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いつも空を見ている②  作者: 汪海妹
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わたしは不良品







わたしは不良品













アメリカへ一年間の期限で研修で出ると決まったとき、僕は一年ぐらいつきあった恋人に振られたところだった。一年間続いたのは初めてで、それまでの自分から生まれ変わった気でいたのに。いつもそう。僕の恋はうまくいかない。簡単に始まるのに、うまく続かない。なぜなのかわからない。


そして僕は一人でいることができない。恋人がいないのは嫌い。おなかのすいた獣のように、探してる。自分を温めてくれる次の人を。そして、いいなと思うとすぐに声をかけてしまう。大抵それは年上の女の人だった。きちんと働いている人。中にはきれいな人も地味な人もいた。そうゆうのはばらばらで、共通しているのはきちんと働いている人。


自分で言うのも何だけど、百発百中だった。恋人がいる人や結婚している人には断られたことがあるけど、フリーな人なら失敗したことがない。つきあうところまでいかなくとも、落ちなかった人がいない。


だから、千夏さんはきっと彼氏がいるんだろう。そう思った。


***


「なに?千夏?千夏は彼氏いない」


でも、次の日、トレーシーつかまえて聞いたら、そう言われた。


「トレーシーが知らないだけじゃないの?」


トレーシーはちょっと考える。


「今までは彼氏がいるときは特に隠さなかった。だから隠してると思わない。いない」


じゃあ、僕の連勝記録が破られたってことだ。


「なんだ。いつき、昨日のは冗談じゃなくて本当か?つまらない」


トレーシーはふくれっ面した。


「まぁ、でも、千夏はやめとけ。いつきにはムリ」


かちんときた。正式にどうこうは別にして、一晩ちょっと遊ぶぐらいなら、落とせる自信ある。


「どうして?」

「千夏は難しい。意地悪でいわない。ほんと、たくさんの男振られた」

「ふーん」


トレーシーは眉をひそめた。


「いつきはなんか」

「なに?」

「最初思ってたのと違うね」

「はぁ」

「かわいくない」

「……」


そういってあっち行っちゃった。ちょっと嫌われちゃったかな?まぁ、いいか。まとわりつかれるの好きじゃない。







千夏







トレーシーがあまり元気じゃないな。新人が来るってあんなにはしゃいでいたのに。普段元気な子が元気じゃないと気になるんだよな。


上条君が部屋に入って来た。


「あ、上条君ちょっといい?」

「はい」


ミーティングルームに2人で入る。


「研修すすめるのに参考にしたいから、日本でやってたこと教えてもらおうと思って」

「製作にいました。映画の」

「え?そうなの?販売の方じゃなかったの?」

「僕、映画の製作に携わりたくてこの会社入ったから」

「じゃ、アニメとかとも関係なかったの?」


こくん

あらー。これは、二重苦?語学だけじゃなかったのか。足りないの。


「どうして映画だったの?」

「好きだから」

「どんな映画が好きなの?」


彼が口にした映画は5、6年前に流行った映画だった。


「ああ、あの恋人が死別しちゃう悲しい話」

「千夏さんってアニメ以外も見るんですか?」


ちょっと意外そうな顔された。人を何だと思ってる。


「アニメは仕事だから一番詳しいけど、プライベートでは本も読むし、映画も見るわよ。そりゃ」


マグカップからコーヒー飲んだ。


「他には?」

「最近では…」


いくつか口にした名前の中になじみのある作品名。


「火野創生の最後の作品だ」


そう。このはおばちゃんのご主人。わたしもいろいろお世話になりました。


「あれをよく映像化しましたね」

「結構難解な内容だよね。小説も映画も」


ちょっと見る目変わったな。


「上条君って若いしさ。なんかもっと軽いの好きそうなのに」

「それ、ばかそうってことですか?」

「いや、そういう意味じゃないけど」


わりとギャップのある子だよね。この子。口悪いんだわ。


「じゃあ、アニメの販売とか、あんま興味持てない?」


頬づえついて、覗き込んでみる。ちょっとつまらなさそうな顔。


「仕事は仕事です。希望通りにいかなくても食ってかなきゃいけないんで。」


ふーん


「じゃあ、とりあえずは本社とのテレビ会議や外回りない時間帯は全部、うちが今売ってるもの、現在流れてるの全部見て」

「は?」

「それで、作品ごとに感想書いてわたしにちょうだい」

「アニメで感想ですか?」


いやな顔している。


「子供っぽいって思ってる?」


しかめ面のまま返事しない。


「アニメの海外営業するなら、そういう先入観捨ててもらわないと。自分の売るものばかにしてて、それでぱかぱか売れるほど甘い世界じゃないよ」

「千夏さんはばかにしてないんですか?」

「作ってる人は一生懸命作ってるし、それを見て励まされている人が世界中にいるんだよ。わたしは誇りに思っているから」


生意気そうな顔した上条君見ながら、思う。うちの会社も人材が限られているんだよなぁ。アニメ、特に好きでもない子に売らせるしかないのだよね。とは言っても、英語話せるか話せないかもあるけど、アニメ自体に対する姿勢のほうが、教えてできるもんでもないしなぁ。ものになるだろうか。この子。


でも、ものにならなくてもものにするしかないんだよね。


「とにかくそういうことで。社内のPCならネットでうちの売ったの何でも見れるからさ。スティーブに聞いてね」


うちの会社はグループで出版と書籍販売と、音楽映像の制作及び販売の部門がある。出版は初期は文芸では小説のほうにより力を入れていて、漫画の出版に手を出したのは他社に比べて遅く、そのせいもあって有名な先生たちを抱えられていない。その代りライトノベルの方では、人気の書き手を多数おさえている。うちのグループの主流は、ライトノベルがまずあって、それが漫画やアニメや映画になる。ここ10年国内では安定して伸びてきている。


しかし、海外ではまだまだ苦戦している。今までアメリカでヒットしてきた日本のアニメと、ラノベが出発点でアニメ化され、日本国内で売れている作品の質感が少し違う。国ごとの国民性とでもいうのだろうか、日本とアメリカで売れるアニメが違うというのもある。ただそれでもやっぱりおもしろいもの、いいものは最終的には国を越えて売れると思う。結局新しいのだと思う。新しくて認知度が低い。だから売り方を考えなきゃいけない。それがわたしの仕事。


アメリカの営業所は最少人数で規模が小さい。ただ、それは日本本社のほうに販売主体があるためで、次どういった作品をアメリカ向けにするか、とか、大きな方針というのは本社が決める。そして、重要な場面では本社から出張者が来て、一緒に営業にあたる。


仕事を始めたばかりの時は、アメリカ営業所はわたし1人だった。そして、通訳のような人間だと思われていた。客先に売り込む資料は全部本社の人が日本語で作って、それをわたしが英語にした。売り込みの時は、日本から担当者が来て、その人が言う日本語の売り込みのセリフを通訳していた。


そういうことをしながら、現地にいるからつかめる情報をつかんでは、本社にせっせと意見をあげて、地道な努力を繰り返して、やっとある一定の作品の売り込みについては、売りの資料からトークまで任されるようになった。それこそ必死の思いで、一本でも多く売って、売上を立て、トレーシーとスティーブが来て3人になり、今までわたしがこなしていた請求書や経費、売上関係の仕事についても現地採用でエイミーを雇った。そして今に至り更に日本側のアメリカ担当を増やそうとしている。


人が増えるのが嬉しい。だからその来た子がアニメ好きじゃないなんてぜいたく言ってられない。大切にしないと。


「千夏さん」

「はい」

「これ」

「ああ……」


書けと言った感想。


「ありがとう。お預かりします」


受け取った後、まだデスクに戻らない。


「なに?」


見上げる。


「今晩、お時間ありませんか?」


どきっとした。


「ちょっと遅ければ大丈夫。19時くらい。なに?」

「2、3時間つきあっていただけませんか?」

「まあ、いいけど。なに?」

「夜、話します」


そう言って戻っていった。いやー。あのくらいの年代の子って、急に辞めたいとか言いそうだよね。どうしよう。そういう話だったら。やばい。これ、やばい。


でも、そういうことじゃなかった。


「え?」

「スーツ買いたいんです」

「うん」

「いいの、持ってないんです。一着はいいの欲しいなって思ってて」

「うん」

「千夏さん、そういうの選ぶのうまそうだから」

「はぁ」


いいですよ。別に。それにしてもこの子。


「いいよ。予算教えて」


甘え上手だなぁ。スーツ買ってくれ、とか言い出したりしないよね?


ちょっと考えて彼は値段を言ったので、まぁ、自分で買うつもりだよね?と思いながら会社を出る。


でもね、年上でばりばり仕事してるような女の人、こういう子にスーツ買ってって言われたら、やっぱ買っちゃうと思う。そういうことするの似合うね。上条君。


「どういう感じにしたいの?」

「どういうって?」

「こう、頭よく見せたいとかさ、そこまでかっちり見せたくないとかさ、あるじゃん」


上条君、じっとわたしを見る。


「千夏さんが好きな感じに。」


わたしもじっとこの子見た。


「あの、そういうの、まだ続くの?」


この前話したので終わりだったつもり。


「女の人ってさ、世の中にたくさんいるからさ。わざわざわたしみたいなので遊ばなくても」

「わたしみたいなのって?」


なんて言おう。ちょっと考える。


「いわば不良品」

「不良品?」


ぽかんとしている。あら、かわいいじゃない。いつもこういう感じならいいのに。


「わたし、女として不良品。だから、他の女の人でやって、そういうの」


じとーって見てる。なに?この子、粘着質?めんどくさい男だなー。

ため息ついた。


「君はかわいいって言われるの、嫌だったんだよね」

「はい」

「それでは少し雰囲気変えるなら……」


シャツ、タイ、上下スーツ、選んであげた。シャツとタイを体にあてて、肌の色との相性みる。シャツはいいんだけど……。タイの色を換えて何本かあてる。


「おさえるっていっても、地味になりすぎるとね」


タイは少しだけかわいいのにした。水玉。


「着てごらん。」


しばらく待ってると、フィッティングルームのカーテン開く。

不思議だね。人って、着るものかわると結構違うんだよ。


「それで更にメガネでもかけてみたら?」

「伊達で、ですか?」

「目、いいんだ」

「はい」


鏡の前でいろいろ見てる。


「少しは千夏さんの好みに近づきますか?これで」

「……」

「だめ?」

「人に合わせて自分を変えちゃだめよ」


また、拗ねた。つまらなさそうな顔。


「上条君はわかりやすいね。表情くるくる変えて」

「そうですか?」

「でも、それ、あなたのほんとの表情?」

「どういう意味ですか?」

「あなた、作為的だもの」

「意味がわかりません」

「さっきのぽかんとした顔のほうがかわいかったわよ」


素が見えない。この子。今、無表情になった。


「買うか買わないかは自分で決めな。好きか嫌いかでさ」


彼はそのスーツを買った。


「遅くなっちゃったし、なんか食べてく?」

「はぁ」


なんか機嫌悪いね。ぶらぶら歩いて適当なお店に入った。


「千夏さんってよくわかんない人ですね」

「どこが?」

「僕のこと毛嫌いしてるわけじゃない。嫌いだったら食事や買い物つきあわないじゃないですか」

「うん」

「なのに口説くと全部たたきおとしてくる」


たたき落とすって。


「結局僕のこと好きなんですか?嫌いなんですか?」

「なんか、好きか嫌いかしかないんだ」


白か黒か。単純でシンプルで返っていいかもね。


「あなたのいう好きって全部セックスするような好きしかないの?」


彼はつまらなさそうな顔のままで一瞬止まった。


「セックスしない好きってなんですか?男と女の友情?」

「あなたって」


周りに日本人がいない。がやがやとざわめく店の片隅で、どんな話だってできる。なんでかな、ちょっと楽しくって。食前酒が気持ちよくまわっちゃってて、白状するとやっぱり、若い男の子にまるで恋人みたいに服あててスーツ選んで、高揚してた。久々に少しだけ。わたしも尼とはいえ、やっぱり煩悩はあるわけで。こんな生意気なこと言われると、ちょっとからかいたくなっちゃって。


「傲慢なのね。自分が声かけた女は全部落ちると思ってるんでしょ」


彼はじっとわたしを見て口を開いた。


「全部落ちると思ってました。なんで千夏さんが落ちないのか、教えてくださいよ」

「わたしはね」


笑いながら二杯目のお酒を飲む。泡のぼり光かがやく金色の液体。


「さっき言ったでしょ?不良品なの。恋愛体質じゃないのよ」


やだなぁ、わたし。いつもと違う気がする。ふんわり酔っちゃった。やっぱり、あのお正月のこと、どっかにこたえてるのかなぁ。


彼が目を丸くした。


「もしかして、女の人が好きなの?」


ひゃっひゃっひゃっ、自分の笑い声聞いて、やばいと思った。酔ってる酔ってる。水飲んだ。


「違います」


何やってんだ。年下相手に。


「じゃ、何ですか?不良品って」

「上条君はどうなのよ。今までどんな恋愛してきたの?」

「僕が聞いてるんですけど」

「自分が聞きたいことだけ聞いて、わたしの聞きたいことは答えないつもり?」

「フツーの恋愛ですよ」


のりだしてた身を後ろにひいて、椅子に体を預けると、片手でネクタイ少しゆるめて、ビール飲んだ。


「なんか遊んでそうだね。君」

「そんなことないですよ。ただ……」

「ただ?」

「不本意ながら、つきあってもつきあってもことごとく振られちゃうんで」

「そうなの?」


彼ため息ついた。


「そうすると、次の彼女ができるまでは遊んでるように見えるかもしれませんね。周りから見ると」


少し俯いた。横顔を見る。これは演技だろうか?それともほんと?


「あなたは年上の女性なら誰でもいいんじゃないの?」


彼はぱっと顔あげてこっち見た。


「わたしじゃなくてもいいんだよね?」

「……」

「でも、そういうことしてるから、つきあっても振られちゃうんじゃない?」


つまらなさそうな、ちょっと悔しそうな顔をする。サッカーとかしてて点取られた直後みたいな顔。かわいいね。年下の男の子って。


オーダーした食事が来る。


「おいしそ。食べよ。食べよ」


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