4猫になって
__あら……?何かしら……?
サナリアは身体の違和感で目を覚ました。
寝返りが上手く出来ない。手足も感覚がおかしい。
寝起きでぼんやりするままなんとか身体を起こし、右手を持ち上げる。
途端に意識が覚醒した。
「にゃにゃにゃっ!?」
サナリアの目に飛び込んでいたのは白銀の毛並みが美しい、猫の手だったのだ。
更に『なななっ!?』と言ったはずなのに、聞こえたのは猫の鳴き声。
パニック状態でじたばたと藻掻き、布団から這い出すと、全身を確認した。見えたのはしなやかな毛に覆われた手足と長い尻尾。
サナリアは猫になっていた。
「にゃにゃー!」
◆◇◆
混乱がある程度落ち着いたわたくしは、鏡台に飛び乗りました。
そこに映るのは、白銀の毛並みで、紺碧の瞳を持つ猫。
どうしてこんなことに…………。
鏡の中で猫の耳と尻尾がしょんぼりと垂れます。
……いえ、落ち込んでいる場合ではありません!元に戻る方法を探さなければ!
ぐいっと背筋をのばします。
けれど……本当に戻って良いのでしょうか……?
だって、わたくしは多くの人から嫌われている身。お父様や家族の皆には、今回の件で多大なご迷惑をお掛けしてしまった。
そんなわたくしが元に戻ったって…………。
いえ、きっとこれは言い訳ですね。わたくしは戻りたくないのです。あの、怖くて、辛くて、苦しい世界に。
わたくしがいなくなっても、困る人はいない……。
ふと、鏡の中で再び耳と尻尾が垂れているのが見えました。
いけません、気持ちが沈んでいると何事も上手くいかないもの。前向きに、前向きに!
すうっと深呼吸をして、ぴん、と耳を立てます。
人の姿に戻ろうと戻るまいと、原因を探る必要はあるでしょう。
身体に意識を向けると、自分の魔力に何か別の魔力が、覆うように展開していることが分かりました。これは、変装術の一種ではないかと思われます。しかし、人を猫に変えてしまう魔術など聞いたことがありません。これは凄腕の魔術師が行ったのでしょう。一体誰が、何のために?
それと、魔術が掛けられているため魔力操作が難しくなっていますが、簡単な魔術であれば使えそうです。
さて、この国で一番、の魔術師に心当たりはありますが……彼が協力してくれるでしょうか。一先ず会いに行ってみましょう。
◆◇◆
ケニドア学園には三つの建物がロの字型に建てられている。
生徒が普段授業を受ける一般教室と、特別教室、その他資料室等があるのは一号館。
二号館と三号館は一号館より一回り小さく、一号館の両端と繋がっている。生徒がクラブ活動をする時に使用される。活動的なのは二号館の方で、三号館は物置になっていたり図書室があったりと、物静かだ。
一号館と中庭を挟んだ向かいにあるのがホール。入学式や卒業記念のパーティーの際に使用される。
サナリアは三号館の二階の一番端に来ていた。そこにあるのは彼専用の部屋。一人が好きな彼に学園が貸している、研究のための部屋だ。夢中になると何日も籠もっているとか。
てくてくと廊下を歩きながら、ここまでの苦労を思い返して溜息を吐いた。
まず、部屋から出る事にも普段のようにはいかない。ドアノブに手が届かないのだ。いや、ジャンプすれば届かないことはないのだが、それでは扉を引くことができない。
結局、窓を開ける事に成功したため、そこから外に出ることにした。しかしサナリアの部屋は三階。飛び降りるには怖すぎる。そこで、風の魔法を使い落下の速度を落とし、二階のベランダ、一階のベランダを経由して、無事に地面に着地することが出来た。
そのままここに来た訳だが、猫の感覚は鋭く、少しの物音にもびくびくしていたため、かなり時間が掛かった。猫の身体になれるのはまだまだ先のようだ。
さて、扉の前にたどり着いたサナリアは、どうしたものかと座り込んだ。
目の前にはそびえ立つ大きな扉。
__開けられない…………!
誰か呼んできて開けてもらうか、本人が開けるのを待つか。そもそも彼は今日ここに居るのだろうか。
今日は昨晩、卒業パーティーが遅くまで開かれていたので、お休みの予定だ。
彼も、マリアと共にパーティーを満喫したのだろうから、お昼まで休んでいるかもしれない。
そう考えて、他の方法を探しに行こうかと思った時。
ぎいっと微かに音を立てて目の前の扉が開いた。
サナリアは飛び上がるほど驚いて、大げさなくらい距離を取った。
「何だ。何か用があるのか」
濃紺のローブをまとい、仏頂面でこちらを見下ろす彼こそが、この国一番の魔術師、エルバート・レイ・アーバスノットその人だった。