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悪役令嬢、猫になる  作者: 舞原文花
本編
10/16

10恐怖の跡


 優しく頭を撫でられる感触に、目を覚ましました。

「あ…………目が、覚めた……?」

 目の前にはエルバート様の呆然とした顔。

 どうされたの?

 そう聞こうと口を開きました。しかし……。

「にゃ、けほっけほっ」

 喉が張り付く不快な感触に、堪らず身体を丸めて咳き込みました。

「っ!『水よ』!」

 エルバート様はすぐさま水を呼び出して、わたくしを抱き上げると、口元にあてがって下さいました。

「ゆっくりでいい」

 そう、気遣ってまで下さいます。

 少しずつ水を飲み、喉が潤ったところで口を離しました。

「もういいのか?」

「にゃあ」

 しゅうっと水の塊が消えていきます。相変わらず、綺麗な魔術でした。



 ここでわたくしは自分の状況を確認いたしました。

 わたくしはまだ猫のまま。ここはエルバート様の寝室です。

「よかった、目を覚まして」

 エルバート様はわたくしを抱きしめて、とても嬉しそうで、どうやら心配を掛けてしまったようです。

「にゃにゃにゃ」

 ごめんなさい、という気持ちを込めて鳴きました。自然と耳がぺたんと倒れます。

「…………」

 エルバート様は何も言わずにわたくしを撫でて下さいます。

 優しい手。こんな風に撫でられたのは、随分と久しぶりです。嬉しくて頭を擦り寄せました。



 あの時、わたくしは瀕死の重傷を負ったそうです。そこへ帰りが遅いことを心配したエルバート様が探しに来て下さり、治癒をして下さったということだそうです。それから二週間以上も経っていたことには驚きました。

 ……思い出すと、あの時の恐怖が蘇ります。あれほど強い怒り、恨み、負の感情を向けられたことはありません。マリアさんに、わたくしは一体何をしてしまったというのでしょう。

 暗い感情に淀んだ目。

 憎々しげに歪んだ顔。

 身体中に走る鋭い痛み。

 意識が戻って数日経っても恐怖は消えず、ぶるりと身体が震えます。

「ふにゃあ!にゃああ!」

「大丈夫、大丈夫だから」

 毎夜魘されるわたくしに付き添って下さるエルバート様に申し訳なく、でも側にいてくれることを嬉しく思いました。

 エルバート様は学園も休み、部屋でずっとわたくしの側にいて下さります。

 それは、猫であるわたくしのため。

 サナリア・ケティライトのためではなく。

 わたくしがサナリア・ケティライトだと知ったら、彼はどんな反応をするのでしょう。

 大切なひとであるマリアさんをいじめたわたくしを、許しはしないでしょうね。勿論、そんなことはしておりませんが、殿下もエリック様もフィリップ様も、誰も信じてはくれなかったのです。

 エルバート様も……。

 つきり、と胸の奥が痛みます。

 わたくしは……。

 わたくしはいつまでこのままなのでしょう…………。



◆◇◆



 剣術大会、魔術大会はケニドア学園の一大イベントだ。その名の通り、剣術と魔術で勝負をする。試合はホールの裏にある闘技場で、一対一のトーナメント形式で行われる。また、親族や騎士団、魔術師団の人間も見学に来る。ここで腕を見せれば、推薦状を貰うことが出来るため、参加者には皆、気合が入る。恋人にいいところを見せようと奮起している騎士候補生も多い。

 今年も恋人にいいところを見せたい三人の男たちが燃えていた。

「今年こそは勝たせてもらうぞ、フィリップ」

「いいえ、勝つのは私です」

「ま、勝ちを譲る気はないがな」

 ルイフリッド、エリック、フィリップの三人は各々の剣を手に、控室に向かった。

 その途中。

「ルイ、リック、フィル!今日は頑張ってね!」

 マリアが駆け寄ってきて、三人に声を掛けた。それだけで三人の顔は緩む。

「あれ?エルは?」

 マリアはエルバートの姿がないことに首を傾げた。

 三人はマリアが友人とは言え、他の男に意識を向けたことに眉を寄せる。

「あいつには最近会ってないんだ」

「どうして?」

「さあな。勝手にさせとけば」

 フィリップが突き放したように言うと、マリアはむっとした顔をつくった。

「お友達に、そんな言い方はないんじゃないかなあ」

「わ、悪かったよ」

「よろしい」

 フィリップはマリアに嫌われないように慌てて謝った。それを受けてマリアは大仰に頷いて見せ、ルイフリッドとエリックが笑っている。

 一見、幸せそうな学生生活の一幕であるが、その内情はぐちゃぐちゃに歪んでいることに、どれほどの人が気付いただろう。

「マリアも、明日は魔術大会に出るんだろう?」

「頑張れよ」

「ええ!優勝しちゃうんだから!」

「私達は一番近い席で応援させて頂きますね」

「うん!じゃあね!」

 マリアは応援席の方へ駆けていき、三人は控室に入る。

 間もなく、試合開始の鐘がなった。



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