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舞台の裏側

 


 ぼんやりと映る向こう側は、生まれてからずっとラフレーズが見続けてきたベリーシュ伯爵家の庭。亡き母フレサが大好きだった花ゼラニウムが庭一面に咲き誇る。ラフレーズを生んで直ぐに亡くなったので当然ラフレーズに母の記憶はない。

 だが、言葉を喋れる様になった時幼いラフレーズは父シトロンにこう話したらしい。



『ままはらふぃのかおをみてらふぃのてをにぎってくれたんだよ』



 生命を使い果たし、命の灯火が消える寸前、フレサは産声を上げていたラフレーズを慈愛に満ちた眼差しで――まるで最後の光景を眼に焼き付ける様に――見つめ、とても小さな手を力ない手で握った。

 これは当時その場にいたシトロンや助産師等数人しか知らない。もう少しラフレーズが大きくなってから思い出として話そうと決めていたシトロンは、無邪気に笑って肖像画の中で笑う母に手を伸ばすラフレーズに気付かれない様涙を流した……。


 十八歳になった今でもラフレーズは覚えている。肖像画でもない、本物の母の姿を。あんなにも綺麗で優しく、慈愛に満ちた瞳をした女性をラフレーズは知らない。



「メエ」

「モ~ウ」



 メリー君とモリーの鳴き声にハッとなったラフレーズは「行こう」と家出して以来一ヶ月ぶりとなる帰宅となった。



「モウ」

「大丈夫かって? うん。緊張はするし、怖いけどモリーの言う通り何時までも現実から目を背けるより、ちゃんとけじめをつけようと決めたのは私だよ」

「クワ!」

「!?」



 それが一番! と念話(テレパシー)で語り掛けたのは、ラフレーズ達にファーヴァティ公爵夫人の様子やヒンメルとの婚約が破棄になったと教えてくれたあの大きなアヒルだった。



「メエ」

「クワ、クワワ」

「モウ~」

「クワワ~」

「メエ! メエ~」

「モウ!」



 念話(テレパシー)がないと三匹の会話の内容はまるで不明である。

 だが、険悪な雰囲気もなく楽しそうな様子で会話をしているのでこれはこれで良いのかもしれない。

 ラフレーズは庭周辺を見渡した。メリー君曰く人間界の時間は昼になったかなっていない辺りだと教えてくれた。誰かいないか歩き出そうとしたラフレーズの背後から声が届いた。驚きの色が多分に含まれた低い声には、覚えが有りすぎた。心の準備が出来ていない状態での対面はナシの方向を願ったが叶わなかった。

 ラフレーズは緊張した面持ちで――一ヶ月ぶりに会ったシトロンに振り向いた。



「ラフレーズ……」

「か、勝手な事をした挙げ句急に戻ってしまい申し訳ありませんでしたっ」



 心臓がバクバクと煩い。

 声が震える。

 優しい父でもさすがに怒っている――そう覚悟していたラフレーズの予想とは裏腹に、後ろの方を父は見て目を丸くしている。もしかして、と思い三匹が見えているのかと聞けば頷かれた。精霊は選ばれた人間にしか認識出来ない。

 なのに何故……?



「クワ!」



 疑問は大きなアヒルが答えてくれた。精霊自身が一定量以上の魔力を全身に纏えば魔力持ちの人間なら誰でも姿を見る事は可能だと説明。ただ、基本精霊は気紛れなので自分から見せる様にするのはいない。今回ラフレーズ以外にも見える様にしたのは、ちゃんとラフレーズが一人ではなく精霊といたのだという証拠を見せる為。

 さっき会ったばかりの大きなアヒルはとてもラフレーズを気に掛けている。

 理由は単純。ベリーシュ伯爵家の庭は、精霊に愛されるラフレーズがいるお陰で精霊にとっては非常に心地好く、また、日光浴も兼ねてファーヴァティ公爵家の庭の次にお気に入りの場所なのだとか。メリー君と一緒にいるラフレーズを何度も見ており、王太子との関係に悩んで長椅子に座って考え込む姿や果ては泣いている姿も何度も見てきた。ファーヴァティ公爵夫人も気にしつつ、此方の令嬢も気になっていた。



「クワワ、クワ~」

「メエ~。メエ!」



 念話(テレパシー)は送ってくれないが大きなアヒルとメリー君が意気投合している。モリーはのんびりと草を食べ始めた。



「あ、あの、お父様」



 シトロンに言わなければならない事は沢山あるのに、目の前の精霊達の和やかな姿に声を掛けづらい。ラフレーズは見慣れていてもシトロンは初めて目にするのだから。



「ラフレーズ」

「は、はい!」

「色々と話すことは多いかもしれないが、中に入ってからにしよう」

「怒って……いらっしゃらないのですか?」

「……ヒンメル殿下の事は、私にも非がある。ラフレーズ。ヒンメル殿下とメーラ・ファーヴァティ公爵令嬢の関係について話しておこう」

「……いいえ」



 ラフレーズは首を振った。



「戻ったのは、精霊の後押しもありますが私自身の意思です。お父様やお兄様と……殿下とも、きちんと話をしようと思い、戻りました。殿下とメーラ様の事は、殿下自身から聞きに行こうと思います」

「そうか……」



 家を出る前までは、諦念の浮かんだ瞳でずっとヒンメルを見つめているだけだったのに。まだ若干恐怖が残っていながらも、強い意思を秘めた深緑に見つめられて――シトロンは頷いた。



「殿下との婚約は破棄されたが会ってはならない訳じゃない。今の時間殿下は王宮の庭園にいるのが多い。殿下と会い、思いの丈を吐き出してきなさい。きちんと、悔いが残らないように」

「お父様……」

「元々、私は殿下との婚約には反対だった。王族と婚姻を結ばなくても我が家の王家に対する忠誠心は絶対だ。だが、隣国の王族の血を引くお前と自国の王太子を結婚させる事で隣国との関係をより深めようというのが王家の狙いだった」



 王太子妃教育が厳しくて、ヒンメルに冷たくされて、誰にも見つからない日陰で泣いていたラフレーズは何度かシトロンに言われた。

 無理をしなくていい、キツいなら王太子妃候補を辞退すればいい、と。ベリーシュ伯爵家にとっては王家との婚姻は然程重要ではない。でも、頑張り続けたらきっと何時かヒンメルに認められると信じてラフレーズは決して首を縦に振らなかった。


 ……もしも、未来予知の力があったのなら何処かで婚約を解消していたのに。



「王宮の庭園と我が家の庭(ここ)の空間を繋げよう」



 そう言うとシトロンは何もない空間に手を翳した。ぐにゃりと歪んだ空間の向こうには、見慣れた色鮮やかな花が咲き誇る王宮の庭園が映し出された。二人のやり取りを密かに観察していたメリー君とモリーが突進してきた。

 どうやら二匹も行きたいらしい。



「メリー君とモリーがいてくれたら心強いよ。一緒に行こう」



 今度はちゃんとシトロンに「行ってきます」と告げて、ラフレーズは空間の向こうに足を踏み入れた。

 心配げな眼差しでラフレーズを見送るシトロンの横に大きなアヒルが立った。



「君もラフレーズを見てくれていたのか」

「クワ」

「そうか」



 念話(テレパシー)は送られていないが大きなアヒルがうん、と言ったのが何となくだがシトロンに伝わった。



 ――しかし、予想に反してラフレーズは早く戻った。

 表情は晴れ晴れとしておきながら、深緑の瞳からは涙が溢れ出ていた。

 一体何があったのか。メリー君は怒った顔をし、モリーは大きな溜め息を吐いた。

 大きなアヒルがメリー君とモリーに王宮の庭園での出来事を聞くとシトロンに念話(テレパシー)で教えた。


 どうしてこうもタイミングが悪いのか……



 こればかりは、多少ヒンメルに同情するしかなかった。






読んで頂きありがとうございます。


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