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いつも空を見ている②  作者: 汪海妹
8/11

傷つけられない自信













傷つけられない自信












千夏













次はいつ、あんなふうに彼はわたしを抱きしめるんだろう?


彼がドアを開けて帰ってしまったあの朝から、何をしていても頭の奥にその疑問があった。もう一度あのくらい安心して、ぐっすり眠りたい。ずっと長い間、ずっとずっと心と体のどこか一部分にぎゅっと力を入れたまま生きていた。わたし、ずっと疲れていた。


彼に抱きしめられて眠るまで気づいてなかった。自分がそこまで疲れていたことに。


小さい頃はお父さんとお母さんが守ってくれて、毎日安心してたと思う。大きくなったら、自分で自分の身を守るものだと思ってた。小さなナイフみたいなの持って、心の中に。


男の人って、どっちかっていうと、何かあればナイフを向けなければいけない対象だったんだと思う。わたしにとって。いつも、どこか気を抜けない、怖いものでしかなかった。家族でも友達でもない男の人って。


親に頼らなくなってからは、わたし、ずっと一人だったんだな。


この世に家族以外の人で、そういう自分の力を全部抜いて、安心させてくれる人がいるなんて、わたし、知らなかった。


だからといって、恋愛偏差値の低いわたしから何か言えるわけでもなく、わたしは大人しく待っていた。樹君がまたわたしに声をかけてくれるのを。帰りがけに一緒に帰ろうと言ってくれないかなと思ってみたりして。わたしたち家近いし。


でも、水曜日も木曜日も1人で挨拶して帰っちゃった。


がっかりした。

でも、言えなかった。自分から一緒に帰ろうとか。


よく考えると、わたし、自分から男の人に会いたいとか言ったことない。自分が会いたいと思うより前に、相手が会いたいと思って連絡が来ていた気がする。今までは。


年上の女から、しかも、上司だし、声かけて断られるとか、なんか嫌だよね。

金曜日に、仕事終わってからやっと声かけられた。


「今晩、何か予定あるんですか?千夏さん」


持っていた資料で、口元隠した。なんとなく。嬉しくて笑ってしまうのを見られたくなくて。


「特に何も」

「一緒にご飯食べませんか?」


いいよ、とか、オッケーとか、今までどんなふうに答えてたっけ?思い出せない。


「はい」

「何時から出られます?」

「今からでもいいよ」













千夏













地下鉄乗って、家の近くで降りて2人で歩く。手をつなぎたかったけど、自分からはつながずに。


「何食べたい?」

「生牡蠣」

「他には?」

「なんでもいい」

「飲み物は?」

「白ワインがいい」


ワインはよくわからないと言って、彼女に選んでもらう。生牡蠣が来ると、レモン絞って赤いカクテルソースかけてる。


「おいし~い」


顔いっぱいでにっこり笑った。その笑顔は今まであまり見たことがなかった。


「千夏さんってそんな顔もするんですね」

「どんな顔?」

「かわいい顔」

「今までかわいくなかったってこと?」

「いや、そうじゃないけど。いつもより子供っぽかった」

「……。すみません。30なのに」


縮こまった。


「そういうつもりで言ったんじゃないよ」

「じゃあ、どういうつもり?」

「初めて見たから」


いつもはもっと落ち着いてる。穏やかに微笑んでるイメージだった。


「どっちの顔が好き?大人と子供」


ちょっと考える。


「どっちが好きかとかはどっちでも。だって、どっちだって千夏さんだし。ただ……」

「ただ?」

「あなたが僕といて寛いでたら嬉しいです」


そこまで言ってワイン飲んだ。さっぱりした味だった。


「牡蠣、食べないの?」


笑った。


「食べたいだけ食べちゃって。余ったら食べる」


この前のあれってあれでも一線越えたって言えるのかなぁ?でも、少なくともあの夜を境に僕の気持ちは変わった。この人はどうなんだろう?聞けば答えてくれるんだろうか。


「全然、食べないね」

「ああ、すみません」


ぼうっとしてた。


「謝んなくてもいいけど。なんか、わたしといると食欲なくなるのかと思うじゃない」

「考え事してて」


あなたのことばかり最近考えてる。それは口に出さなかった。僕ばっかりいつもこういうこと言ってる。言っても言っても返してくれないし。


「まだ何か追加する?」


そう言ったらメニュー覗いてる。


「嫌いな物ないの?」

「特には」


今までこの人を口説いてきた男の人たちはやっぱり雨あられと甘いことばを降らせたのかな?僕のことどう思ってるの?そう聞きたいけど、彼女がそれに答えるイメージが浮かばない。先輩達と同じ轍は踏みたくない。


「明日と明後日」


千夏さんがこっち見る。


「トレーシーの留学時代の友達が日本から来るんだって。旅行で」

「そうなんだ」

「なんか彼氏と彼女らしくてさ。1人で相手するのがつまんないからって僕もつきあうことになって」


ちょっと無表情になって、ふうんと言った。


「ロス観光してなかったらちょうどいいでしょってトレーシーが」


そっと目を伏せた。彼女の睫毛を眺める。


「そうだね。ちょうどよかったね」


お皿の上の物をフォークで口に入れて、僕と目を合わせないで窓の外にちょっと視線を投げた。少しだけ、少しだけつまらなさそうにしたよね?今。


「千夏さんも行きたい?」


口を開けて、ちょっとだけ言い淀む。


「いつきくんとかトレーシーと同年代の子でしょ?わたしが行くと気を使わせるからいいよ」


きっぱり断られちゃった。


食事終わった後、ほろ酔いの彼女を家まで送る。途中からあのご機嫌がなくなっちゃった。里香さんに策は預けられたけど内心とても不安で、それもあって手をつないだ。つなぐとやっぱりこっち見た。


「今日も前みたいに振りほどく?」

「……」

「千夏さんは抱きしめても怒らないけど、手つなぐのはやなんでしょ?」


立ち止まって見つめ合ってる僕たちの横を週末で浮かれている人たちがスーツや私服や様々な様子で通り過ぎる。道路は車で込み合っていて、クラクションを鳴らし合っている。春先、まだ肌寒い。


彼女の手を握りながら、返事を待って見つめながら、この前僕の腕の中で眠ったあの様子を思い出して、体の芯が熱くなった。


「やじゃないよ」


そう言う彼女の声を聞いた時、思わず握る手に力がこもった。


千夏さんは一緒に仕事をしていて、いつも落ち着いた大人の女の人だったけど、この前抱きしめた時は僕より小さくて、今日、握った手も僕の手より小さい。2人で黙って手をつないで歩くと、ついてくるその様子が、なんだろう?子供とはいえない。ただ、僕より弱かった。


この人、今日、僕に甘えている。たぶん。


家の前まで来ると、彼女は何も言わずに僕の手を引っ張って階段を上ろうとした。僕はそっと手を離した。


「寄ってかないの?」


小さな声だった。すごく揺れた。でも、きっと今日この階段を上ってしまったら、僕は僕を抑えられない。


「千夏さんの部屋にはもうあがれない」

「どうして?」

「あなたが好きだから」


彼女、変な顔をした。


「嫌いだからじゃなくて、好きだから上がらないの?」

「僕はいい加減な気持ちじゃないから、千夏さんがどんな気持ちで誘っているのかわからないけれど、軽い気持ちなら応えられません」


もっと変な顔。しかめ面した。


「そんなにかたい人だったっけ?」

「僕はあなたを傷つけない自信があるけれど、でも、あなたに傷つけられない自信がないです。千夏さんに傷つけられるのは何より痛そうだ」


にこっと笑う。ここで負けたら、日本海溝に吸い込まれる。


「僕もうこれ以上傷つきたくないんです。女の人のことで」

「じゃ、もう終わりってこと?」


あっさりとそんなこと言われた。何でもない風に。結構きつかった。


「千夏さんが……」


やっぱりこの人のこと、好きだけど信じられない。好きだからこそ、前に進んで、捨てられたら、きっと立ち直れない。


「ほんとに僕のこと好きって信じられたら、終わるんじゃなくて始めよう」


彼女の目からも閉じた唇からも、何も感じ取れなかった。無表情。そして言葉もない。遠い。こんなに近くに立っているのに。こんなに遠い。


「じゃあ、月曜日に」


彼女に手を引かれるままに上へ上がれば、心はともかく体だけは近くに立てたのかもしれない。でも、彼女ほんとうにわからない。土壇場で急に止めてというかもしれないしね。


背中を向けてその場を立ち去る。少しずつ磁力みたいな魔力みたいな力から自由になる。













千夏













恋愛の仕方なんて、知らない。それでも今まではよかった。だって、去る者を追いたいとか思ったことがなくて。ただ、それで失敗して後悔したんだったよね。今年のお正月に。トモに恋愛偏差値トモより低いって言われたもんなぁ。


それは当たってるわ。

だから、結局、今晩も1人で寝るわけか。


去る者を追いたいと思っているのは、誰かに執着してるってのは、わたしはその人の物になったってこと?支配されてるんだろうか?こういうの慣れないなぁ。


いいなと思っても、のめりこみたくない。


でも、のめりこまなきゃ、多分、わたしがのめりこんでるって思わなきゃ、樹君手、出してこないわ。


ソファーに寝そべって天井を見る。

やだなぁ。また1人で寝るんだ。目を閉じた。今日も、明日も、明後日も。


恋人は欲しかった。それが、夫でもよかった。1人でいたいわけじゃない。

ただ、1人でいられない自分になりたくなくて、依存したくない。


わたしが何か間違ってるのかな?


他人がわたしの中に入り込んでくる。彼とつながってしまったら、体の中と心の中に深く、彼が入り込んでくる気がする。それでいいんだろうか?


きっと、一度そうなると、わたしは、彼がいないと生きていけなくなる気がする。

それは、怖いな。


わたし、今まで誰とも、そこまで深くつながったことなんてない。


どうすればいいんだろう?


樹君の手をひっぱって階段を上ろうとしておきながら、今更ながら彼が来なかったことに安心している。わたしはまだ、わたしがよく知るわたしのままだ。


樹君も、怖いんだろうか?だから、最初みたいに気軽に向かって来ないの?


千夏が今1人なのは、千夏の責任だ。千夏が変わらないかぎり、誰も助けてあげられない


トモに言われた言葉をまた思い出す。

一樹君のことを本当はどこかで待ってた。それなのに、自分から何もしなかった。それで、他の人と結婚しちゃった。確かにあの時、わたし、悲しかった。落ち込んだ。


だから、わたし、1人でいたいなんて思ってる人間じゃないんだと思う。本当は。

1人でいるのが好きなら、こんなにぐちゃぐちゃいろいろ考えたりしないよ。


どうしよう?また、何もできなくて、また、一樹君のときみたいに、後悔したら?

この世にひとりぼっちで取り残されたって、もう一度あの夜みたいに思うのは嫌だ。お父さんやお母さんがいなくたって、わたしは1人じゃないって、もう一度安心してぐっすり眠りたい。怯えるのも、身体のどこかを硬くしながら生きるのもいやだ。

























「おお!すごい。本物初めてみた」


キャーキャー騒いだ。日本人3人で。ハリウッドのあの白い文字。山の上にある。


「トレーシーはすごいって思わないの?」

「たいしたことないな」


そう。出身からしてロスなんです。トレーシー。


「雪国の人が、雪の降らない地域で雪が振ってキャーキャー言ってる人を見て意味がわからないのと同じような気分だ。今」


なんだ?その、よくわかるようなわからないような例えは。


トレーシーの留学時代の友達は、つきあい始めたばかりなのか無茶苦茶仲良くって、トレーシーが一人で相手したくないと言ったのも分かる気がした。2人で出迎えたものだから先方も誤解して、最初は僕とトレーシーがつきあってるか、でなきゃいい感じになってると思ってた。


「樹は年上に片思い中だ」


勝手に人のことべらべらしゃべって、全否定してた。トレーシー。


「人のプライバシーについてばらさないでよ」

「どうだ。最近は?」


トレーシーの友達のゆうくんとかおりんもこっち見てる。


「どうもこうもないです」


折角、忘れてたのに。久々に。


「まぁ、千夏は難しい。しょうがない」


名前までばらすなよ。こいつ。ほんとに。


「千夏さんって?」


かおりんが聞いてる。


「写真見るか?」


わ~。ひとしきり歓声。


「午後は海、行こう。夜は夜景だ」


海もきれいだったけど、高台から見た夜景がきれいだった。


「な、ロスはいいところだろ?」


郷土愛なのか、トレーシーが自慢する。


「アメリカが好き?」

「祖国を好きじゃない、人間なんているか?」


難しい日本語知ってるな。トレーシー。


「じゃあ、なんで日本に留学したの?」

「それは、縁だ」


そんなことをポンポンいう。


「わたしは二番目に日本が好きだぞ」


千夏さんがトレーシーを好きなのが、ちょっとわかった気がする。最近。


「ここは、きれいだね。なんか、気が晴れた」

「そうか。じゃあ、今度は千夏を連れてくるといい」


一緒にきれいなものを見て、きれいだねって言いあって、


「うん。そうだね。彼女がいいと言えば」


おなかすいたねって言って、手をつないで帰る。


「でも、千夏さんは難しいからなぁ」


そういう普通のことが欲しい。寒いね、暑いね、おいしいね、とかそういう普通のこと。言葉に出して確かめ合うのが、千夏さんだったらいいのに。


「やっとわかったか」


トレーシーが嬉しそうに笑う。


「でも、千夏が難しいと思ってる今の樹なら、届くかもしれない」


不安で苦しいときに慰めてくれた。トレーシー。


「本当に?」

「本当だ。今の樹なら反対はしない。千夏には幸せになってほしい」

「トレーシーはまっすぐだな」


トレーシーがこっち見た。


「そのまっすぐは英語にするとなんになる?」

「ええっと」


トレーシーが笑った。


「まだまだだな。ちゃんと勉強しろ。樹。時は待ってくれないぞ」













千夏













「暇?」

「……」

「暇じゃないの?」

「あのね、千夏。わたしが週末は仕事入るって知ってるでしょ?」

「夜は?」

「どうしたのよ。珍しいわね」

「……別に」

「上条君とデートとかじゃないの?」

「ええっ?」


なんか、話してたっけ?わたし。里香に。


「ほっとかれたんだ」

「……」


里香の会社の近く、ビール飲みながら待つ。金色の夕方。そのうち夜が来る。里香は夜はメキシカンがいいといっていて、だから、待ち合わせたらお店を換える。早い時間から週末に1人でお酒を飲む女を、ほっておかない男もいる。何人かに声かけられた。連れが来るからと断る。


この昼から夜へ変わる時間帯にぼおっとしているのが苦手。1人でいたくない。わたしは朝よりも昼よりも夕方よりも、夜が好き。夜は見たくないものを見ずに、そこに本当はない幻の見たいものを見せてくれるから。


そして、その幻を消してしまう朝の光が嫌い。

それから、過去を思い出させる夕方の光も嫌い。


「千夏」


手を挙げて里香が入ってくる。今日はこの人のはつらつとした空気にすがりたかった。わたしとは違うテンポ、わたしとは違う哲学。


「なんて顔してんの?まったく」


でも、2人とも知ってる。違うは違う。でも2人よく似ている。いろんなとこが。人生においてそこそこにいい物を知ってるから、妥協して前に進めない。そして、2人ともひとりぼっち。


「一服だけさせてよ」

「ここ禁煙席よ」


ため息つく。


「じゃあ、もう行こう」


2人そろうと周りの男の人にちらちら見られる。ほっといて歩く。そういうのにいちいちウキウキしたのも昔の話で。


お店に入ると、喫煙可の席へ行って、たばこを吸う。里香。


「何か変。どうしたの?千夏」


里香は最近、彼氏とかいるんだろうか。そういえばわざわざ確かめてなかったよね。


「里香は最近、彼氏とかいないの?」

「なに?急に」

「男の人の話、しないね。最近」

「ご飯食べに行くくらいの人はいるよ。でも、急いでどうこうなりたいみたいなピンと来る人は……」


ふ~、と煙を吐く。この人はわたしの知っている女の人の中でわりときれいにたばこを吸う人。


「もう何年もいないかなぁ……」


お店の端っこに置かれた観葉植物の緑。陽気な音楽。美しい女友達。


「どうしたの?わたしから振って渋々話すくらいで、恋バナ嫌いなあなたが」

「……」

「もしかして好きな人でもできた?」


は~。ため息が出る。お酒を飲んだ。


「30にもなって、女子高生みたい」

「心が若いってことで、いいんじゃないの?それに30だって恋はするでしょ。フツーに」


自分の幼さが嫌だ。この部分だけはちっとも成長してない。


「あなたに、彼氏がいるのは散々見てきたけど」


片手にタバコ、片手にお酒のグラスをもって、マスカラたっぷり塗った目で里香がわたしを上目づかいに見る。


「あなたに、好きな男がいるのを見るのは初めてよ」

「ええっ?」

「だって、なんか悩ましいじゃない。今日は。今まで、そこまで悩んでるの見たことないけど」

「……」

「上条君なんでしょ?」

「……」


里香があきれた声を出した。


「あんたね。さっきからやたら黙ってるけど、もう、それこそいい大人なんだから、認めなさいよ。わたし、大体本人じゃないじゃん」

「はい」

「よし。とりあえず」


里香が勝手にお酒を追加している。なんか今、説教部屋に入った気がするんだけど。


「で、何を悩んでるの?お姉さんに言ってごらん?」


昨日、家の前で帰られた話をした。里香、しばらく大笑いした。


「そんなに笑って、失礼だと思わないわけ?」

「だって、なんか男と女の立場が逆転してない?」


たしかに。


「そんな減るもんでもなし、何を出し惜しみしてるんだってちょっと思ったわよ」

「散々もったいぶったから仕返しされてるだけじゃん」


そうなの?


「大体さ、千夏は、自分で分かってないのかもしれないけど、愛情表現が皆無なんだよ」

「え?」

「あんたが彼のこと好きだなんて、1ミリも信じてないわよ。上条君」

「なんであんたがそんなこと言うわけ?本人でもないのに」

「だって聞いたもん。本人に」


なんですと?


「砂漠を水なしで歩いてたら、どんな男だって死ぬんだって」

「は?なんの話?」

「そのくらい、何も言ってないし、やってないでしょ。相手に」


そうなの?そうなのか?


「まぁ、飲みなって」


楽しそうだな。里香。今日。


「具体的に何をするわけ?」

「だから、君は僕の太陽だ、みたいなのをだね」


いや、それは男だろ。


「ええっと、あなたはわたしの王子さま、みたいな」

「絶対いや」


ぐいっと。


「大体里香はそんなのやるわけ?」

「やるわよ」

「あんたはそういうキャラだからいいけど、わたしが言ったら歯が浮く」

「見たいな~。千夏の歯が浮いているところ」


歯が浮くって結構すごい日本語だな。絵にできないじゃん。


「でもさ、あんたの相手の男の子は、今までの人も上条君もさ、それなりに恥ずかしいこと言ってくれてるんじゃないの?」

「そんな、太陽がどうとかはないわよ」

「でも、全然ないわけじゃないでしょ?」


ちょっと思い返す。


「そりゃ、それなりに」

「向こうだって恥ずかしい思いしてもやってんのにさ」


くるっと里香を見る。


「だって、それは男はそういうもんだからさ」


残念な顔して見られた。何か最近こういう目で見られるの、多いんだわ。


「言われ慣れた女は怖いね。当たり前になっちゃうんだから。世の中にはそんな甘い言葉、全然かけてもらえない女だっているんだよ。千夏ちゃん」

「……」

「こう、会話はキャッチボールだって言うじゃん」


なんかおっさん臭い会話だね。


「でも、あんたはいっつもボール投げてもらってばっかりで、投げ返してないんだよ。二回に一回くらいは何か言ってあげなよ」

「何を?」

「そんなん自分で考えろって。相手が喜ぶような言葉をさ」


樹君の顔を思い浮かべた。わたしのことばに照れて喜ぶ様子。


「なんか、なんか、抵抗あるわ」

「なんだそりゃ」

「わたしが何か言ったら滑る気がする」

「お笑いとかじゃなくて、滑るってあるの?」

「いや、口説かれてはずしたら寒いとかイタイとかあるでしょ?普通に」


ははははは


「まあ、飲みなよ」


目が据わってきたよ。里香姉さん。


「年上でさ、上司でさ。きっと彼の中にあるわたしのイメージが」

「うん」

「それをきっと壊してしまう。そんで、なんでこんな人に憧れてたんだろうってなるよ」

「ああ。なるほど」

「この年でそんな経験したら、もう耐えられる自信がない」

「うん。若い頃の失敗より痛いね」

「わたしってなんか、周りの人に、特に男の人に実際以上に見られることが多くて」

「うん」

「だから、まんまの自分を見せるのは抵抗あるよ」


はぁ~。里香ため息ついた。


「それは、その気持ちはまぁ、多少わかるけどさ。そんなこと言ってるうちに年とって一生一人になるよ」


どき


「いやでもやるしかないじゃん?恥かくしかないんだよ。結局。着飾ってこじゃれているうちはさ、それは相撲ではない」

「なんで、急に相撲?」

「恋愛なんて、そんな、優雅なもんじゃないでしょ。実際は、裸にまわしつけて相撲とっているようなもんだ」


相撲は日本の国技ですが。


「なんか言いえて妙だけど。ねぇ、あんた、そんなに悟ってるのにどうして1人なわけ?」


ムキーって怒った。里香。


「わたしはね、いいなと思う相手がいないだけよ。あんたと一緒にしないで」


ははははは。里香は明るいな。明るくて前向き。


「こうやってるのも楽しいけどさ。いつまでも女2人でくだを巻くのはやめにしようぜ。がんばれよ。中條千夏」

「お前もな」


ふざけてそういうと、里香のおかげで地球の重力に引っ張られてたみたいな気分が軽くなった。


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