クエスト受注と国家資格
「……ノーラン様、ご存じのとおり『第一種 解毒治癒魔法士』は今大変な人材不足でして。他ギルド様からの同様のご依頼もありまして、なかなかすぐにというわけには……」
「ううむ……それは分かっとるんだ。ただ、そこをなんとかならんもんかね?」
(ん? こんな商売人が……)
目の前の男、名はノーランというが、冒険者ギルド「アッシュ・クリフ」の事務方トップといって差し支えないはずの立場である。そんな男が、先ほどのブラフもどこへやら、あっさりと感情を露にしてしまっている。よほど切羽詰まった事情があるということだろうか。
「まったく、あのいまいましいカエルのせいで……」
(おや、この言い方……)
「今回のご依頼、ひょっとしてカエルの討伐がらみではないので?」
「……そういうことだ。こっちとしては、いい迷惑だよ」
二人がいう「カエル」とは、この場合「ヴェノムフロッグ」というカエル型モンスターを指している。近年このモンスターが首都近郊で異常発生しており、国からも常に高額報酬の討伐クエストが出されているような状態だった。
なぜそのことが、「第一種 解毒治癒魔法士」の人材不足につながるのかというと……。
「まったく、クエスト受注に資格が必要なんて面倒な規則さえできなければな」
「……冒険者の安全を考えた、宰相閣下のご厚情です。止むを得ませんよ」
帝国では、他国に先んじて様々な分野で国家資格制度の整備が進められている。魔法技能もその例外ではない。
特に最近になって、そういった国家資格がクエスト受注の必須条件になることがあるのだ。
ヴェノムフロッグ討伐クエストは、その典型例だった。このモンスター、色違いで何種類かのタイプがいるのだが、全タイプに共通する特徴として体液に強い毒性を持つ。それへの安全な対処のため、この討伐クエストの受注には、解毒魔法の資格保持者のパーティ参加が義務付けられていた。
つまり、各ギルドとも有資格者を集めた分だけ高額の「おいしい」クエストを受注できるとあって、人材の奪い合いが起こっているのである。
「……そういえば、宰相閣下にこの制度の導入を進言したのが、かの高名な『採用士』殿であるなんて噂を耳にしたが……」
「ご冗談を……。確かに宰相閣下にはなにかと目をかけていただいておりますが、まだ開業一年そこそこの弱小ギルドに、そんな力があるはずが」
無論、嘘である。冒険者の安全という大義名分にかこつけて、自分達の商売に有利な制度を、リクトたちの必死のロビー活動の結果認めさせたというのが本当のところだ。有資格者がいなければ仕事の受注すらできないなどという制度ができれば、多くのギルドがそういった人材の確保のため、「唯一の採用士ギルド」たる自分たちに依頼にくるに決まっているのだから。
もっとも、カエルの件では少々効果がありすぎて、リクトたちにとっての商品、すなわち条件を満たした人材のほうが底をついてしまうといった状態ではあったが。
「そんなことよりノーラン様。カエル退治でないとすれば、結局なんのための採用なんです? 御ギルドにとって、よほどの重要な案件に関わる話とお見受けしましたが?」
「……やはり、話さんとだめかね? 君のいうとおり、重要な話でな。あまり漏らしたくはないんだが……」
「ノーラン様ご自身が、先ほど仰ったではありませんか。これでも宰相府公認の、唯一の『採用士ギルド』。お客様の秘密を漏らすような真似はいたしません」
「そうだな……いや、これは失礼した。ご無礼をお詫びしよう」
「滅相もない。それで、今回のご事情というのは……?」
「実はな……」
「……なんと、そんなことが……」
「頼むから、他に漏らさんでくれよ。うちとしても、今後のギルド運をかけた話なんだ」
「もちろんですよ、ノーラン様」
(これは、ひょっとするとかなりおいしい話に……。本当なら、エミリやカノンにも相談してからにすべきなんだろうが……)
「ノーラン様」
「なんだね?」
「少し、ご提案があるのですが」――
8/7 改訂