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いつも空を見ている②  作者: 汪海妹
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とりつく島のない人







とりつく島のない人













「ええっと書いてもらった感想読みましたけど……」


次の日、またとりつくしまない人に戻っていた。千夏さん。


「メガネかけるんですね」


そういうとこっちを見上げた。立ったままで座っている彼女を見つめる。どの角度から見てもこの人きれいだなと思う。


「普段はコンタクトなんだけど、今日は目の調子が悪いのよ」

「なんかメガネかけてるのもいいですね」


じっと見られた。


「朝も昼も夜も、息を吸って吐くのと同じように、さらさらそういう言葉が出てくんのね、君は」


また、たたき落とされた。何もきかないな。この人、ほんと。


「ええっと、話戻します。感想読みましたけど、まぁとりあえずはこれでいいんですが、数こなして見てもらって、系統みたいなの、つかんでもらえるといいかな」

「系統ですか?」

「うん。こういうのが好きな人は、たぶん昔、あれやこれも好きだったろうな、みたいなね。売り込みの時はさ、そういうのも説明するから」

「はぁ」

「同じ系統のが、昔どのぐらい見られてたかみたいなね。それを参考にこのくらいのポテンシャルがあるって説明して売るの」

「はい」


彼女、ため息ついた。


「実際に見てみなきゃわかんないかね、売込みって」


デスクに戻る。トレーシーが話しかけてくる。


「いつき、どうだ?千夏は難しいだろ?」

「……」


なんかいやだな。


「あきらめたか?白旗?」


そう言われると意地になる自分もいる。


「ねぇ、千夏さんって今までどんな彼氏がいたの?」


きょとんとする。


「千夏はわたしいっしょに働き始めて三年間、三人はいたね。でも、ここ一年くらいはずっと1人。彼氏いない。全部日本人だったよ」

「かっこいいの?」

「顔もいい。お金持ち、みんな。でも、だめ。長く続かない」

「なんで?」


トレーシーはちょっと眉をひそめる。


「わからない。千夏、それはいわない」


不良品ってどういう意味なんだろう。


「いつき、千夏のことそんな気になるの?」

「え?ああ……」

「ねぇ、それ、遊びなら、千夏はやめて」

「…なんで?」

「千夏はいい人だよ。わたしにいろいろなこと教えてくれた。幸せになってほしい」

「……」


すっかり遊び人みたいに思われてる。ちえっ。


僕は言っとくけど、手当たり次第に口説くけど、そうやって関係持った人を自分から捨てたことない。見事に全員、女性のほうから去って行くんだ。一晩だけいい思い出だったと口にしたり、どうせ本気じゃないんでしょと言われたり、そして長くつきあったあげくに……。


また、思い出しちゃったな。


あなたが恋人だってわたし恥ずかしくてみんなに紹介できない。


一体僕の何が悪くて、誰も彼も僕のもとを去って行くんだろう。僕はペットみたいだと思う。女の人のペット。かわいくって、かわいがって、ひとしきり。飽きるとみんな捨てるんだよ。


でも、僕はペットじゃない。1人の人間なのに。1人の男なのに。

僕は男として女の人に頼られたことがない。


***


「よっ」


五十嵐部長が手をあげる。


「迎えになんて来なくてもよかったのに」

「別にたいした仕事してないんで」


空港に定期の出張で来る部長、迎えに来た。


「どうだ?ロサンゼルスは?」

「いいとこです」

「仕事は?周りの連中とうまくやってる?」

「みんな親切です」

「千夏は?相変わらずか?」

「相変わらずって?」

「仕事ばっかしてんのか?」

「……」

「なんだ。彼氏でもできたか?」

「できてません。僕の知るかぎりでは……」


あんだけとりつくしまない人、男なんかできるわけない。


「じゃあ、お前もだめだったんだ」


ちょっとにらんだ。


「僕、別にそういう意味合いでここに飛ばされたわけじゃないですよね?」

「ははははは。冗談冗談」


***


「お疲れさまです」


みんなでミーティング。部長が滞在している間に回る客先、スケジュールの確認。それぞれの担当が今回まわる客先に関して自分が担当している範囲での報告事項をあげてく。トレーシーもおちゃらけているようでいて、こうやっていると1人の優秀な若いアメリカ人なんだな。


後半は新規で売り込む作品の価格設定。主に部長と千夏さんの話し合いになる。


「基本的には一本でも多く売りこんで、知名度をあげたいので」

「無理な価格設定はしないということですね」


そこで部長、こめかみを指で軽くもんだ。


「そうは言っても、上はもっと数字あげろってうるさいんだけどね」

「国内が順調だからじゃないですか?」

「そうだなぁ。がんばってるな。みんな」


にこにこしてる。


「日本とアメリカは違うんだけどな。日本で売れてるからアメリカで売れるとは限らないんだけどな」

「部長」


千夏さんが目くばせした。


「あ、ごめんごめん。売り方が難しいだけで、いいものはいいね」

「そうですよ。アメリカで売れてるものは、もともと日本で売れたものです。おもしろいものはおもしろいですよ。みんなが知らないだけ」

「それって本当にそうですか?」


つい口出してしまった。

部長と千夏さんがこっち向いた。


「日本人の、しかも、一部のマニアックな人たちだけが喜んでるようなアニメってあると思います。正直、同じ日本人でも何がおもしろいのかよくわかんないのもあるし、あんなのアメリカでは売れないと思う。どんなにがんばって売っても」


五十嵐部長が困った顔をしている。千夏さんはでもちっとも表情を変えなかった。


「あのさ」


構えた。どんな言葉が来るかと。


「あなたが言ってることは当然で、正しいよ」


あれ?拍子抜けした。


「でもね、当たり前のことを考えていろいろやっているとさ、当たり前以下の結果しか出ないのね。大切なのは現実じゃなくてさ。理想なんだよ。理想に近づこうとする精神」


にこっと笑った。


「でも、理想と現実は違うとわかってる冷静さかな、同時に」


そして、彼女は一言も僕を批判しなかった。なんとなく人が僕を否定的に排除しようとする雰囲気に、僕は昔から敏感だったから、口では否定しなくても心の中で否定する人たちに何度も会って来たから、だからわかった。この人はそういう人じゃない。


すごくフェアだ。自分と意見が違う人間に対しても、きちんと向き合ってる。

こういうことを普通にできることが、結構すごいと思った。この人すごいな。


***


「トレーシー、お前の好きなお土産買ってきてやったぞ」

「おおっ。部長大好き」

「くっついてくるなよ。お前。わかったから。スティーブ、これ、頼まれてたやつ」

「ありがとうございます」


そして、


「ごめん。上条、お前に買うの忘れてたな。次は、何か欲しいか?」

「あ、いや、大丈夫です」


そうかと言って、またトレーシーとおしゃべりしてる。そして、千夏さんには何も聞かない。部長は50代。僕を拾った人。


「トレーシー、夜はみんなでごはんな。昼は俺、千夏とデートだ。嫉妬するなよ」

「わたし、部長は許容範囲外だから、全然OKよ」

「お前、そこは、軽く、嫌だ妬けちゃうとか言えよ」

「げ~」


珍しくスティーブが笑ってる。いつもは部屋の置き飾りのように静かなのに。それからエイミーのところへ行ってまた何か渡して、おしゃべりしてる。英語それなりにできるんだな。部長。


お父さんってこんな感じなんだろうか。ふと思う。







千夏







「千夏、何食べたい?昼からビール飲むか?」


五十嵐さんの仕事は、している役割は、


「要りません」


もしかしたら、ほんとうによく見ないと見えないのかもしれない。


「もう少しひねってくれないと、会話続かないな」

「別に仕事の話してれば、何分でも何十分でももつのに」

「最初はおしゃべりしてからじゃないと、仕事仕事って、つまらない女だな」


次来ることば大体予想つく。


「だからいきおくれるんだ」


かぶった。


「なんだよ。俺のセリフとるなよ」

「予測できるんですよ。ワンパターンです。部長」

「入社してからずっと、ちょっとでもかわいくならないかと教育してんのに、全然教育効果がないな。一ミリも変わらない」


この人はいつも1人1人をよく見ていて、そして声をかけて、元気を配ってる。サンタクロースみたいな人。わたしがアメリカに1人でいる何年か、この人が上司じゃなかったら続けられなかったかもしれない。


「なぁ、上条はどうだ?千夏からみて」


うーん。全部話すわけにいかないんだけどね。


「そうだなぁ、難しいです。あの子」

「どこが?」

「わかりやすく言えばですね、アニメが好きなわけじゃないのにアニメを売る、これがひとつ。もうひとつは英語力足りない。ただ、その背景に」

「背景に?」

「あの子……、なんかやる気がない」

「ああ……」


サービスで置いてあったグリッシーニを取ってぽりぽり食べる。これがあるからビール飲みたくなっちゃうのよね。勤務中は飲まないけど。


「でも、なんていうか、ただ無気力なわけじゃないと思うんです」

「おお。」

「なんかね。穴が開いてて、元気が出ないような。栓をすれば結構生まれ変わったみたいに頑張れそうな」


部長が、目をきらきらさせて、興奮して、わたしの手をがしっと両手でつかんだ。


「千夏!お前はやっぱりすごいな。期待以上だ。いつも」

「部長、セクハラ。手、離してください」

「バカヤロウ」


ぱっと離してから、毒づく。


「いつも言ってるだろう?俺はいつもお前の父親みたいな気持ちでいるんだよ。そういうのじゃないって」

「そういうのはわかってますけど」


料理が来る。


「こういう高カロリーなもの、お医者さんに止められてるって言ってませんでした?」

「だからね。日本だと奥さんがうるさくて食べられなくなっちゃって。アメリカとか出張出たときがチャンスなわけ」


にこにこしてる。


「長生きしてくださいよ。こういうの食べずに」

「ストレスも体に悪いんだよ」


笑って受け付けない。


「上条君さ。製作のほうでね。周りとなじめなくって、浮いちゃってさ。なんていうのかな。独特の視点とか美学とか持っていて、頭も悪い子じゃないと思うし。いいと思うんだけど、ま、製作のみんなに言わせると、所謂、年功序列的に言えば生意気。ペーペーなのに下として上を敬わない。そんで、コミュ力がないと」


パスタとって粉チーズかけてる。太るもの好き、この人。


「でもさ。そう言ってるやつもさ、まぁ、上条の元上司なんだけどさ。コミュ力ないって言ってるやつがさ、俺に言わせると、コミュ力がないと思う。心を開かせるための努力を放棄して、ただ生意気ってさ」

「で、哀れに思って拾っちゃったわけですか」


この人らしい。


「いや、ちょうどほら、橋本君がステップアップ転職で辞めちゃったじゃん。あいつ、むっちゃ手かけて育てたのにな。むかつくよ。まぁ、でも、俺もこれは神様の声と思ってさ」


わりとロマンチストでもある。


「つまり、部長が上条君を救うべきお告げを受けたと」

「いや、俺だけじゃない」

「……」

「千夏なら無下にしないと思った。アメリカみたいなとこでもっとのびのびさせてあげたかった」

「はぁ」

「俺の勘があたった。嬉しかったから、お前の手取った。ありがとう。同志だ。お前みたいなのが俺の部下でよかった」

「褒めすぎですよ。部長」

「お前は頭がいいだけじゃなくて、人育てられる人になると思うよ」


そうなの?びっくりした。こんなこと言われたの、初めて。


「だから仕事辞めないでね」


そういってにっこり笑う。


「ほんっと上手ですね。そういうとこ」


部長がそこまで気持ち入れてる子なら、ちゃんと世話してあげなきゃって思うじゃないですか。


「言っていいのか、悪いのか」

「何ですか?」


ここまで言って言わないのは反則だろ。


「感情的になっちゃわない?」

「意味がわかりません。どういうことですか?」

「あの子、ほっとけなくなったのはさ。なんか、結構苦労している子なんだよ」

「はぁ」

「母1人、子1人で大きくなって、大学1年の時にお母さん亡くしちゃってるんだって」

「……」

「プラス」


まだあるのか。


「お母さんが亡くなった後に、お父さんと後妻のお義母さんに引き取られて、大学卒業まで面倒みてもらったって」

「はぁ」

「なんか?その後妻さんがね。所謂略奪愛でさ、お母さんとお父さんの離婚の原因になった人だそうです」

「……」

「こんなの聞くと、同情しちゃってさ。感情的になっちゃわない?」


それは、もう……


「ちょっと見る目変わっちゃいますね」


フォークでくるくるしている。


「言わなきゃいいのに」

「止めればよかったのに」


面倒見のいいこの人がほっとけなくなるわけだ。


「うちでうまくいかなくなって辞めちゃったりとかして、また別のところでうまくいくのかなぁって。やっぱり難しい子だと思うんだけど、ちゃんと水をあげて肥料あげて、咲かしてあげたいんだ。きっときれいな花が咲く」

「でも、それ、今丸投げしてますよね」


ふふふ、と笑う。


「頼むよ~。千夏」


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