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毒の沼


「なぁマスター、この町の古文書を読むとやたらと西の毒の沼が登場するのだけど、何か知ってます?」

「ええ、まぁ、有名ですから」


 モーリーが去ったあとにマスターに訊く。


「どんな話?」


 僕が冒険者の性を発揮して興味津々にして訊くと少しためらってから答えた。


「あの沼には近寄らないほうがいいです」


 僕が興味本位で訊いていると思ったのだろう、あぶないよと忠告してきた。


「この古文書を読めば危ない場所だというのは分かるのだけどね、僕は町の発展の為にそういう場所を洗い出して出来れば消滅させたいと思っている」


「そういう事だったのですね、流石イジン様‥‥ではお話します」


 マスターのデーンは昔を思い出すようにして話し始めた。


「あの場所はかつて王族の住居だったのですよ」

「何か、とんでもないことが起こったという事でしょうか?」

「はい、昔あるときに王の親族が住んでいた場所、その沼地ですが、そこに大悪魔が現れまして」


 マスターが言う悪魔伝説では、王族の別荘は一夜にして現れた大悪魔によって毒の沼に飲み込まれたという。


「へぇ、それは凄い話ですね」

「都市伝説ですよ」


 なるほど、都市伝説なので古文書には載っていないという事のようだ。


「毒の沼というからには近寄ると危ないのだろうね?」

「それなのですが、ここだけの話、毒はありません」

「ん?」

「毒の沼と言えば住人が近寄りませんからね」

「はぁ‥‥そういう事ですか、ではなぜ?」

「今でも、稀にですがその場所を知らない旅行者がそこで行方不明になるからです」

「‥‥沼に嵌って沈んでいるという事ですか?」

「おそらく」


 それならば、柵で囲ったりなんらかの防護をした方が良いのだろうな、などと考えた。


「つまり、昼間あかるい時間に行って観察する分には危険は特にないと?」

「おすすめは出来ませんが、そうです」


 どちらにせよ、一度行ってみなければならないなぁと感じた。町が発展すれば旅行者も沢山くるのだろうし、今のうちにやれることをやっておきたかったのだ。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 それで僕は翌日そこに出かけることにした。


 町の西のはずれ、旧街道を進んだ先にある沼地は確かに危険な雰囲気を醸し出していた。旧街道自体、今はまったく整備されおらず草木で覆われてい、魔法剣で切り開きながら到着した。


 その大きな沼は昼間の陽光に照らされているにも関わらず禍々しくどす黒い色をしていた。


「‥‥これは気持ち悪い」


 ボワン‥‥ボブン‥‥


 見ていると、沼のあちこちからあぶくの様なものが湧いてきていて汚い真っ黒のシャボンを作っている。それが炸裂して悪臭を放つ様子は吐き気をもよおす。


 その場から沼地の全域と周辺を展望してみるのだが、特にそこが谷間であったりはしないのでおそらく地下から湧いてきた水が溜まって腐敗しているのだろうと思う。


 それにしても酷い臭いがしていた、何か生き物の腐ったような悪臭だ。これを見て毒の沼と言いたくなるのは良くわかる。


 その場で特に発見できることは他になさそうだったので帰ろうと踵を返すと、どこからか人の悲鳴のようなものが聞こえた。


「イヤァア」

「え!?」


 驚いて振り向くが何もない、汚いあぶくが音を立てて割れているだけだ。


 野生動物の鳴き声か何かを錯覚したのだろう‥‥そう思ってまた帰ろうとするとヒソヒソと話し声のようなものが聞こえて寒気がした。


 もしかして、死んだ人の浮かばれない霊‥‥?僕は怖くなってそのまま早歩きで森を抜けて町に戻った。


「マスター、あそこはヤバいですね‥‥」

「でしょう?」

「もう二度と近寄りたくないです」

「全く同意です」

「あの街道を完全に封鎖しよう」

「お手伝いします」


 それで翌日、町の有志があつまって大工道具を持ち寄り、その旧街道を完全に閉鎖する工事を完了した。


「ふぅ、これで一安心だな」

「ええ、本当にこれで良かったと思います」


 一緒に工事をしてくれた若者が同意してくれる。


 だが、事件はその晩に起きた。町の子供が何者かにさらわれて旧街道の方に消えていったというのだ。



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