市長
いつまでたっても動こうとしないバッソに家に帰れと命じる。
騒動の後に酒場に戻ると今まで僕を嘲笑していた酔っ払いたちが急に黙り込んでしまう。
「マスター、酒を一杯グラスで下さい」
「は、はい、今すぐに!」
マスターは声が裏返っていた。そんなに緊張するような事だろうか?マスターが震える手で持ってきたグラスを取り、一口飲む。それは今まで飲んだ酒で一番上等な酒だった。
「いやぁ、これ美味しいね」
「は、お口に合いまして何よりです」
「え?」
「は‥‥」
「所で、この町の市長さんに会いたいのだけど‥‥」
商売の基本は市長と知り合いになる事からなのだ。
「‥‥」
「市長さんはここに飲みに来るのかい?」
「‥‥」
「いや、そのくらい教えてもらえませんか?」
「いや‥‥その」
「市長さんは誰ですか?」
「貴方です」
「はい?」
「先程貴方に決まりました」
「‥‥」
つまり、この町では腕力で全てが決まるということらしい、全くとんでもない文化だ。
「この町にも貴族はいるでしょう?」
「全員死にました」
「‥‥」
またとんでもない返事が返って来た。あの髭が貴族を全員殺して支配していたというのだろうか。
「なんでまた死んでしまったのですか‥‥?その前にマスターも一杯どうぞ」
僕はそれを訊くのが怖くなっていたので、マスターにも酒を勧めた。
「はい‥‥」
年配のマスターはやっと顔の緊張がとけて舌も滑らかになったようだ。この町での出来事を語り始めた。
「モンスターの襲撃を受けてそれで‥‥」
マスターが言うには20年くらい前に秘魔の洞窟からモンスターの軍団が攻め寄せてきて、それを貴族が率いる騎士団が立ち向かったのだが、全滅させられてしまったのだという。そこに救援に現れたのがあの髭のバッソの一味だったらしい。
「それ以来この町はバッソの物になりました」
それで、何となく腑に落ちた。モンスターと戦い勝ち取った町なのだから俺の物だ!という理屈らしい。
「政治はどうしていたのですか?」
「ほとんど何も‥‥」
つまり、バッソは政治なんてやって居なかったという事なのだろう。この町が異様に発展から取り残されて、あらゆるものがボロいのはそのせいでもあったという事だ。
「なるほどね‥‥でも僕は市長なんてやる柄じゃない」
「‥‥そうですか」
「マスターはどうですか?」
「は?私ですか?!」
「市長をしてみませんか?」
「と、とんでもございません」
「さっきバッソに命令して暴力で支配するのは禁止にしたから、もう暴力におびえる必要はありませんよ」
「はい、聞いておりました」
「そう、ならマスターが中心になってこの町の政治について話し合いの場を設けてくれませんか?」
「はい、ご命令とあらば」
「命令って‥‥」
だけど、この町は長い間暴力的な命令を強いられてきたので、命令がなければその命令をやめさせるという文化を作って行くことすら難しいうようだ。
「なら、臨時市長代行としてマスターに衆議制の発足をお願いしたい」
「はい、承知しました」
マスターはあっさりと了解してくれた。
町の、統治を話し合うにしても昔の文化を知っている人でないと色々と難しいだろうと思ってたので助かった。
そんな時にどやどやと冒険者と思われる一団が酒場に入って来た。
声からすると幼馴染パーティーのようだったので僕は帽子を深く被って顔を隠した。




