懐く
その晩、いつも通り仕事を終えて酒場に繰り出すと酒場の一角に人だかりが出来ている。カウンターでジョッキを貰って店内を見渡してもアリー達は何処にも見えないので、仕方なく空いている席に座り待つ事になった。
「イジン‥‥イジンなのだろう?」
目をつぶって酒が回るのを楽しんでいたらふと僕を呼ぶ声がして店内を見回すが周囲にはそれらしい人がいない。
「なんだ‥‥?」
「イジンなのだろう?」
「え?‥‥そうだけど」
その声は頭の中に響いてきていた。
「あ!」
ついに僕は酒の飲みすぎで病気になったのかと思ったがそうではなかった。
「今そちらに行く」
「は‥‥」
ふと、見ると人だかりの環が割れてアリーと昼間あった少女が歩いてくるのが見える。声の主は直感的にこの子なのだと悟った。
「昼間の子だね」
「我が名はカチャ―ラでございます、西天の森よりやってまいりました」
その子はいきなり僕の前で恭しく跪いて挨拶を始めた。
「ちょ、ちょっとそういうのは不味いよ、椅子に座って座って」
「はい、では恐れながら座らせて頂きます」
皆が茫然として見ていた。
「ふぅ‥‥びっくりしたよ、全く」
「はい、私も驚きました、まさかこのような場所に天人様が居られるとは思いませんでした」
「て‥‥ん?」
「はい」
僕はあっけに捕らわれ、手にしたジョッキをがぶ飲みした。
「ゲホッ‥‥はぁ‥‥で、なんだって?」
「私は天人様に呼ばれて参ったのです」
「‥‥僕が呼んだって?」
「はい」
「‥‥」
何がなんだから分からずに茫然としているとカチャ―ラが話し出す。
「私は、様々な苦難を超えてやってまいりました、天人様が我が森を救ってくださると確信しております」
「森‥‥森に棲んでいるのかい?」
「はい西天の森です」
「救うって、僕がかい?」
「はい」
「‥‥あはは、これはまた凄いね、こんな仕込みをして僕を驚かそうなんてアリーも酷いや」
アリーをみると押し黙って真剣な顔をしていた。
「え?なに?びっくりどっきりなんでしょ?」
「違います!」
少し焦れていたカチャ―ラがきっぱりと言う。
「救世の天人様です」
「‥‥それは困ったね、ははは、でも本当にそうだというのなら話を聞くよ」
「はい」
カチャ―ラは自分の森の事を淡々と話し始めた。それは、森が魔物によって侵略を受け住民の大半が住処を失い世界中に散って救世主を探しているという話だった。
「ふ~ん、でもなぜ森が魔物に侵略されたの?」
「それは、この世界全体の事なのです」
「全体っていうと‥‥」
「ここもですイジン様」
「‥‥もしかして、君を追いかけていたあのバジリスクが突然現れたってのは」
「はい、ここも益々酷くなるでしょう」
「ええ!それは困るなぁ」
「はい」
はいじゃないわ!と言いたくなったがどうやら僕が出て行って世界を救えというらしい。
「無茶な話だ‥‥僕はそんな偉い人ではないのだし、帝都には立派な軍隊もあるから僕なんかが頑張らなくても良いのでは‥‥」
「もう‥‥もう!」
カチャ―ラが何か唸っていた。
「もう!そんな天人様いませんよ!」
と叫んで僕に飛び掛かる。
「わ!わ!何?」
「助けてくださいー天人さまぁ~!!えーん‥‥」
抱き着かれ泣かれてしまう。
「えええ?‥‥うん、判ったから泣かないで」
「はぁ」
アリーのため息が聞こえた。
「判ったから、世界を救うから泣かないで」
「本当?ぐすっ‥‥本当に本当?」
「ああ、救うから、だから離れてくれ」
「は‥‥い、ぐすっ‥‥」
それから、カチャの話を聞きながら皆で酒を呑んだ。




