時間崩壊
酒場では多くの住人が僕の帰還を喜んで居てくれたが、そこにはアリー達の姿はなかった。
「なぁマスター、アリー達はどこへ‥‥」
「はい、大分前に帝都で全ての冒険者への召集が掛かり帰っていきました」
相変わらずマスターは察しが良い。
「それってモンスター退治とか?」
「はい、詳しくは連絡所のマキが記録をもっております」
「そうか」
僕の帰還で盛り上がっている酒場をよそに連絡所のマキの前に座る。
「マキちゃん元気だった?」
「はい!本当に帰って来たんですねー、マキも嬉しいです」
マキちゃんが喜んでくれるのは僕も嬉しかったけど、何か少し大げさな気もした。
「あれ?マキちゃん少し髪伸びた?」
「あはは‥‥」
何か照れてロングにして結んでいる髪の先を弄りだす。照れるような事を言った覚えがないのだけど。
「だって、あれからもう1年ですよ」
「ん?」
そんなわけはない、精々3週間とかその程度のハズだ。1月は掛かっていない。
「ははは、びっくりしたなマキちゃんってジョーク上手いね」
「え?だって、そうでしょ?」
「‥‥本気?今日は帝歴201年だよね」
「ん?202年よ」
「ははは‥‥マジ?嘘だったらマキちゃんにキスしていい?」
「はい」
僕はブラックジョークで本当か確かめてみたのだが即答されてしまった。
「嘘じゃなくてもキスしても‥‥いいですよ」
「‥‥」
僕の心臓の鼓動が異様に早くなり動揺していて、マキちゃんの照れながら言う告白が耳に入らない。
一体どういう事だ?少なくとも僕がここを出たのは1月前か精々そのあたりだ。それに、船旅をしていたけど、一応は日を数えていたし、エルフの洞窟からの行程も全て覚えている‥‥。
「‥‥様?‥‥ジン様!大丈夫ですか!?」
「‥‥はぁはぁ‥‥えっ!」
僕を呼ぶ声で目の焦点があい、目の前でマキが心配そうに見ているのが見えた。僕は現実感が崩壊する感覚を味わい、冷や汗をかいて苦悶していたのだ。
「そんなわけないよ、だって‥‥」
そうだ、さっきマスターは大分まえに冒険者を招集したと言ったのだ。
「マキちゃん、冒険者が帝都に召集されたのはいつ?」
僕は心臓がどきどきしているのを感じながら訊いた。
「えっとですね‥‥ちょっと待ってくださいね、あった、この記録からすれば丁度去年の3月ですね、11か月くらい前です」
マキちゃんが記録台帳を開いて確認して読み上げてくれるのを聞いて僕は倒れそうになった。
「はぁ‥‥という事は本当に1年前、なのか‥‥」
「そうですよ~、どうしたんですか?顔色が少し悪いかも?」
僕は震える手で持つジョッキをカウンターに置いて、頭を手で掴み考え込んだ。
記憶がどこかで飛んでしまったのだろうか?それとも、怪しい魔法に掛けられて洗脳された?
どちらにせよ、1年経過していたという事実は動かせないように思えた。
「え!ちょっとまった!この町は何回モンスターの襲撃を受けたの?」
「2回ですね、2回目は火矢と油樽で撃退しました」
「そうか、無事だったんだな」
見れば判ることを態々言った。それで段々に現実感が濃くなってきてやはり僕は苦悩していた。
「そうだ!僕が旅立った後に何か変わった事は無かった?」
「えーとですね、1月後くらいに帝都から召集が掛かって、それで3か月後くらいに2回目のモンスターの襲撃を撃退して、その後帝都で魔人騒動がありました、後は先月急にモンスターが発見されなくなったくらいですね」
「魔人騒動って?」
「この町には関係なかったけれど、帝都に魔人が現れてギルドが攻撃されて壊滅的なダメージを受けました」
「どの程度の被害なんだ?」
「ギルドの建物が魔人に襲撃されて全壊、その後復旧に半年かかり最近ようやく立ち直ったようです」
「冒険者はどうなった?」
「殆どやられちゃったみたいですね、アモンさん達からはその後連絡は有りませんが、少し心配です」
「なんだって‥‥アリーは?」
「こちらからは連絡が取れないですね」
「ああ‥‥なんてことだ‥‥」
「大丈夫ですか?」
マキの心配そうな顔をみて切なくなった。




