人畜有害な肉食動物
本作はいつも空を見ている①に続く作品ですが、連続性が弱いので、①を読まずに②からお読みいただいても問題ないと思います。
ところどころに他作品に出てきた登場人物がちょこちょこ登場しています。興味ある方、他作品もお読みいただけたら幸いです。
汪海妹
本作品の主な登場人物
メイン
樹君
千夏ちゃん
サブ
里香(千夏ちゃんの親友)
部長(2人の上司)
トレーシー(千夏ちゃんの部下)
九島君(友情出演)
翔子さん(回想 樹君のお母さん)
人畜有害な肉食動物
千夏
「千夏、新しい子、ほんとかわいいね」
「そうだね」
「千夏、よかったね。あんなかわいい子と毎日仕事できたら楽しいね」
「……」
トレーシー。一緒に働いている営業アシスタントのアメリカ人女性。で、彼女日本のアニメ好きな影響かどうかわからないけど、東洋人の男性結構好きなんです。今日は日本から一年の期限で研修に来る新人迎えに来ている。空港。『MRKAMIJO ITSUKI』と書いた紙をトレーシーに持たせている。
「遅いね。カミジョー」
「そうだね」
大丈夫かな?新人君。食べられちゃうんじゃないかな?もし、新人君がトレーシーに食べられてしまって、ショックでもう日本帰るなんて言ったら、やっぱり上長であるわたしの責任なんだろうか。
「あ、あれじゃない?」
指さしたほうを見る。うん。日本人だね。こっちに気付いてまっすぐ歩いてくる。
「トレーシー、キスとかしないでね、初対面で。あれ、日本人だから」
気に入った男子にはアメリカ的挨拶するからね、この人。
「あの……」
「ああ、初めまして。上条樹さんですね?」
「はい」
「ロサンジェルス営業所の中條と、Ms.Tracyです」
ハーイ、と言いながら、にこにこ、ひらひら、手振ってる。トレーシー。
「よろしくお願いします」
ぺこり頭下げた。
「まず、荷物部屋に置きましょうか」
彼の住む部屋はもうこちらで準備してあった。
「千夏、運転して。わたし、カミジョーと後ろ座りたい」
「あんたね」
わたしのほうが上だっつーの。
「上条君、後ろ座って。トレーシー、運転」
そして、自分は助手席座った。
「ね、カミジョー、芸能人みたいね。かわいいね」
「……」
「トレーシー、前見て運転してよ」
怖すぎるって、おい。
「日本語上手ですね」
「ああ、わたし、日本留学してるから。大学、日本です」
また、後ろ振り向こうとしている。
「おしゃべり禁止。前向いてトレーシー、後にして後に」
「つまらない。千夏。上長面して」
どこで覚えたんだ?その日本語……。
ちらりと上条君の顔を見る。うん、度肝抜かれたような顔してる。そりゃそうだよな。仕事できてんのに、これから一年一緒に働く人たちがいきなりこんな登場の仕方したら。
やっと車内が静かになる。
「時差ボケとか大丈夫ですか?着くまで少し時間あるから寝ててもいいですよ」
「あ、はい」
それからほっといた。緊張してんのか最初は窓の外見ながら起きてたみたい。しばらくして寝た。かわいい寝顔だった。
なんかサラリーマンとかしないほうがいいんじゃないか?こういう子。別に顔で仕事するんじゃないから、がんばっても他の人と同じぐらいしかできないだろうに。顔使って稼いだほうが儲かるんじゃないの?あくびでた。昨日、遅くまで提案書まとめてたからなぁ。わたしもちょっと寝ようかな?
うつらうつらしながら考える。でも、顔のこと言ったら、反対にかわいそうかもなっと。ほめられるからいい思いするってもんじゃないこと、わたしはわかってる。
***
「えっとさっき会ったと思うけど、トレーシー、営業アシスタントで入社4年目。あなたとあまり変わらないわね」
「ノー。一年先輩」
トレーシーを見る。
「日本の先輩後輩文化持ち込むの?」
「わたし、日本の文化好き」
ほっとこう。
「新規で売り込みする時はわたしとセットで行く人です。で、こっちがスティーブ」
眼鏡かけたやせぎすの彼が小さく手をあげた。
「やっぱりトレーシーと同じで入社4年目。2人とも日本に留学してて、だから、日本語ぺらぺら。スティーブは売買契約成立してから納品するまでと納品後の担当。スケジュールとか、なんか問題出た時の対応。ただ、どっちかっていうと最近は字幕に時間とられてることが多い」
「字幕ですか?」
「英語字幕ね。日本で外注に出してるんだけど、でも、出来があんまりよくないの。だからスティーブがチェック入れて、間に合わない時とか、直接訳してくれるから」
トレーシーは外向きの性格で客先連れてってもペラペラよくしゃべるけど語学力にはムラがあるし、スティーブは大人しい子なんだけど、研究者肌というか、コツコツした仕事に強い。
「3人で大体同年代だからさ。仲良くしてよ」
「よろしくお願いします」
「で、エイミーは財務経理関係っていうのかな?客先に請求書発行して発送したり、月毎に売上データまとめて本社に報告したり、営業所の経費処理して報告したりしています。あ、彼女は日本語できないから」
「上条樹です。よろしくお願いします」
英語で言っている。エイミー、40代のおばちゃん。ドーナツ好きの優しい人だ。
「で、中條千夏です。入社してからずっとアメリカで、日本で働いたのは新入社員研修のときくらいかな?もともとアメリカで働くって条件で入社したんで」
「中條さんって」
上条君がぽつりと言った。
「おいくつなんですか?」
「……」
一緒に仕事するとき、そこ、必ず言わなきゃだめか?
「すみません。年上の方だっていうのはわかるんですが、見た目から判断しづらいです」
「その、1つ上か2つ上かというのと、それ以上かで、何か職務上変わってくることが?」
「どのぐらい気を使えばいいのかわかりません」
「……」
29歳ならまだ、さらっと言ったかもしれない。30歳ってなんかいやで。
「30だよ」
トレーシーがフライングした。こいつ。
「え?」
上条君ぽかんとしてます。
「千夏、全然見えないでしょ?残念ながらみそじなの」
「ああ」
「でも、30なんか全然若いよ。日本人、年、気にし過ぎ」
ははははは。笑ってる。26のお前に言われたくない。
「ね、カミジョーはカミジョーと呼べばいいの?それともいつきでいいか?」
「ええっと」
「うちの営業所はみんなファーストネームで呼ぶから、カミジョーもいつきでいいか?」
相談ではないな。これは確認だ。
「はい」
「千夏、じゃあ、カミジョーはいつきで決まりだ」
ああ、そうか。いつき君ね。なんかやだな。樹君ね。
「今日は宴会だ」
「トレーシー、来たばかりで疲れてる人引きずりまわしちゃだめよ」
「そうか。いつき、疲れてるか?」
「いえ、そんなには」
「千夏、いつきは30じゃないから疲れてない。今日でも大丈夫だ」
「……」
どうしても今日飲みたいのか。この子は。相当気に入ったな。上条君のこと。
***
「ね、いつき。ほんとかわいいね。彼女いるか?」
いつもわたしたちの営業所の飲み会はトレーシーがべらべらしゃべって盛り上げる。スティーブは話しかけられなければ話さない。エイミーとわたしは話さないわけじゃないけど、ムードメーカーはやっぱりトレーシー。
上条君がいるので場の会話が日本語になってしまったのもあって、エイミーは最初だけいて早々に帰ってしまった。
「すみません。トレーシーさん」
「トレーシーでいいよ。いつき」
「トレーシー、僕、かわいいって言われるの嫌いなんです」
トレーシーは上条君の横に座っていて、酔ったどさくさにまぎれて、彼の肩抱いて、体ぴったりくっつけている。スティーブとわたしはこっち側座って、2人の様子眺めていた。ふうんと思った。意外と嫌なことは嫌ってはっきり言う子なのか。顔がかわいいから、なんかずばずば物言う子じゃないのかなと思ってた。
「かわいい、だめ?」
「男の人には失礼なときもあるよ」
横から口を出す。
「わかった」
ちょっとだけしょぼんとする。トレーシーって、いっつも底抜けに明るくって図々しいぶっ飛んだ子なんだけど、その実、ガラスのように繊細で、人を怒らせたり傷つけたりするのに敏感。人をハッピーにしたい子でアンハッピーにしてしまったとき、わりとへこむ。そろそろと腕をもどして、なんというか折り畳みの傘がたたまれたように縮こまった。
もお、ほんとに。こういうかわいい所があるから、普段図々しくても許しちゃう。わたしは結構トレーシーが好きだ。
「彼女はいません」
「そうか」
しーん
そうなの。わたしたちってトレーシーが元気だとにぎやかで、静かだとお通夜みたいになっちゃうのよ。
「じゃあ、どんな人がタイプなの?」
落ち込んだトレーシーを盛り上げたくて、普段のわたしだと聞かないようなことを聞いた。
「年上の人」
急に上条君そう言って、真正面からわたしのことじっと見た。びびった。なんだ?
「それは……、2、3歳とか?」
「そのくらいはまだ同い年みたい。もう少し上。僕、最高一回り上の人とつきあってたことあるんで」
そう言って、またわたしのことじっと見る。おいおいおい。スティーブとトレーシーがじっとわたしたち見てるじゃん。
「それは、また、すごいね」
ははははは。冗談かな?なんてつっこみ入れればいいの?
「千夏さんって年下とつきあったことありますか?」
「ありません」
「1こ下とかも?」
「ありません」
誰か話題換えてくれ。トレーシー、まだ、沈没中?くそ。
「上条君って英語どこで覚えたの?」
「ああ……」
もとのかわいい新人の顔に戻った。やれやれ。なんだったんだ?さっきの。
「大学1年休学して語学留学してたんで。でも、みなさんほんと日本語上手ですね。僕なんか全然足りません」
1年か……。ちょっとそのくらいだときついかもな。でも、がんばってもらうしかないのかな?
「海外営業希望だったの?」
「いいえ」
あれ?
「じゃ、なんで?」
「もともと帰国子女で英語べらべらの同期がいて」
「うん」
「そいつが来るはずだったんですけど、辞めちゃったんです。会社」
あらー
「それで急遽、僕に話きちゃって」
「ああ、そう」
うちもそんなに余裕持って新入社員とか雇ってないし。1人こけちゃうといろいろ狂って大変なんだろうな。
「じゃあ、大変だったね」
「いや、来てよかったです」
そういってにこにこ笑いながら、また、わたしのこと見てる。なんていうか、撫でられるのが当然だと思ってる子犬のようだな。この子。
***
場がお開きになってそれぞれの方向に散る。
「上条君はわたしと方向同じだから送ります」
海外生活慣れてないだろうからと思って、困ったときのために自分の家の近くに彼の部屋決めていた。トレーシーに面倒みさせるのは、なんか別の心配があり、スティーブは仕事外の仕事を頼みづらい人なので。
タクシー停めた。2人で乗り込む。
「あのさ、後から来たしかも年下のあなたに頼むのもちょっと悪いんだけど」
上条君の顔見る。うん、まだ酔ってなさそう。
「トレーシーってあんな子だけどさ。ちょっと社内で恋愛とかされると、この少ない人数でね。もろ仕事に影響するからさ。こう、絡んできてもうまく断ってくれない?」
彼、じっとわたしのこと見た。
「彼女は好みじゃないので、問題ないですけど」
「けど?」
「今の千夏さんの言い方だと社内恋愛は禁止ってことですか?」
「はい」
「それは嫌だなぁ」
この口の利き方。そんで、このじっと見る視線。
「あのね、わたしのこと名前で呼ぶのやめてくれない?」
「なんでですか?みんな呼んでるじゃないですか」
「アメリカ人と日本人は違うわよ。中條さんが日本人的には普通でしょ?仕事の間柄なんだから」
「だから僕のこと上条君って呼ぶんですか?」
「はい」
もうひとつ、あなたの名前初恋の人と同じだから呼びたくないです。
「自分だけ線引かれて遠くに置かれたような気分になるから嫌です」
はっきり嫌と言われた。
「意外とはっきりYES、NO言うのね」
「言わなさそうに見えますか?」
「そうね」
もう、いいや。、ほっとこう。たいしたことじゃない。前向いた。
「千夏さんって今、恋人いるんですか?」
この人ほんと大人しくないね。草食じゃないわ。
「それ、答えなきゃいけない?仕事に関係ないよね」
「気になります」
ため息出た。
「あのさ」
わたし恋愛体質じゃない。だからこういうこと言われても平気。でも、普通の体質だったら、30過ぎで恋人いなくて寂しい時に、こんな年下のかわいい男の子にこんなこと言われたら、ころっといっちゃうって。
「30過ぎの女の人ってさ、基本寂しい人が多いの。もちろん全員じゃないわよ。だから、おもしろがってそういうこと言うの、やめな」
「おもしろがってなんかいませんよ。別に」
もう一回ため息出る。
「そういう遊び、時と場合によってすごく残酷」
尼になると決めたとこなんだからさ。わたしのことはそっとしといて。
「ほら、着いたよ」
タクシーから彼を降ろす。
「また、明日。ゆっくり休んでね」
何とも言えない顔してた。ちょっと怒ったような、拗ねたような、そして寂しそうな顔。
ばたん。車が出る。
うちの営業所の肉食率あがったな。トレーシーと上条君。あの子そんながつがつしてるように一見見えないのに、驚いたわ。
まぁ、社外でやってくれる分にはいいんだけどなー。
それにしても、あのルックスで年上の女好きか。罪づくりな子もいるものだ。