3婚約破棄
「サナリア・フィート・ケティライト!貴様の行いは王太子妃にはふさわしくない!よって、今この時より婚約を破棄する!」
今日は三年生の卒業パーティー。男子生徒は燕尾服、女子生徒はドレスをまとい、会場で思い思いに過ごしていた。
その中央で響いた声。誰もが振り返り、ざわめきは波が引くように収まった。
裾へいくほど濃くなる青色のドレスを着こなし、銀髪を結い上げたサナリアは、小さく息をついた。
嫌な予感はしていたのだ。
普通、婚約者のいる生徒は揃って入場するものだが、ルイフリッドは迎えに来なかった。ぎりぎりまで待ったが何の連絡も無く、サナリアは一人で入場することとなった。
そして来てみれば、ルイフリッドはマリアをエスコートして既に入場しており、側近候補達と共にマリアを取り巻いていた。
そこへ、入場したサナリアを見つけるなり、怒りの形相で先の言葉を放ったのだ。
周りの目が一気に鋭くなる。まるでサナリア一人を咎めているかのように感じられた。
「そう、ですか」
目を伏せる。悲しくはなかった。きっとどこかで、ルイフリッドのことは諦めていたのだろう。
「それではお父様に報告するため、失礼しますわ」
その場から逃げたい一心で踵を返そうとしたが、引き止める声が掛けられた。
「待て!話はまだ終わっていない!」
「そうだ!貴様の断罪が済んでいないぞ!」
「今ここで、罪を認めるのです!」
ルイフリッド、フィリップ、エリックが口々に怒鳴りつける。
__そんな大声を出さずとも聞こえますわよ。
サナリアはこてりと首をかしげてみせた。
「罪、とは、何のことでしょう?」
「はっ、とぼける気か?いいだろう!さあ、マリア。私たちが付いているから安心して話すといい」
ルイフリッドはサナリアとは打って変わって、マリアには優しく、肩を抱いて促した。
「はい……わたし、ずっとサナリアさんに酷いこと言われてて……。それだけじゃなくて、すれ違う時に足を引っ掛けられたり、教科書を破られたりして……うぅ……」
マリアは顔を覆って肩を震わせた。まるで三文芝居のようだ。
しかしその様子は彼らの庇護欲を唆ったようで、口々に慰め始めた。
「マリア……」
「よく話してくれた。貴様はこんなマリアを見て心が痛まないのか!」
そんなことを言われても、身に覚えがないのだ。
「そうですね。本当にそんなことがあったのなら可哀相だとは思います」
「なっ……!貴様、マリアが嘘を吐いているというのか!」
「そんな、ひどいですぅ」
ルイフリッドは顔を真っ赤にして怒鳴り、マリアは彼の腕にしがみつく。
__わたくしは何を見せられているの?
周りの生徒達は早く終わらせて欲しいといった視線を向けてくる。
サナリアはいい加減嫌気が差していた。
自分勝手な婚約者達。
責任ばかり押し付ける生徒達。
__わたくしの味方はどこにもいないのね…………。
「ルイフリッド様……いえ、殿下。わたくしはマリアさんに危害を加えたことは一切ありません」
「何を……」
「更に!わたくしはマリアさんの物を破損したことなどありません」
「貴様っ……」
「わたくしは!三大公爵家ケティライトの名に誓い、女神アルテイシア様に顔向けできない行動を取ったことはございません!」
おおっと周りからどよめきが走り、ルイフリッド様のこめかみがひくついている。
サナリアの誓いは、この国で最上級であり、命以上に大切なものを懸けた宣誓だった。
滅多なことでは使われないそれを、ここで、ケティライトの令嬢が行った。また、その宣誓がなされた以上、此度の一件は正式に捜査される。王太子が関係してるため、国王主導で捜査されるであろう。
「それでは皆様、わたくしはこれで失礼しますわ」
言いたいことを言い切ったサナリアは、今度こそ会場を後にした。
◆◇◆
わたくしはホールを出てその足で第二図書館へ向かいました。
ドレスの裾を捌きながら早足で、薄暗い森の道を進みます。
たどり着いたそこに、いつもの黒猫はいませんでした。
第二図書館の周りは空がぽっかり空いていて、星空がきれいに見えました。
それを見上げるわたくしの心はぐちゃぐちゃです。
大勢の人の前で、あのように強い悪意をぶつけられた。無実の罪を着せられそうになった。
……そんなこと、生まれて初めてでした。それも、婚約した五歳の頃から十一年間もの間隣りにいた、ルイフリッド様によって。
怖かった。辛かった。苦しかった。
どうして信じてくれなかったの?
どうしてそんなに憎むの?
どうして、どうして、どうして!
どうして誰も、助けてくれないの!?
「わたくしが何をしたっていうのよ…………」
「にゃあぁ」
その声にばっと振り返りました。
木の陰で金色の瞳が二つ光っていて、いつもの黒猫が姿を現しました。
「あなた……来てくれたの?」
そんな訳ない、きっと偶然。でも……。
「にゃん」
それは、「そうだ」と言ってくれているようで、見開いた眼から涙がつうっと頬を伝いました。
「ふにゃ」
黒猫が心配そうに足元にすり寄ってきます。でも、涙を止めることが出来ません。
「ふうっう……ごめん、なさい…………ありがとう」
どうやら励まそうとしてくれているらしい黒猫に、なんとか笑顔を作ります。
「わたくしも、あなたみたいな猫になれたらな。こんな辛い思いをするくらいなら、最初からいなければよかった」
それからひとしきり泣いた後、来たときとは違う道を通り、女子寮へ帰りました。
少し離れた場所では、まだパーティが続いていて、微かに音楽が聞こえてきます。
わたくしはお父様に向けて手紙を書くと、侍女のクラリスに預け、早馬で送ってもらい、床につきました。
殿下との婚約をふいにしたばかりか、印象は最悪。
お父様には不甲斐ない娘で申し訳がありません。