第二話 宿屋の勇者
修行を一通り終えた弟子はさらなる研鑽のため、故郷の村から離れた町に行って、冒険者ギルド『夜の宿屋』に入ることに決めた。
そこのギルドに、勇者が所属していると聞いたことがきっかけだ。
その時、私も師として弟子に同行した。
「ようこそ、冒険者ギルド『夜の宿屋』へ」
私と弟子を、美丈夫の男が爽やかな笑顔を浮かべ歓迎する。
宿屋の主人で、ここのギルドマスターだ。
フィーは喜々として、ギルド登録の書類を記し、試験で魔術師としての実力を存分に示す。念のため、私も登録して同じことをした。
「君たちのような凄腕の魔術師に来てくれるとは嬉しいね。心から歓迎するよ」
「うん。これからよろしくね。マスター」
弟子よ、喜ぶのはいいが、この笑顔にだまされるなよ。
その帰り道のことだ。
「ぐす……しくしく……」
町の路地にある階段で、幼気な美少女がしゃがみながら泣いていた。
「どうしたの?」
「……えっ?」
フィーがそばに立って優しく話しかけると、少女は涙でくしゃくしゃに濡れた顔を上げる。
それが、二人の出会いだった。
「……だれ?」
「アタシは、フィー。しがない魔法使いの見習いだよ」
「君も……宿屋のギルドに?」
「うん。君は勇者ミアだね?」
弟子と齢の変わらないこの少女は、町の有名人だ。
宿屋の勇者と呼ばれ、この町にいることは周辺の地方で知らぬものはいない。
「アタシはね、立派な魔法使いになりたくて、魔術師になったんだ。ミアは?」
「私は……みんなのために。大魔王のせいで苦しんでる人たちを助けたかったから。他の勇者さまたちと同じだよ」
そう、この世界には、他にも勇者がいる。
大魔王を倒す使命を背負った、勇者が数人な。
だから人間たちの中で、醜い争いが起きている。
利権、土地、金、手柄、名誉、権力を巡った、ただの醜い争いだ。
世界の命運がかかっているのだ。みんなで協力すればいいものを。
なのに勇者も加わっているというのだから救えん。
それに加担する大人たちによって、この可愛い少女は都合よく利用されていた。
そのせいで振り回され、みんなを助けたいという自分の思いとすれ違ってばかりで、こうして泣いていたというわけだ。
そのことを、弟子はまだ知らない。
「何があったか知らないけど、元気出しなよ、ミア! これからは超つええ魔術師のアタシが仲間になって、勇者さまである君のことを助けてあげちゃうからさ!」
「……フフフ。ありがとう、フィー。これからよろしくね」
少女たちは笑いあう。
誰とでもすぐ仲良くなれるのが、弟子のいいところだ。
「それで、こっちのお兄さんはどなた?」
勇者の興味が、私に移った。
「この人は、アタシのお師匠。超ヤベえ魔法使いだよ」
「やあ、勇者ミア。お目にかかれて光栄だ」
「こんにちわ、魔法使いさん」
私は優しい目をしながら礼儀正しく接し、ミアの第一印象をとても良くした。
「ミア、気をつけてね。お師匠、遍歴の浮気者だから」
こらこら、無垢な少女になんてことを言うんだ。生意気な弟子め。
それから弟子と勇者は、パーティーを何度も組んだ。
例えば魔物討伐の依頼で、オークやゾンビの大群と出くわした時には、
「火と風の精霊よ、群がるザコどもは黒焦げじゃー! 《熱風ぐるぐる渦巻》!」
「水と氷の妖精さん、ヤツらをカチコチにしておくれー! 《氷漬けの陣》!」
魔術師フィーがお得意の結界魔法で一網打尽にし、
「いっくぞー! 勇者さまのお通りだー!」
「天空よ、勇者ミアさまに力をくれやがれー! 《勇ましき雷》!」
勇者ミアが、剣と魔法で切り込み、残らず片付けるのだ。
口に悪影響を受けたのは、悲劇だな。
またダンジョンに潜れば、弟子が明かりを照らし、トラップを解除し、勇者が魔物をドラゴンだろうと退ける。
「やったー、ボス撃破! 古代ドワーフのダンジョン、クリアだー!」
「ウヒョオオー! ドワーフの遺した宝じゃ、宝じゃ、お宝じゃー!」
財宝に目が無いのも、弟子の欠点だ。
とりあえず、弟子は活躍し、たちまちのうちにギルドマスターに認められた。
「おめでとう、フィー。君は今日から正式にミアのパーティーの一員だ!」
「やったね、フィー。これでいつも一緒にいられるよ」
喜んでくれるミアも、さすがは勇者。
すばらしい才能の持ち主だった。
だがまだ未熟だ。
世界に与えられた勇者の力に、頼り過ぎている。
剣術は拙く、魔法は雑すぎる。考えは浅はかで、何より覚悟が足りない。
明らかに、訓練不足だった。
ミアの責任ではない。
彼女を見つけ、担ぎ出した連中の意図的な仕業だ。
勇者になった少女が、無知で未熟な方が利用しやすいからだろう。
というわけなので、弟子と同様、私が育ててあげることにした。
まずは、私が直々に剣術と体術を叩き込む。
「たあ!」
「まだだ、勇者よ。まずは剣に力を込めろ。全身をバネにして振るうのだ!」
「とう!」
「よし、いいぞ! その調子だ、ミア!」
魔法使いが剣術を教えるなど、私にとっては何もおかしくない話だ。
弟子には、以前から教えてある杖術と接近戦の技をさらに叩き込む。
「えい! そら! おらー! くたばれー!」
「そうだ! いいぞ! 常に杖を振り回すんだ! 口は直せ!」
また二人には、逃げて、隠れて、生き延びるために、忍びの術も教え込んだ。
「……物陰に隠れて相手の出方を伺い、ゆっくりと次の機会を待つのだ」
「……魔法使いさん。勇者が忍びの術を覚える必要なんてあるんですか?」
「そうだよ、お師匠~。魔術師が杖を使って、戦士みたいに接近戦とかもさ~?」
「あるとも。お前たちが迷うのはわかる。だが人生、何があるかわからんからな」
私の仲間も協力してくれる。
忍びの術は、東の暗殺者が、剣術は、赤髪の赤騎士が教えてくれた。
赤騎士にとっては、教え方というものを学ぶいい機会になったようだ。
「はい!」
「勇者様、もっと心を無にして、剣に己の魂を込めるのです!」
「チェストー!」
「そうです! 無我の境地に至れば、剣で断てぬものなどありませんぞ!」
精神論に偏っているのは、赤騎士の今後の課題だな。
魔法の方も私が直々に……と言いたかったが、弟子が「アタシがやる! アタシがやる!」と言って聞かなくてな。
弟子よ、そこは師に譲るべきだぞ。
「いい、ミアはね。一発一発がデカすぎなんだよ。もっと優しく、コンパクトに」
「うーん……天と空よ、ドカンと落ちろー! 《勇ましき雷》!」
少女たちの前でドッカーンと、コンパクトとは程遠い凄まじい電撃が降った。
「こう、フィー?」
「うん、イケる!」
いや、違うだろう。
「……いや、違うなあ」
よく気づいた。
「もっと加減しないと……」
さて、次はどうする。
「どうすればいいの?」
「……」
弟子よ、口を閉ざすな。
「……うーん。詠唱は、もっと言葉遣いをよくした方がいいと思う!」
「言葉遣い?」
「そうそう。言葉はきれいに、精霊さんには行儀よく、世界に感謝をこめて!」
弟子よ、勇者の口まで悪くしたお前が言うか?
その事で、私がつい愚痴をこぼすと、赤騎士はためらいながら答える。
「弟子の口は、どうしてあんなに悪くなったのだろうな?」
「お言葉ですが、魔法使い殿……フィー殿は、あなたに似たのではないかと?」
……ふむ、一考の価値があるな。赤騎士は正直にいい意見を言ってくれた。
あと余談になるが、ギルドに届く依頼から二人は店の手伝いまでやり始める。
そのおかげで、思わぬ発見があった。
弟子には、商才があったのだ。
私は喜んで、二人にいろいろと仕込んでやった。
例えば、酒場の接待。
「いらっしゃいませー。四名様ですね。お席までご案内しまーす」
「お兄ちゃん、また来てくれたんだね。もうサービスしちゃうんだから(グフフ、いいカモだぜ)」
二人の給仕服は、なかなかに似合っていた。
また料理店からの配送。
「職人さんたち、今日もお疲れさま。お弁当持ってきたよ~」
「はい、ピザ一枚、お待ちどおさ~ん」
雑貨屋から町に出ての物売り。
「いらんかね~、いらんかね~、おいしい牛乳に、きれいな指輪はいらんかね~」
「おお、いいのに目つけたね、奥さん。どうしやすか、お安くしときますぜ?」
宿屋の料理、洗濯、掃除も。
「ふん、ふふん、ふふーん」
「へい、パスタ一丁上がり。冷めない内に早く持ってけー」
下の仕事であろうと、二人は面白がって何でもやった。
弟子が得意だったのは、経営の方だ。
酒場で自ら酒を選び、
「いい酒は……とっておきの酒はねえか……」
「あっ、これなんてどう?」
「なに? 南の里のエルフ産ワイン三十年ものだと!? これだ!!」
「ええー、魔法使い見習いなのに造れないのー?」
「はあ!? んなわけないじゃん! いいだろう。そこまで言うなら……偉大な魔法使いであるアタシ自らが最高の酒を造ってやろうではないか!」
料理屋を切り盛りし、
「料理OK! メニューOK! 内装OK! おもてなしOK! カンペキ!」
「そうとも! 全てが調和してこそお客様に最高の食事を提供できるのである!」
「あっちの食材を安く仕入れるには……」
「う~ん……やっぱここの森に巣食ってるオークと賊共を潰すしかねえか……」
宿屋の経営にまで手を出して、
「いい、お客様は神様なのです!」
「だから、みんな! 最高のサービスを頼んだよ!」
「こら、ここ! あとここにも。まだホコリがついてますよ~」
「甘い! なんじゃそのお辞儀は!? お前さん、商売ナメとるんかい!?」
「フィー、ムカつくお客さんはどうしよう?」
「それは、塩対応でいいからね」
結構な儲けを出し、冒険者ギルドをさらに発展させ、ギルドを経営する大人たちを潤わせた。
弟子たちも金には困らなくなる。まだ少女がだ。
勇者の前で、山盛りになっている金貨、銀貨、手形を勘定すれば、
「グヘヘヘヘ、笑いがとまんねえぜ~♪」
「フィーったら……笑顔がこわーい……」
生意気な弟子は、裏の一面を見せるのであった。
ちなみに酒の味見だが、弟子には禁じている。
師として、当然のことだ。
「うむ……いい酒だ」
「ねえねえ、お師匠~。アタシにも飲ませてよ~♪」
「ダメだ」
「いいじゃん、いいじゃん。アタシが直に知らなきゃさ~♪」
「もっと大人になってからな」
「チクショー! アタシを利用して、自分が楽しんでるくせに~!」
もちろんだとも。
大人の特権で、私と成人済の仲間たちが美味しく頂いた。
なにはともあれ、フィーとミアは仲良くなっていく。
そんな日々を送る中、唐突ではあったが、私は弟子に教えることにした。
世界の真実の一端を。
「異世界?」
「この世界とは、全く違う世界のことだ」
「そんなものがあるの?」
「存在する。いくつもの世界がな」
「異なる世界には何があるの?」
「この世界には存在しないものがたくさんある」
「その世界に行けば……アタシはもっと多くのことが見れる?」
「ああ。見れるぞ」
「もっとすごい魔法使いになることも? お師匠みたいに?」
「なれるさ。この世界に残るより先の可能性が広がる。ずっと偉大になれる」
「……お師匠もそうしてきた?」
「そうだ」
「…………お師匠は、異世界からやって来たの?」
「そうだ。私は異世界からこの世界にやって来た」
これを教えたのは、ほんの気まぐれではない。
「どうする? お前も異世界に行ってみたいか?」
「……行く。行ってみたい」
弟子のために、自分自身の可能性を選ばせるためにしたことだ。
私から教わった異世界について、弟子は親友だけに話した。
「この世界とは、全く違う別の世界があるんだって」
「へえー、そうなんだ」
「ミアは行ってみたい? 異世界に?」
「うん、行ってみたい。その世界にあるものをたくさん見てみたいな」
「大魔王を倒した後で、そこに行ってみる?」
「そうだね、いつかフィーと一緒に行きたいな……」
「その後で……ミアはどうするの?」
「……えっ?」
「ううん。なんでもない」
フィーは理解する。
夢のために、異世界に旅立ちたい自分とは違う。
勇者であるミアは、みんなのためにこの世界に残ることを。
だからミアと一緒にいられるのは、大魔王を倒すまでだということを。
大魔王を倒した後は――お別れなんだと。
それから間もなくのことだ。
マスターの命令で、私と弟子は勇者と別れて、マスターのパーティーと共に高難易度のダンジョンに挑むことになる。
その最下層に到達した時、弟子と私の背後から、マスターは唐突に言い放った。
「フィー、突然なんだが……お前はクビだ」