11剣術大会と魔術大会
サナリアは驚いていた。
エルバートに連れられて控室に入り、初めて彼が剣術大会に出場するのだと気が付いた。
細身の身体で研究室に閉じ籠もっている様子からは、剣を振う事が出来るなど信じられない。
去年はイメージ通り、魔術大会の方に出場していた。結果は優勝。一昨年も魔術大会で優勝したと聞いている。
そんな彼が、剣術大会?大丈夫なのだろうか。
しかし、サナリアの心配など必要ない程、エルバートは強かった。
闘技場に繋がる通路から、中心で戦う彼を目で追う。
ひらりひらりと、最小の動きで攻撃を避けると、フェイントを混ぜ込んだ鋭く速い攻撃を繰り出す。
あっという間に相手の手から剣を弾くと、観客からの歓声を一切無視してサナリアの元へ戻ってきた。
「お待たせ」
__いえ、そんなに待ってなどいませんわ……。
それにしても、怪我がなくてよかった。そう思いながら足元に擦り寄る。
その様子を見てエルバートはしばし動きを止めることとなった。
エルバートは順調に勝ち進んでいき、なんと、入学してから二位を保っていたルイフリッドを倒してしまった。
全く、驚きである。こんな才能を隠していたなんて。
それはルイフリッドも同じで、試合の後エルバートに話しかけて来た。
「驚いたな、エル。まさか剣術の才能もあったなんて」
「才能なんてものじゃない。それから俺のことはそう呼ぶな」
あまりの冷たい反応にルイフリッドは困惑した。
「おい、エル、どうしたんだ?何か……」
しかし、エルバートは最後まで聞かずに控室に戻っていく。
「一体どうしたんだ?」
後に残されたルイフリッドの声は、歓声に掻き消えてしまった。
◆◇◆
決勝戦、エルバート様とフィリップ様の試合です。
まさかこんな異色の組み合わせになるとは、誰も思っていなかったでしょう。観客も、一層盛り上がっています。
わたくしも、固唾を呑んで見守っています。
猫の姿でどれだけ出来るか分かりませんが、治癒魔術を準備して。
というのも、エルバート様は攻撃をすれすれのところで避けるので、見ているこちらには攻撃が当たったのか避けられたのか判断できないのです。戻ってきた彼の制服に傷が出来ていた時にはひやっとしました。
試合が始まります。
フィリップ様の攻撃は一撃一撃が重く、エルバート様は正面から受けることはせず、避けるか受け流すようにされているようです。
しばらく攻防が続いた後、エルバート様が動きました。
「くうっ」
足で砂を蹴り上げ、目眩ましをしたのです。そのすきにフィリップ様の剣に自分の剣を絡めて弾き飛ばします。
「勝者、エルバート・アーバスノット!」
審判の声にわっと歓声が湧きます。
わたくしも嬉しくてつい、その場で飛び跳ねてしまいました。
「待てっ!」
しかし、そこに待ったが掛けられました。フィリップ様です。
「先程の戦いは何だ!目眩ましなど卑怯な、正々堂々と戦え!」
会場はしんと静まります。それに怯むこと無く、低めの聞き慣れた声が応じました。
「目眩ましが違反などという規則はない。卑怯だ何だと言っていては戦場では生き残れないぞ。そんなことで審判の決定した勝敗に否やを唱える気か?馬鹿だ馬鹿だとは思っていたがここまでとは……」
「なっ!」
やれやれといった風に首を振るエルバート様。
フィリップ様は顔を真赤にしていますが言い返す言葉が見つからないようです。
「卑怯?正々堂々?とても寄って集って一人の少女を攻め立てた奴の言葉とは思えないな」
「お前っ!あの女の肩を持つ気か!?」
「当然だろう。何を不思議がる」
エルバート様が目を向けると、フィリップ様の顔色が目に見えて悪くなりました。わたくしのいる場所からではエルバート様の顔は見えないのですが、何となく怒っているような気がします。
「審判」
「は、はいっ」
エルバート様に急に呼び掛けられた審判さんは声が裏返ってしまっています。
「あ、えっと、優勝は、エルバート・アーバスノット!賞品として、ブラックメイス工房の短剣を授与致します!」
通路から係の女性が短剣を持って中央に来ると、恭しく差し出します。
エルバート様はそれを無造作に受け取ると軽く振り、こちらに戻って来ました。
「ええと、優勝者の一言は……」
審判さんの困惑した言葉も無視すると、出入り口でわたくしを拾って、そのまま帰ってしまったのでした。
◆◇◆
「何で……?エルが剣術大会に出るなんてありえない……。シナリオがおかしくなってるの?あっ、そうだわ、あの悪役令嬢!あいつがバグっているせいね!早く始末しなきゃ。もうっ、せっかく順調に攻略できたのにまだ邪魔するなんて、最悪!ルイ達は大丈夫そうだけど、エルはどうなってるのかしら?明日は声を掛けておかなくちゃ」
◆◇◆
驚くことに、エルバート様は翌日の魔術大会にも出場されました。二つの大会に出られるなんて、大変珍しいです。お父様や国王陛下は出場されたそうですけれど。
開始前にマリアさんが話し掛けていらっしゃいましたが、エルバート様は完全に無視をされていました。好きな方にそんな態度で良いのでしょうか。
わたくしは昨日と同じように、闘技場の通路でエルバート様の試合を見学していました。
エルバート様は、それはもう圧倒的でした。相手に魔力を大量に叩きつけ、魔力酔いを起こさせ、その場から一歩も動くこと無く倒していきます。それを五人以上に繰り返しているのです。魔力量の凄さが窺い知れます。
そして、気が付くと決勝戦、エルバート様とマリアさんの対決です。




