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いつも空を見ている②  作者: 汪海妹
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難しすぎる謎謎を出す女







難しすぎる謎謎を出す女







千夏







「千夏さん、すみません。お休みの日に」

「うん。何?どうした?」

「営業所にいきたいんです。鍵借りたくて」

「ああ、いいけど。なんで?なんか忘れ物?」

「家にいてもやることないんで、営業所でアニメ見ようと思って」

「……」


我々の場合、これ、仕事です。


「うん。わかった。じゃあさ、悪いんだけど、わたしの部屋まで鍵取りに来てよ」


自分のマンションの場所教えた。歩いて来られる距離だ。

参ったな。化粧とかなんとかしてる時間ないよね。とりあえず着替えて、顔洗ったら、インターホンなった。


「どうぞ。朝ごはん食べた?コーヒー飲んでく?」


ちょっとじっと見る。わたしのこと。今日は休みだからジーンズにコットンのシャツ。ちょっと明るい色のストライプ。彼の雰囲気に合ってた。かわいい。


「そうやって簡単に僕のこと家にあげるのは、男として意識してないからですよね。すっぴんだし」

「そうね。年下だし、部下だし、今、朝だし」

「すっぴんでもきれいですね」

「ああ、それはどうも。でも、お世辞でしょ?それ。で、どうすんの?あがるの?」

「鍵だけください」


あら、振られちゃった。


「どうぞ。帰るとき電話して、返して」


ばたん。なんだつまらない。1人で朝ごはんか。コーヒー入れる。のんびりコーヒー飲む。そして、ぼんやりとこの前の夜を思い出す。温かかった彼の体、あの安心感。ああ、あれはほんと、残酷な仕打ちだなぁ。独り者にとって。


そして、ぶるぶると頭振って頭の中から思考を追い出す。大丈夫、わたしの頭の中は誰も覗けないから、今イタイこと考えてたの、誰も知らないって。


トースト、一枚やいてハムのっけてテレビつけた。ニュース。

今日は何しようかなぁ。


***


午後、夕方近く電話かかってきた。結構長く見てたよね、彼。部屋に鍵届けに来させた。


「あ、お疲れさま」

「今度はあがってけって言います?」

「言わない」


鍵受け取ると、自分も外出て部屋の鍵閉める。


「出かけるんですか?」

「友達とごはん」


2人で階段降りる。


「一緒においでよ。夕飯1人でしょ?」

「千夏さんと2人じゃないなら、行かない」

「いいじゃない。友達もいい女。あなた好みかもよ」


ちょっと躊躇してそれから着いてくる。


「自分で自分のこといい女って言うんだ」

「だめか」

「別にいいですけど、事実だし。でも、変です。自分のことこの前、不良品って言ってたのに」

「……」


***


「上条君、こちら、七瀬さん」

「え?なに?千夏。彼氏?」

「一年間日本から研修来てる子だよ」

「え?じゃあ、彼氏じゃないの?」

「違います」

「どうも。七瀬です。千夏とは飲み友達、かな?」

「大学の時からのつきあいだよ」

「お仕事なにされてるんですか?」

「え?ああ、旅行社にいます」

「千夏さんって大学の時、どんな大学生だったんですか?」


里香が一瞬、いらっとしたのが分かる。でも、すぐに消えた。ああ、連れてこないほうがよかったか、これ。


「普通の大学生よ」


わたしが答える。話題換えよう。


「もてもてだったわよ」


里香がいらっとしたくせに、話引き延ばす。


「あなたのほうがもててたでしょ?」

「有象無象にね。一番いいとこはいつもあなただったじゃない。しかもいい男に言い寄られてもあっさり振るし」


嫌だなぁ。こういう話。


「この人ね。こう、アジアに憧れるような白人の男の子とかいるのよ。たまにだけど。東洋系じゃないと受け付けないって。そんな理由でまともに話もしないで振ったんだから」

「……」

「日本人じゃないとだめなんですか?千夏さん」

「……」


里香に合わせたら、里香に興味がうつるかと思って連れてきたのにな。里香かわいい子好きだし、2人は別に仕事のからみないし、需要と供給ちょうどいいじゃん。


「あのさ、もうわたしの話は別にいいじゃん」

「それよ、それ」


里香が急にわたしを指さす。


「なによ」

「あんたそうやっていっつもわたし部外者、ほっといてってひくでしょ。ひかれると男は気になって追いかけるわけ。気をつけな。上条君」

「はぁ」

「これ、この子の手だから」


もお、まるでわたしが誘ってるみたいな言い方。それは決してない。いくらみそじでもさ。


「ああー」


調子狂うわ。


「もういいじゃん。飲もうよ」

「かんぱーい」


それからは意外と2人気が合って、でも、なんでか2人でわたしの話ばっかしてる。変な感じ。横で聞いてる。ふと上条君席立ってトイレ行く。


「ほんっと、千夏。あんた性格悪い」

「なんで?」

「あんなかわいい子連れてきて、なになにって盛り上がっても、結局あんたのこと好きなんじゃない。見せびらかしに来たの?」

「いや、そんなのないって」

「今まで、何回こういうことあったか」


彼女目軽くつむって片手の指を折りだす。


「片手じゃ足りないじゃん」


いや、それはうそだ。


「もお、あんた早く落ち着いて。ふらふらされてると、周りの女が迷惑するって」

「落ち着けたら、とっくに落ち着いてるわよ」

「今まで、どんだけいい男つかまえてきたと思ってるの?何が足りないのか、言ってごらん。お姉さんに」


同い年です。ほんとは。


「向こうが悪いんじゃなくって、わたしが悪いの」

「あんたの何が悪いのよ」


そばに、ちょっと酔っぱらった上条君がぼんやりといつの間にか戻って、2人の女の人見てる。この子はほんとうに寂しいんだよね。この子もひとりぼっちなんだ。


わたしたちもそれぞれひとりぼっちなんだけど。今日はひとりぼっちが集まって三人でごはん食べたわけか。


「もうそろそろ帰ろうかな」


かばん取って、財布を出す。


「2人はまだ飲み足らなかったら、もうちょっと飲んだら?上条君、もう1人で帰れるよね?」


いつもみたいな顔。ちょっとむっとしたような拗ねたような顔。


「1人で帰れますけど、一緒に帰ります」


里香が頬杖ついて、わたしたち見ていて、それから言った。


「じゃあ、お会計しますか」


***


里香が自分の家のほうへと消えて、2人で見送って、2人になると上条君は、


「まだ早いし、もう一軒行きません?」


そういって、わたしの手を取った。取られた左手を、右手で彼の手つかまえて離させた。


「変な人」


彼は大人しく手を離した後にぽつりとそう言った。


「何が?」

「優しかったり冷たかったりするんですね。抱きしめても怒らないのに手つなぐのはだめですか?」

「あれは、酔ってたから」

「簡単に部屋にあげようとするほど男として意識してないのに、手ぐらい握られたって、弟と手つないでるって思えばいいじゃないですか」

「それは、そうは思えないよ」

「千夏さんはそうやって、冷たかったり優しかったりしながら、結局男の人のこと誘ってるんですね」

「そんなことないよ」

「でも、気になります。そういうことされると。今日だって、僕が七瀬さんと残るかどうか試すようなことして」

「……」

「僕が七瀬さんと残ったほうがよかったですか?それで千夏さんが1人で帰るの?」


わたしは彼を試したんだろうか。彼が同じような年の女を前にして、里香だって結構きれいな女だ。明るいし、わたしなんかよりもっと恋愛上手だ。それに何より彼女は仕事のからみがない。そういう面倒くさいのが全然ない。


「里香とつきあえば、便利だよ」


言ってからしまったと思った。いろんな意味で。彼は拗ねた目を通り越して、本気で怒ってしまった。怒らせて思った。なんだろう。そう、この人は小さな男の子じゃない。なんか男の子だと思ってた。どっかで。男の人なんだよね。


「どういうふうに思われてるのかわかりませんけど、僕って千夏さんから見てそんなにいい加減な男ですか?」


この子は部長から任された大切な新人君。参ったな。でも、完全に仕事の関係を、越えてはいけない境界線もとっくに越えてるじゃん。


わたしが悪いのか、


「他の人からどう思われても気にしませんけど、あなたにそう思われるのは嫌です。僕だって出口を見つけたいのに」


やっぱりわたしが悪いんだろうな。わたしが年上だし、わたしが上の立場だし。


「出口って?」

「簡単ですよ。幸せになりたいだけ」


それはわたしだってそうだな。ぽつりと思う。人のぬくもりが恋しい。


「千夏さんは1人でいるのが幸せなんですか?」

「……」

「1人でいるのが幸せならただひたすら僕に冷たくすればいいじゃないですか。どうして時々優しいの?」

「わからない」

「あなたは意地を張っているだけで、もしかしたら1人で帰る時に、さみしがるかもしれない。それなのに、あなたを1人で帰らせて、僕が七瀬さんと残ると思いましたか?」

「……」

「僕の愛情をはかったんですか?どうしてそんなことするの?」

「わかりません」


しばらく見つめ合った。彼の目の中の怒りの芯のようなものが小さくなって消えた。わたしは自分で自分がどんな顔をしているのかわからなかった、その時。でもきっと上司の顔はしてなかったと思う。このときばかりは。

ふっと上条君が笑った。


「コーヒーかなんか、飲んでいきません?」


そして両手を軽くあげてみせた。


「手もつながない。キスもハグもなし。何もしませんから。ただ千夏さんともう少し話したいだけ」


そして、2人特に何も話さずにぶらぶらと歩いて適当なカフェに入って二つコーヒーを頼んだ。


「僕、アメリカに来る前につきあってた人が、一回り上の人だったんです。30半ばの人で」


彼はすらすらと話し出した。


「僕はうまくいってると思ってた。一年ぐらい経った時に、別れようと言われて……」


まじめに話してた。真面目に話していると、彼もそれなりに大人に見えるんだなと思った。


「どうしてって聞いたら、こう言ったんですよ」


言い淀んだ。それでもわたしの目を見ながら少しだけ微笑んで彼はことばを続けた。


「あなたが恋人だってわたし恥ずかしくてみんなに紹介できない」


そういった後に、彼は目を伏せて両手を三角に重ねて顎をのせて口元を隠した。


「結局彼女から見て、僕って相当頼りない男だったんですよね」

「だからかわいいって言われるの嫌いなの?」

「嫌いですね。好きでこんな外見に生まれてきたわけじゃない」


わたしはコーヒーを飲んだ。ゆっくり。もうほどよく冷めていた。


「あのさ、わたし、30なったからわかるんだけど」


彼は目をあげてわたしを見た。


「そのはずかしいは、あなたが思ってる恥ずかしいじゃないと思うよ」

「どういうことですか?」

「あなたが恥ずかしいんじゃなくて、こんなに若い子とつきあってる自分が恥ずかしいんだよ。釣り合わないって周りに言われるのが、怖かったんじゃないかな」


彼が目を瞠った。


「そんなふうには考えられなかった?」

「ほんとうに、そんなこと?」

「彼女はきっと……」


コーヒーカップを手のひらの中に持って、そのカップの丸みを感じながら、上条君のその年上の彼女さん、知らないその女の人を空想しながら。


「別れると言ってあなたを試したのよ」

「試す?」

「別れたくないって言って、結婚しようって言ってほしかったんじゃない?恥ずかしくなんてないって否定してほしかったんだよ」

「ほんとうに?」

「たぶんね」


彼はため息をついて、椅子にもたれかかって、そして窓の外を眺めた。


「連絡してみたら?」


彼は目を閉じた。それから、また目を開けた。


「また、そういうことを言う。千夏さんは」

「……」

「なんで女の人って男を試すんですか?」

「さあ、なんでだろ?」

「なぞなぞが難しすぎる」


そういってコーヒーを飲む。難しすぎるなぞなぞを出す女は、結局いい女とは言えないのかもしれないな。


「でも、簡単すぎる女だと、最初っから手を出す気分にもならないんじゃないの?男って」

「だからって、程度ってものがありますよ。千夏さんは、超難題を自分の周りにはりめぐらして、そんで超高い山の天辺に1人で住んでる」

「難題を出したのは上条君の昔の彼女さんでしょ?」

「今のは昔話です。今僕は千夏さんの前に座ってるんだから」

「……」

「どうして僕じゃだめなんですか?不良品って何?」


ど直球だなぁ。変化球じゃないんだ。しかも、今日はなんかかわいくないんだな。年下だけど年下じゃないというか。息を吸って、吐いて。ええっともう一回息を吸って、


「あなたがほんとにわたしを好きって、信じられない」


初めてまともに答えたかもしれない。彼ちょっときょとんとした。


「どうして?」

「だって……」


いっつも隠している幼い自分が今日は少しだけ見えちゃってるな。わたし。


「本当のわたしはあなたが思っているようなわたしとは違うもの」

「それが不良品の千夏さん」

「そう」


不思議だな。どうしてわたしは今ここで、この人とこんな話をしてるんだろう。


「つまらないわたし」

「見てみたいな」

「誰にも見せません」


彼はしばらくわたしを見てから、口を開いた。


「これが七瀬さんの言った千夏さんの手ですね」

「なに?」

「ほっといてってひかれると男は気になるんですよ」


それから二人とも黙ってコーヒーを飲んでほんのわずかな時間、しゃべらずに自分たちの周りの音を聴いた。そしてわたしは自分の鼓動を耳にした。


「僕と取引しませんか?」

「取引?」

「僕が本当に千夏さんを好きって信じさせることができたら不良品の千夏さんを見せてください。」

「……」


なんだそれ?


「つきあってください」


眉をしかめた。なんだ、それ?


「キスもセックスもなしでいいから」

「友達ってこと?」


今度は彼が、眉しかめた。


「友達からつきあいましょう、なんて、この年で言ったら間抜けすぎますよ」

「……」

「あなたが僕のこと信じるまで手出しません。約束します。だから……」

「だから?」

「恋人を前提としたおつきあい」


ぶっ、笑った。彼もつられて笑った。


「そんなの聞いたことないわよ。そこは結婚を前提にした、でしょ?」

「そんなレベルじゃないじゃないですか。今の状態」

「友達からおつきあいしましょうと、何が違うの?それ」

「男女間の友情なんて、僕信じてませんから。友達としてなんて見てませんけど、手出しません。いいと言われるまで」


ははははは、変なの。久しぶりだな。涙にじむほど笑ったの。


「そこまで笑わないで。冗談じゃないんですよ。どうですか?」


彼の目は熱を帯びている。熱い。だから冗談じゃないのはわかってる。どうしよう?どうしようかな?


「それともやっぱり1人がいいの?」


あの年始のどん底の自分を思い出す。そしてトモの神がかったことば。

ちゃんと反省して悔い改め、精進しようとすれば、もう一回だけチャンスが来る。

この人がそのチャンスなんだろうか?これを逃したらわたしはほんとうに尼になる?


彼はわたしの目の前で辛抱づよく返事を待っている。ふとこの前抱きしめられたときのあの心地よさを思い出した。わたしにとってありえないことだった。男の人に抱きしめられて心地よいなんて。


かけてみるしかないんだろうか。もしかしたら、またあの不快さを経験するだけかもしれないけど。


「千夏さん?」


でも、もしまた失敗したって、わたし失うものなんてなんにもない。だってわたし何も持ってないんだもの。


「よくわからないけど」

「けど?」


もう一度彼を待たせた。


「試してみます」


まるで空にあがる花火を見たような明るい顔をした。上条君、その時。


「じゃあ、1つお願いがあるんですけど」

「なに?」

「上条君はやめてくださいよ。うちの営業所はみんなファーストネームで呼び合うんでしょ?」

「じゃあ…樹君」


16年ぶりにわたしの中で何かが復活した気がした。その名前を呼んだ時。変な偶然。2人のいつきくん。なんか、でも、性格とか結構違う気がするんですけど。同じなのは名前だけ。


ああ、でも、そうだな。なんか気持ち悪くないというのも同じなのかもしれない。


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