倒すのは難しいか。
ただ、この場にはもう一人いた。
「思い知れ、ミアー!」
その頃、マスターたちは勇者に襲いかかるも、
「ふん!」
ミアの鍛えられた動きについてこれず、彼女の拳と剣の峰打ちによって、
「ぶほー!?」
「どへー!?」
「ぐはー!?」
瞬く間に全員が打ち倒された。
私の教えの賜物だな。
「フィー!」
そしてミアは、巨人と一人で戦っている親友の元に駆けつける。
「ミア! 《風よ足に》! 《火よ体に》! 《神よ剣に》! 巨人の背中にある宝珠を破壊して!」
弟子は 勇者に自分と同じ付与魔法をかける同時に、指示を飛ばす。
「了解!」
勇者は巨人に向かって飛び出した。
それを巨人の百の手の射撃兵器と近接武器が振り向けられる。
百の手のうち、半分は弟子の相手で手一杯のため、もう半分がだ。
そして当然、勇者であるミアは、魔術師の弟子より接近戦能力が上回っている。
「《勇ましき雷の二連斬り》!!」
急加速した勇者は剣を振り回し、たちまちのうちに百の腕を突破して、背後の宝珠を二つとも破壊した。
白銀巨人の全身を覆っていた、魔術耐性の結界が消滅する。
「今だよ、フィー!!」
勇者が呼びかける。
既に弟子は巨人から離れ、詠唱を開始していた。
「我は願う、太陽の化身よ! 汝の破壊の力を今ここに――顕し給う!」
巨人の足元に、円陣による結界を構築する。
フィーが行使するは、私直伝のとっておきの結界魔法だ。
「さあ、アタシと一緒にブッ壊そうぜ! 《小さな世界を断ち斬る破局》!!」
残る対魔術装甲など、全くの無意味。
結界内の小世界だけに起こるのは、絶大にして無数の物理断裂。
百腕の白銀巨人だったものは、いくつもの破片となって地響きを立てながら崩れ落ちた。
「やったー! やったね、フィー!」
弟子は、勝利を見届けたミアに飛びつかれ、
「ありがとう……ミアのおかげだよ」
女の子らしく、赤くなって照れるのであった。
もちろんまだ後始末は残っている。
「クソ、クソ……はっ!?」
倒れたマスターたちに、弟子が近づいた。
「まだまだやり足りねえな……」
「やめろよ! やめてくれ!!」
「そんなこと言うなよ、マスター。さあ、アタシと一緒に、楽しめ♪」
「あああああああああああああああああ――――――」
弟子よ、お前もなかなかにえげつないぞ。
それから真っ白と化したマスターたちを持ち帰って、町の宿屋に帰った。
「マ、マスター!?」
「フィー! てめえ、よくも!」
そこには、勇者を見張るはずだったマスターの手下たちがいたが、
「宿屋の妖精さんたち、残るクズどもをぶちのめせ! 《荒ぶれ宿屋》!」
「「ギャアアアアアアー!」」
宿屋に張っていた結界魔法で難なく返り討ちにする。
「それじゃあ、お望み通り、アタシたちは出ていくから~♪」
「今までお世話になりました~♪」
弟子と勇者と私は、ギルドを辞め、
「待っ、待ってくれー! 稼ぎ頭のお前たちに出ていかれたらー!」
泣きつくマスターを無視して、宿屋を出ていった。
「さて、出たはいいけど……」
「これからどうしよっか?」
「ならば来るか? 私の冒険者ギルド『秘密の館』へ?」
今まで隠していたが、私は自前で冒険者ギルドを持っている。
そのことを初めて話すと、弟子に「もっと早く言えよー!」と怒られた。
ギルドの本拠地となる『秘密の館』は、すぐ近くにある。
私自ら建設した美しい館だ。
そこに連れて行くと、少女たちはとても喜んで、すぐに私のギルドに入った。
二人は冒険を再開する。
勇者が旗頭となり、弟子がプロデュースすることで、人々からの依頼は殺到し、宿屋の勇者の名と共に二人の評判は広まっていった。
そんな中、赤騎士が私に言ってくる。
「魔法使い殿……フィー殿にあのことは話さなくてよろしいのですか?」
「黙っておけ。あれに気づかせよう」
「いや、話してあげた方がよいのでは……」
「よいではないか」
と私が意地悪く笑うと、
「タチが悪いですな……フィー殿が似るわけですぞ!」
ふむ、痛いところを突かれてしまった。
同じ頃、冒険者ギルド『夜の宿屋』は、勇者と弟子という稼ぎ頭を失って、町と一緒に落ちぶれていく。
マスターの一党は町民たちの総スカンを受けて、とうとう弟子と勇者たちに土下座して来た。
「俺たちが悪かった! 頼む。戻ってきてくれー! この通りだ!」
そんなマスターに、勇者と弟子は満面の笑みを浮かべて言ってやる。
「いいよ、マスター♪」
「ただし、あんたたちが町から追い出されてくれればね?」
それを聞いたマスターは真っ青となり、町民たちは一致団結した。
「「ブベええっ!?」」
「失せろ、疫病神!」
「世界を救ってくださる勇者様を利用しようとした悪党め!」
マスターの一党は、町から叩き出され、
「ざまあ~♪」
「あばよ、クソ野郎ども~♪ ざまあみろ~♪」
勇者と弟子は仲良く、大喜びで見送った。
私は、二人の成長がとても嬉しかったが、その反面、思うところもある。
……弟子がこういう真似をするのは、「私に似たから」か。
再考の余地があるな。これからは、少女の前では見せないようにするか……。
なにはともあれ、フィーとミアはますます成長し、大魔王との戦いは大詰めを迎えていく。