1サナリア・ケティライト
もう嫌だった。
何をやってもうまく行かない。
誰も助けてくれない。
それどころか、皆悪意をぶつけてくる。
わたくしが何をしたというの?
わからない。
どうしてわたくしなの?
わからない。
何が、いけなかったの?
わからない。
◆◇◆
サナリア・フィート・ケティライトは公爵家の長女として生を受けた。
母親譲りの美しい容姿と白銀の髪に、父親譲りの紺碧の瞳。
衣食住に、勉学、何不自由のない暮らし。
その上、婚約者の存在。
唯一、取り巻き以上の友達は出来なかったが、幸せだった。
それが壊れたのは、彼女が16歳のこと。
シドレイズアニア王国には王都に大きな全寮制の学園がある。
名前はケニドア学園。
そこは十五歳から十八歳の王侯貴族の子息息女が通うことを許される。
彼らはここで、様々な座学、芸術、体術や魔術等を学ぶ。
同時に、将来のための人間関係を築かなくてはならない。言わば小さな社交場である。
この年、ケニドア学園は異様な雰囲気に包まれていた。
要因は三つある。
一つはこの国の王太子、ルイフリッド・テオ・ジース・シドレイズアニアが三年に在学していること。
王族の血が濃い証である、深い金髪にサファイアのような瞳を持ち、文武両道、学園内外を問わず人気の完璧な王子様。
一つはその王太子の婚約者、サナリア・フィート・ケティライトが入学してきたこと。
成績優秀、容姿端麗、未来の王妃に相応しい人物は他に居ないと言われている。
一つは元平民の男爵令嬢、マリア・ライジットが入学してきたこと。
ふわふわとした桃色の髪に茶色の瞳、庶民色に染まった言動の女の子。
稀に、平民の中にも魔力量の多い者が現れる。貴族の落し子であったり、没落した貴族の子孫であったりが理由だ。
魔力とは日常生活を送るにも必要な力だが、時として人に牙をむく。禁術や呪術の類がそうだ。
魔力量が多い者はそれらから身を、周りを守るため、学園で学ぶ必要がある。
これは国で定められており、平民の場合、貴族と養子縁組をしてからの入学となる。
マリアはお忍びで下町に降りてきたカンザニア領の子息を助け、膨大な魔力を持つことが発覚した。
そのため、カンザニア家の系統であるライジット家と養子縁組をして、学園に入学することになったのだ。
しかし、マリアにはこの学園に通うに当たり不適格な部分があった。
教養だ。
14歳で貴族の仲間入りをした彼女には、身分やマナーについて学ぶ時間が圧倒的に足りなかった。
当然、14年間を平民として過ごした彼女と貴族の子息息女では考え方がまるで違う。
学園は子供の学びを阻害しないように「平等」を謳っているが、それにも限度があるし、それ以前に貴族間の暗黙の了解というものがある。
彼女はそれらを一切無視し、平等を盾に自由に振る舞った。それはもう自由に。
良く言えば無邪気で天真爛漫。悪く言えば品性下劣。
多くの生徒が彼女の振る舞いに顔を顰めた。
ところが、極一部の生徒が彼女を擁護し始めた。
よりにもよって、王太子とその側近候補達だ。
宰相子息のエリック・ユール・ウールフォード。少し長めの青髪に紫の瞳は切れ長で、常に理知的な表情を浮かべている。成績は常に上位。
近衛騎士団長子息のフィリップ・ルージ・ハーウィール。燃えるような赤い髪に緑の瞳。体の弱い長男に代わり、父の後を継ぐため修練している。
魔術師団長子息のエルバート・レイ・アーバスノット。この国では珍しい黒髪に、金の瞳。内包する魔力量は膨大で、扱える魔術は幅広い。歴史上にも類を見ない天才と言われている。
皆優秀で、将来を約束されている者たちだ。
しかし、彼らはマリアに夢中になり、次第に問題行動を起こすようになった。
授業に出なくなっただけならまだ良かった。大声での談笑、通行の邪魔、果てはマリアと目が合っただけで嫌味と敵意をぶつけてくる始末。
それでも、実質学園の頂点に位置する彼らに、誰にも口を出せない。
唯一人、王太子の婚約者を除いて。
生徒だけでなく教師まで、サナリアを頼った。
マリアに関わるなと言う王太子側。
彼らを諌めて欲しいと言う生徒側。
サナリアはその板挟みになっていた。
ご覧下さりありがとうございます。
初めての投稿で、至らない点も多々あるかと思います。
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