5エルバート・アーバスノット
エルバート・レイ・アーバスノット。魔術以外に一切興味を持たない男だとは聞いていたが、ここまでとは思ってもいなかった。
まさか…………。
__まさか猫相手に紅茶を、カップで出すなんて……!
これを一体どうしろというのか。
サナリアはこれでも、お茶を出すだけでも、珍しいということは知らなかった。
「…………」
「…………」
取り敢えず室内に招き入れて貰ったが、何も話してくれない。勿論、こちらから話すことなど出来ないのだから、向こうが口を開くのを待つことしか出来ない。
エルバートの元に来たのは、彼なら自分に掛けられた魔術が分かるだろうという考えからだったのだが、そもそも気付いてくれるのか。気付いたとしても、魔術を解いてくれるのか。
目の前で長い足を組み、紅茶をすすっている様からは何も読み取れない。
仕方がないので先程から室内の観察をしている。
部屋は端から端まで六歩位の正方形。扉の左右の壁は一面本棚となっていて、本がぎっしり詰まっている。正面には分厚いカーテンの掛かった窓が一つと、紙の束で埋まった机、今エルバートが座っている椅子、横には簡易キッチン。部屋の真ん中にはサナリアが座っているソファーと、溢れるほど本や紙や魔道具の乗ったローテーブルが置いてあり、床は平積みにされた本で足の踏み場もない。
__こんな埃っぽいところに長時間なんて、よくいられるわね。
「くしゅんっ」
「…………」
思ったそばからくしゃみが出て、ぺたんと身体を伏せた。
淑女として、王妃教育を受けたものとして、人前でくしゃみなどあってはならない失態だ。
__気を悪くしたかしら……。
そろりと上目遣いでエルバートを見やる。
エルバートは何を思ったかカップをソーサーに戻し、立ち上がると右手を振った。
次の瞬間、様々なことが一度に起きた。
扉と窓が大きく開き、室内に風が吹き荒れ、数瞬の間にぱたんと元に戻ったのだ。
部屋の空気は一新されていた。
__ええ?な、何だったの?
突然の嵐に、ソファーに爪を立てて耐えるしか他になかったサナリアは、呆然としていた。まさか換気のためにあれ程の魔術を使ったなど、サナリアには考えが及ばなかったのだ。
ふと気が付くと、目の前にこちらへ身を乗り出し右手を伸ばしたまま固まっているエルバートがいた。
__今度は何かしら……?
ぴこぴこと耳が反応する。
エルバートはその様子を無表情で眺め……。
「……はぁ…………」
おもむろに両手で顔を覆った。
サナリアは混乱した。
__何か、気に触ることをしてしまったでしょうか?
「にゃん?」
大丈夫か?という意味を込めて鳴いてみたが、逆効果だったようで、肩が震えだした。
__どうしたらいいの……?
◆◇◆
結局訳が分からないまま時間は過ぎてしまい、訳が分からないままエルバート様の部屋に連れてこられました。
え?ほんとうに、なぜ?
「いいか、許可なく部屋から出るな。何されるか分からないぞ」
部屋についてまず、そんなことを言われました。言われなくても、今のわたくしでは扉を開けることは出来ませんし、用事があるのはエルバート様なので、部屋を出るつもりはありません。
と言っても、このままわたくしに掛けられた魔術に気付いて頂けなければ、次は魔術師団の方へ伺わなければならないかもしれません。
「よし、行くぞ」
へ?
と、思った時にはひょいっと抱えられ、右手の奥にある扉へ向かって行きます。
男子寮と女子寮は構造が同じようなので、リビング兼応接室の右手のドアは、手前が寝室、奥が……。
脱衣所の奥に広々とした浴室、バスルームです。
ここへきて、これから何をするのか想像できてしまい、急いで腕から逃げ出そうと暴れます。
お風呂は好きですが、殿方に洗われるなんて恥ずかしい事は出来ません!
「にゃああ!にゃあ!」
「暴れるな」
首の後ろを捕まれ、抵抗できないようにされました。ぐぬぬ。
まだ諦めません!浴室に降ろされたので、そろりそろりと気付かれないように抜け出します。
「ふっくくく。諦めろ」
え?あのエルバート様が笑った!?
驚いている間に、いつの間にかローブを脱いで袖を捲くったエルバート様に再び捕まり、お湯を掛けられてしまいます。
「にゃあ、にゃああああ!」
いーにゃー!
こうして一日が終わり、へとへとになったサナリアはエルバートの隣で丸くなった。
「おやすみ」
「にゃあ」
すぐさま眠りについたサナリアは、しばらくの間、優しい手が撫でていたことに気付かなかった。