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第一話 魔法使いの弟子

 この世界は大魔王の支配に脅かされ、人間たちは腐りきっていた。


「会える……きっと会える……絶対会える!」


 暗い森の中を、幼い少女が歩き続ける。

 裸足で、泣きじゃくりながら、必死に。


「あんたの大好きな魔女に伝えてきなさい。二度と村に現れないようにとね!」


 継母にこう言われたからだ。

 森に住んでいる魔女はまだ生きている。

 森の中の家にはもういないだろうが、森の奥の奥でまだ生きている。

 だから、そこまで行って、伝えて来いと。


 少女は、涙を流して歩きながら信じ続ける。

 森の魔女は、自分に魔術を教えてくれた。

 だからまた絶対に会えると信じていた。


 だが、少女は賢い。

 本当は、わかっている。


 魔女は、もういない。

 いずれ自分は、森の中で野垂れ死ぬ。

 継母の思い通りに。


 それでも少女は、諦めない。

 必ず生きてやると決意し、健気にも力いっぱい歩き続けた。


 いつか世界中を見て回り、立派な魔法使いになるという夢を叶えるために。


 まるで、私のようではないか。

 知識を広げるために、世界を巡る私のようだ。


 だから私は、少女の前に現れた。


「やあ、こんにちわ」


 身の丈ある杖を持ち、黒いローブを着て、フードをかぶった男の姿で。


「だれ!?」

「怖がらなくていい。私は魔法使いさ」

「……魔法使い?」

「そうだよ。君のことは――」

「お願い、魔法使いさん! 私を弟子にして!」


 おおっと、いきなりお願いされるとは。

 私は、もちろん「いいとも」と微笑んだ。


「私の修行は厳しいぞ。覚悟はいいな?」

「うん! アタシ、どんなことでもやるよ!」

「では、君の口から聞かせてくれ。君の名前は?」

「フィー」


 こうして私は、フィーを弟子にした。


 立派に育ててあげようではないか。この世界の腐った人間どもに負けないどころか、自由にしてしまえるほどの魔法使いにな。


 それからも私は、使い魔のカラスを使って、弟子がいた村を見続ける。


 かつてこの村には、森の魔女がいた。

 魔術と知識で、魔物を退け、病人を薬で治し、村人からは感謝を受けた。


 しかし大魔王崇拝の罪で、教会の異端審問官により処刑されてしまう。

 村人たちは、魔女に失望した。


 その後、魔女の立場には、修道院の修道女である老婆が成り代わる。

 神の奇跡と啓示で、魔物を退け、病人を治し、村人たちの尊敬を集める。


 そして三年後、村の修道院には、怒った村人たちが詰め寄っていた。


「どうなってるんです、シスター!? また村人が魔物に襲われたんだぞ!」

「大丈夫です! 神に祈りを捧げば、いずれ神がきっと――」

「そうやって、あんた一週間前から同じこと言ってますよね!?」


 修道女シスターである老婆は言い訳するばかりで、村人たちは呆れ返る。


「くそ……魔女がいた頃はこんなことなかったのに……」


 実は、森の魔女は村の周辺に魔除けの結界を張っていた。

 村を守るため、強い魔物が近づかないようにする結界をだ。


 それに、修道女は気づかなかった。


 そのために結界は放置されて、やがて魔除けの効果はやがて消え、村には強い魔物が襲ってくるようになる。

 修道女が奇跡やら啓示やら祈りをしても強い魔物を退けることはできず、村人たちから今では責められているというわけだ。


「隣町の冒険者たちは一体何をしているの……」

 

 一ヶ月前、村は大金を集め、隣町の冒険者ギルドに対策を依頼したが、未だに冒険者は来なかった。

 そこへ、村の外から急報がもたらされる。


「大変だー! 魔物が、魔物が迫ってきているぞー!」


 突然の物見の報せに、修道院の前にいた村人たちはパニックに陥った。


「お、男たちは武器を! 女子供は修道院の中へ!」

「うわーん、ママー!」

「逃げましょう、逃げるのよ!」

「神に祈りましょう。神に祈るです!」

「もう、あんたは黙ってろ!」


 その時、教会の上の空から魔鳥の群れが舞い降りる。


『ギィイイイイイイイイー!!』

「うわああー!?」

「神よ、お救いくださーい!」

 

 村人が襲われかけたその時、


「火と風の精霊よ、天より降りし鳥をブッ飛ばせー! 《爆ぜる空の炎(スカイバースト)》!」


 少女の声が響き渡り、魔鳥の群れが炎上した。

 村人たちが見上げる中、鳥たちは弧を描きながら村外れへと吹っ飛んで行く。


 それにしても、ひどい詠唱だな。


「なんだ……?」

「みんな、おっまたせ~♪」


 村人たちのところに駆けつけたのは、小柄で、白いローブに、木の杖を持った、黒眼白髪の魔術師の少女だった。


「遅れてごめんね。連絡に不備があってさ」

「……フィー?」

「フィーちゃん?」

「フィーじゃないか!」


 村人たちがかつて村にいた少女に気づく。もちろん私の弟子だ。


「気づいてくれた? みんな、久しぶり~!」

「今までどうしてたんだ、三年間も!?」

「冒険者になってたっていうあの噂……本当だったの?」


 フィーの突然の帰還に、村人たちは驚くことしかできない。


「話は後々。先に魔物たちをやっつけないと!」

「フィー、早く戻って! 魔物が村に近づいてきてる!」


 村外れから仲間に叫ばれ、フィーは向き直る。


「それじゃあ、見ててね。魔法使いになったアタシの力をさー!」

 

 村には、獣系統のモンスター百体以上がどんどん近づいてきていた。

 暗黒魔象、鮮血猿、人食いの魔犬、腐った暴れ馬、他にも多数。


 魔獣の大群が、村の前に広がる野原を荒々しく行進する。

 その前に、村を守るようにして、フィーは立ちはだかった。


「火の精霊と風の妖精たちよ、君たちの力を貸しておくれ――」


 フィーが精霊と妖精に語りかけ、詠唱を開始する。


 私の弟子が得意とするのは、結界魔法。


 一定範囲の術式を構築し、領域内に入った対象に効果を与える。


 今、使おうとしているのは、侵入した敵を火と風で一網打尽にする結界だ。


「村を襲うケダモノ共は、一匹残らず焼却じゃあー! 《燃えよ燃えよ大草原(フィールドバーン)》!!」


 結界に侵入した百体の魔物が、一挙に紅蓮の業火で包まれる。

 瞬く間に灰と化し、結界の対象外だった野原だけがきれいなまま残った。


 これが、弟子の実力だ。

 ただ言っておくが、詠唱の口振りは、断じて私が教えたからではないぞ。

 弟子の性格が悪いからだ。


「これでよしっと!」

 その後、フィーは村にあった魔女の結界を元通りに修復する。


「結界は張り直したから、もう村には魔物が来なくなったはずだよ♪」

「ありがとう、フィー! 君は村の恩人だ!」

「ああ……あんなに小さかった子がこんなにたくましくなるなんて」


 村人たちには感謝され、


「なあに、お安い御用だよ。ここはアタシの故郷だからね♪」


 笑顔で、そう約束してあげるのだった。


「ところでさ……シスターはどこ?」


 その頃、老婆の修道女は、誰にも気づかれないうちに、持てるだけの金を持って村の入り口から出ようとしていた。


「今のうちに……」

 そこへ、一頭の狼が近づいた。

「ガウ!」

「ひ、ひいいいいー!?」

 狼に吠えられ、老婆が腰を抜かす。


「ガルルルルウウ――」

「安心しろ。私の使い魔だ」

 その前に、私は現れた。


「あ、あんたは?」

「なあに、ただの魔法使いさ」

「そうそう、アタシのお師匠だよ」


 老婆が、背後から声をかけられて振り返る。


「フィー……?」

「久しぶりだね、シスター」


 私の弟子であるフィーが、老婆に笑いかけた。

 後ろに村人たちを大勢引き連れて。


「どうなってるんだ、シスター? フィーは遠くにいる親戚の家が引き取ってくれたんじゃなかったのか!?」

「へえー、そういうことになってたんだ?」


 村人が問い詰め、弟子はニンマリと笑う。


「違うよね、シスター。あんたはアタシを捨てたんだよね? 野垂れ死ぬように」


 フィーは、自分の継母だった修道女がしたことを話した。


 森の魔女が犯した大魔王崇拝の罪。

 それは全くの濡衣であり、修道女が密告して審問官と共謀したのが真相だ。


 さらに、修道女は魔女が遺した魔術と知識を横取りした。

 それを神の奇跡と啓示だと言って誤魔化し、村に貢献して尊敬される立場を自分がそっくり奪ったのである。


 無知な村人たちは何も気づかず、唯一人気づいた少女は、修道女という立場で身元を引き受けた老婆によって、森の中に追放されたのだ。

 どうせ森の中で野垂れ死ぬ、始末するならば自分が手を下さない方がいい、魔女にした時と同じように、と。


 これが私に出会う前に、フィーの身に起きたことだった。


 三年後、村は魔物に襲われるようになって、解決を冒険者ギルドに依頼した。


 しかし裏で修道女が動いた。これ以上自分が無力だと思われないようにするために、権力者と通じて依頼が動くのを妨害してしまう。依頼金は、権力者に流れた。


 その陰謀を既に冒険者ギルドに所属していたフィーが自力で突き止め、魔物の大群が迫る故郷の村を救うために、こうして急いで駆けつけたというわけだ。


 私は三年前から気づいていたが、何もせず、黙っていた。

 弟子の後々の成長のためにな。


 一応、死人は出ないよう護っていたし、弟子にもヒントは与えていたぞ。


「すまなかった、フィー!」

 老婆は、村人たちが見ている前でフィーに跪く。

 

「許しておくれ、許しておくれ、この通りだ!」

「ふうん、どうしよっかな……」

「金ならやる。魔女の遺したものも全部返すから……魔女がいた昔のように、今度はあんたが村を守っておくれよ!」

「……いいよ、シスター。許してあげる。村のことも守ってあげるよ。アタシは町で冒険者やってるからさ♪」

「ほ、本当かい!?」

「うん。依頼してくれればすぐに。料金もアタシの故郷からってことで、お安くしてくぜ♪」

「ああ……ありがとよ、フィー!」


 老婆は嬉しそうに顔を上げた。それに弟子は満面の笑みを浮かべて言ってやる。


「ただし……あんたが村から追い出されてくれればね?」


 弟子につられて、私も思わずほくそ笑んだ。

 村人たちの意見は、もちろん満場一致だった。


「ぐへえー!」

 修道女は手荒く追い出され、

「出ていけー!」

「二度と村に来るなー!」

 村人たちに散々罵りられる。


「ざまあ~♪ んじゃあね、クソババア~♪」

 泣いて逃げ出す老婆を、フィーは愉快に手を振って見送った。


「よくやった」

 そんな弟子に、私は言葉をかける。

「お師匠?」

「仇は取れたな」

「うん、ありがと……けど、お師匠ったらずるいよね。とっくのとうに真相に気づいてたくせに、何もしてくれないなんてさー」

「これはお前の問題だからな。弟子を成長させるためにも、お前自身にやらせなくてどうする?」

「はいはい、わかってますよ~。ほんとお師匠は鬼だよね~」

「それにしてもよかったのか、追い出すだけで?」


 私は、修道女にしたことについてたずねた。


「いいよ……アタシの気も済んだし」

「あれがしたことを思えば、始末してもよかったはずだ。もっと冷酷な罰もな」

「うわあ……お師匠、えげつねえ」

「私は確かに悪には残酷だが、世の道理としても理に適っている」


 師として、私は諭す。


「あの手の外道を生かしたところで百害あって一利無し。無駄な犠牲と無意味な破壊を増やすだけ。権力など過ぎたものを与えれば尚更のことだ。だったら魔法使いとして世の均衡を保つため、冷徹非情になるのも時には必要だぞ」


 すると、弟子は答える。


「確かにお師匠の言う通りなんだろうな……だけどアタシはこれでいいよ。ひどいことはしない魔法使いで。あんなヤツにもなりたくないもんね」

「そうか……。あとで後悔するかもしれんぞ?」

「そん時は、そん時だよ。それに、これはアタシの問題でしょ?」


 というわけだ。フィーは、何とも可愛げのある生意気な弟子に育ってくれた。


「まあ、お師匠には、あとで迷惑かけちゃうかもしれないけどさ♪」


 どこかで何かを間違えたかもな。


「なあに、お前があとで後悔しても助けてやるさ」


 無論、私に後悔はない。


「あー、いたいた」

「ミア?」


 そんな時に、フィーの仲間の少女が駆け寄って来る。


 生意気な弟子と違ってこちらは、何とも可憐な美少女だ。

 長い黒髪を左右に分け、つぶらな青い瞳に、健気な顔つき、すらりとした身体をしている。

 額につけた冠はよく似合い、背中に帯びた剣は実に様になっていた。


「フィーも、魔法使いさんも、残った魔物がいないか外の見回り手伝ってよー」

「はいはい。わかりましたよ、勇者さま。ほんと、ミアはマジメだな~♪」


 彼女は、ミア。フィーの親友だ。

 大魔王を倒す運命を背負ったこの世界の勇者の一人でもある。


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