採用要件
「……手数料が、想定される年収の四割?」
リクトの目の前に座る、恰幅のいい男性が、いぶかしげな声を上げた。
「そうです。仮にその人材に600万の年収を支払うことになったとすれば、その四割の240万を手数料としていただきます。もちろん、一人につきいただくのは一度だけですよ」
「ずいぶんと高額なんだねえ。それに、料金が事前に決まっていないというのは……」
「私どもが扱う商品は『人材』です。年収というのは、いわばそちらでその人材にいくらの値を付けたか、ということですから、それによって手数料が上下するのは当然かと」
「ううん……」
眉をひそめ、いかにも「苦悩してます、私」といった雰囲気を全開にしてみせる男。
(ようやるわい、このおっさんも。そのくらい、下調べしてないわけないだろうに)
「しかし、よそでは年収の二割五分だったこともあると聞いているが」
「よくご存じで」
(ほら、ちゃんと調べてんじゃないの)
「……ただ、それは一般職の場合ですね。今回は、専門職の有資格者をお探しとのことですので。同様のケースでは、皆さま同じ手数料を頂戴しております」
「うーん……だがな……」
リクトは、その組織に必要な人材を他からスカウトし、転職の仲介をすることで手数料を稼ぐ、ヘッドハンターである。この業界の本来の相場からいえば、「想定年収の四割」という手数料でさえ、むしろ安いくらいなのだ。
目の前の男にしても、特に競争の激しいこの首都で、創業五十年を超える老舗の経営を支えてきた番頭的存在と聞いている。そんな切れ者が、商談において相手のサービス料金程度のことを事前に調査していないはずがない。この三文芝居が、手数料を負けさせるためのブラフであることは明らかだった。
「……いかがでしょう。ここは先に、採用要件を詰めさせていただいて、手数料の話はその後、ということでは?」
リクトに、自らのサービスを安売りする気は全くない。とはいえ、せっかくの新規顧客との商談をただ停滞させるのも、得策とはいえまい。他に妥協点が見いだせるなら、そうすべきだろう。
「……そうだな、まずはそうさせてもらおうか」
一瞬の逡巡のあと、男はそう言った。
(……なるほどな。ケツに火がついてるのは、間違いないか)
「人は石垣、人は城、人は堀」「事業は人なり」。かの有名な戦国武将と、総合電機産業の創業者がそれぞれ語った名言ではないが、結局のところ、組織は人なのだ。
必要な人材が採用できなかったことで、大きな受注を逃す、開発競争で後れを取る、組織運営に支障が生じる……。人材不足の悩みは、経営に必ずついて回るもの。
見るからに商人気質のこの男が、金のことを一旦棚上げにしてでも話を続けようとする。その事実が、今回の採用が相手にとってそれだけ重要、かつ難航中であることを証明しているように思われた。
「それでは、まず、年齢ですが……」
「若手が希望なんだ。高くても、三十五歳まで」
「若手は競争が激しいですよ? どこも欲しがりますから」
「わしもそう言っとるんだが、配属予定のチームリーダーが三十六歳なんだよ。新人がそれより上だと人間関係がぎくしゃくすると、現場からの要望が強いらしくてな」
仕事の内容が内容である。多少の人間関係がなんだというのだ、という気がしないでもないのだが……。
「まあ、仕方ありませんね。それでは、学歴は?」
「学卒以上で」
「これはまた……私立や専門卒は? 有資格者であれば、実務にそれほど差はないですよ?」
「今回は専門職だからな。うちの採用基準だと、学卒以上でないといかんのだ」
まず学歴ありき、という悪習は、どこでも変わらないものだ。確かに、それはそれで一定の合理性もあるのだが……。
(それにしても、年齢だの学歴だのに拘りすぎな気がするが……。とりあえず、話をすすめるか)
「なかなか厳しい条件ですね。それで、結局なんの有資格者をお探しなんです? ひょっとして……」
「『第一種 解毒治癒魔法士』だ」
……それは、解毒系統魔法の最上級資格。合格率10%未満の難関資格でもある。
「やはり、それですか……」
最初から、うすうすそうだろうとは思っていた。
他の五つもの冒険者ギルドから、同じ依頼がきているのだ。
大陸北部の、山がちだが広大な大地を版図とするバステア帝国。
帝国首都、ブレナポルタに居を構える、冒険者ギルド「アッシュ・クリフ」
その本拠地の館での、リクルート活動の一幕である。